大通での遭遇

 三毛と白猫は創成川を渡った向こう、西1丁目の角で北上した。白猫が地下鉄大通駅から東豊線に乗るつもりだったからだ。

 地下鉄に通じる出入り口に向かう間、三毛の研究が話題にあがった。


「どんな塩梅よ、龍は」


「テキストを入手したんで、序文と第1章の半分くらいまでは読み進めましたよ。龍の飛行について研究していた奇才についての記述が多い章ですが、行動力のあったひとのようで。ソ連崩壊のすぐ後に、中国由来の龍を観察のために故郷に輸送してたみたいですね」


「やっぱ居るのな、現代にも」


「みたいですね、新疆ということだったので、情報の制限はかなり強いようですが」


 新疆ウイグル自治区は併合されたこともあっていささか騒擾の噂が絶えない地域だが、“Лёт Дракона”によれば、古代には擾龍という龍を調教し操る一族がいた地域であるという。そして、かの研究者ウチーブ・アイラニッツが接触を図ったのはこの一族の末裔だったようだ。


「この研究者の甥である筆者は、実際には新疆の“擾龍”についてはわからないと書いています。研究者ウチーブが残した資料にも記述は少ないと」


「それは困ったな。お前が想定している第3章、現代の話がやっぱり書けそうにねえじゃん」


「ここのところは追々、考えていきますよ。最後の方に少し付けるだけっていう、穏当な記述の仕方もありますし、まったく書かないでわかったことだけ書くってのも」


「まあ、そういうシメ方しかねーかもなあ」


 白猫は右側から突き出されたポケットティッシュを受けとった。この通りの、ジュンク堂書店手前の辺りでは、よくティッシュ配りが立っている。学術書のある本屋に用がある事が多い三毛は特に不思議に思わなかったが、受けとった白猫は違う感想を持った。


「めずらしいな、飴が付いてるぞ」


 白猫が掲げたポケットティッシュの裏面には、たしかに飴の名前を記載した飴の包装用紙が見えた。


「へえ、試供品ですか。“龍骨散”……のど飴ですかね」


「パチモンくせえ名前だな」


「それに龍骨とはまた、偶然な……」


「あれも漢方なんだっけ?」


「だったはずです」と受ける三毛。


「だいたいなんとかの角は、解熱剤に使われていたはずですよ。シロサイの角とか、イッカクの角とか。骨も大して変わらないかと」


「じゃあこれも……?」


 白猫はポケットティッシュから飴袋を取り出して、じろじろと眺めた。白い袋に、黒字で商品名が書いてあるだけ。成分表がない。


「成分はカルシウムでしょうな」


「だよなあ。だいたいシロサイとか、イッカクとか、もう獲っちゃいけねえし、輸入されてたら条約違反だろうよ」


 三毛が先だって地下へ降りていく。白猫は続いてすぐ後ろを歩きながら、ふと気になって立ち止まり、ティッシュ配りを見やった。

 蛍光色のジャンパーを着た小太りの男性で、年頃は中年というふうの人物。片腕にさげた小さなプラスチックのカゴに、飴入りポケットティッシュが入っている。

 白猫は彼の配る様子が少しだけ気になった。まるで品定めでもするように、きょろきょろと見回しながら、渡していたからである。


「まあ、そういうこともあるか」


 白猫はひとりごちて、三毛のあとを追った。

 地下道に着くと、三毛が立ち往生してなにやら人と言い合っていた。

「おう、どうしたよ」と言いかけて、その正体に気付いて口を噤んだ。


「やあ、只野。久しぶりだねえ」


 “天狗“、旭京の声はぞっとするほど底冷えのするものだった。

 白猫の唇が否応にも引きつる。彼にとって、旭は自分を血まみれにするほど殴りつけたことのある、近づきがたい、いや、近づきたくない人物であった。

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