えっ?夏だから?

第33話 シンプルこそが難しい

「だから言うたやんか?」

「なにが違うのよ?」

「あのな…まずパスタがちゃうねん、もっと細いねんて」


 イプシロン(仮)が弁当を食べ終わっても、グチグチうるさいので、綺璃子キリコがキレ気味に言ってしまったのだ。

「ナポリタン炒めるだけならアタシだって作れるわよ!! わよ…わよ…わよー!!!!」


 かくして、片づけが苦手な独身三十路女は、イプシロン(仮)先生の指示で、『炒めナポリタン』なる料理に挑むことになったのである。


 時刻は23:42 すでに3皿が試作品(失敗作)としてテーブルに置かれている。

 一皿目、ゴリゴリに焦げた。

「硬焼きそばかっちゅうねん!!」

 二皿目、オリーブで炒めようってベチャベチャになった。

「オノレは、もこ〇ちか!!」

 三皿目、なんか飽きてきたので、和風に変わった。

「オマエ、ナポリタンどないしてん!!」


「今日は寝ようと思います」

「なんでやねん!!」

「もう…限界なの、アタシ、独立してもイタリアンカフェだけは開かないって今、決めたわ」

「オマエ、独立すんのかい?妖怪ハンターのほうが向いてるで」

「片づけておくのよ、あっ、明日のお昼、パスタ弁当だから」

「パスタ弁当って…なんやねん?」


「世界で一番、無駄仕事な片づけやで…」

 目当てのナポリタンは食べられない。

 失敗作は明日の弁当だという。

 そして…

「焦げが落ちんっちゅうねん!!」


 。―――。

「これがパスタ弁当か…綺璃子キリコ

「そうよ…まかないメシ的な感じで食べて頂戴」

 黒いカリカリパスタが、ふりかけのように塗されたヌルヌルナポリタンと梅を刻んだ大根おろしが掛けられた和風パスタが、ドチャッと詰められた弁当。

「アカン…コレ、アレや…見習いが失敗して、師匠に食材を無駄にすな!!って泣きながら食わされるヤツや」

 その弁当をヒョイッと覗き込んだ不破ふわさん

「ははぁー、イプシロン(仮)、また綺璃子キリコさんを怒らせたんですね」

「ちゃうねん…罰ちゃうんや…いや、まぁ、違わんけど…事実は小説より奇なりってヤツや」

 パスタはベチャッと苦かく、しょっぱかった。


「そういうことだったんですか。アハハなるほど」

「で、イプシロン(仮)が、食べたいっていうから、思い出しながら作ってみたんですけどね」

「はぁーあのざまや…ベチャッと苦しょっぱかったわ…」

「ナポリタンねー、アレ大根おろし入ってましたよね」

「はい…色々ありまして」

「お弁当屋さんに聞いてみたらどうです?もうパスタ作らないのか」

「う~ん、付け合せですからね、聞きにくいような…」

「えぇんちゃうか、今日、サラッと聞いてみぃや、なっ、綺璃子キリコ


 。―――。

「すいませーん、ハンバーグ弁当とトンカツ弁当をください」

「はい、かしこまりました」

 愛想のいい、小太りのおばちゃんがニコニコして、お金を受け取る。

「はい、おつり」

「ありがとうございます…あの~」

「はい?」

「あの~、前に買ったときに付いてたパスタって、もう付かないんですか?」

「えっ…パスタ?、あぁ…スパゲティね、そうなのよ…好きだった?」

「えぇ…とても美味しくて」

「そうなのよねー、アレね…作ってた人が辞めちゃってね、それでポテトサラダとサラダスパゲティに変えたんだけどね…美味しくないかい?」

「いえいえ、そうじゃないんですけど」

「黙って来なくなっちゃってね…お給料も受け取ってないんだよ心配でね」

「急にって…いつくらいの話なんですか?」

「1週間になるかねー、連絡はしてみたし、警察にも届けたんだけど」

「そうなんですか?」

「アパート引き払ってたんだって…それっきりでね、あぁゴメンね、変な話しちゃってー、はい、お弁当、とコレオマケね」

 おばちゃんはカップ味噌汁を2つ付けてくれた。


 。―――。

「なるほど…もうけたの~」

 味噌汁をすすりながらイプシロン(仮)がトンカツ弁当を完食する。

「そういうわけで、ナポリタンは、もう食べれないってことよ」

「悲しい話や…しかしハンバーグに味噌汁って…合うんかい?」

「味噌汁は万能スープよ、海外でもミソスープとして大人気よ」

「は~ん、そうなんかい」

「アンタこそ、トンカツに味噌汁じゃない」

「トンカツは日本料理やろ」

「えー、違うでしょ、豚肉フライよ、言うなれば」

「それはカツレツやん、カットレットが語源やねん、トンカツは和食やアホ」

「知らなかった…」

「しかし、なにがあったんやろね~失踪っちゅうことやんか」

「そうよね~、食べれないとなると食べたくなるわね…」

「せやな…無くなって初めて知る、ありがたみっちゅうヤツやね」

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