学校に伝わる怪談

幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕

幽霊

さぁ怪談話を始めよう──


彼は愉しそうに笑いながら話し出した。


──学校に伝わる、怪談話を。


────────────────────────────────────────────


は薄暗い廊下を一人で足早に歩いていた。


「さむっ…早く部室に行って、帰る準備せんと……」


今は十二月の初め頃。彼は今月末にある、文化祭の準備に明け暮れており、今は準備していた部屋から移動中だった。


「うぅ…ショウタとナルミが帰るって時に、一緒に帰りゃ良かった……」


灯りが付いてない廊下を一人で歩くには、彼は臆病すぎた。


「うぅ……」


「え?」


一人でカタカタ震えながら廊下を歩いていると、廊下の奥から呻き声らしき声が聞こえた。


勿論彼自身は呻き声なんて出していない。…出すなら呻き声ではなく悲鳴だろう、彼の怖がり症候群の場合は。


「一体誰が……」


「うぅ……してやる…」


やっぱり誰か居る…そしてひたひたと、こちらに近付いてくる足音がする。


そして何かを呟いていた。そっと耳をオドオドしつつ澄ます。


「殺してやる……ッ…」


「なっ……」


──?──


今確かに、近付いてくる足音の主はそう言っていた。


──一体誰をのか、そしてどうして殺そうとしているのか……?──


ひた…ひたひた…ッ……


どんどん近付いてくる足音に、身動きが出来ない。


──隠れないと……ッ…なのに……


体は金縛りにあったように、硬直したままだ。


ひた…ひたひた……ぺた…ぺたぺたぺたぺた……


心なしか辺りがさっきより寒く感じる。


──怖い…怖い怖い怖い怖い怖い怖い!


身体中を恐怖で埋め尽くされる。


「殺してやる……ッ……」


「ひ、ぃ……ッ」


ぬぅッと目の前に現れた人影が俺を覗き込んで言った。


覗き込む目はどこまでも暗くて、そこには明らかな殺意と恨み辛みが渦を巻いた蛇のように鎮座している。


「殺して、やる……ッ…」


「──ッ!」


ガタガタと身体が震え出す。しっかり防寒対策の分厚いモコモコセーターに身を包んでいるにも関わらず、身体はガタガタと身体を揺らす。


──死ぬ!


そう思った瞬間、眩しい光を当てられビクッと肩を震わせ、そちらの方に恐る恐る視線を向ける。


そこに居たのは警備員であろうおじさんが懐中電灯を片手に立っていた。

そして心配そうに声をかけながら俺の側に寄ってくる。


「君、大丈夫かい?」


「あ……だ、大丈夫、です」


そう言ったところではたと気がついた。金縛りにあったように動かなかった身体が動く事に。そしてあの生気を感じない、瞳をした人の事も、少し分かるかもしれないという事に。


いつの間にかあの怖い目をした人物は居なくなっていた。どこに行ったのか、そしていつ居なくなったのか、定かではない。


──この人に訊いたら、分かるかもしれない…?


「あ、あ…あの…………」


一縷いちる希望のぞみをかけて声をかける。


警備員のおじさんは優しく笑って「なんだい?」と訊き返してくれた。


それに少し勇気を貰い、思い切って訊いてみる。


「こ、この学校って…その……変な噂とか、怪談とか…………あったり、しま、す…か?」


「噂や怪談かぁ…僕自身は体験した事無いけど、同僚に幽霊に遭ったって人なら居るよ? けどどうしてそんな事を訊くんだい?」


「…え、と……じ、つは…………」


さっき見たモノの話をしようとしたところで、警備員のおじさんから「ストップ」と唇に人差し指を軽く当てられ、遮断される。


どうしたんだろうと思って小首を傾げると、警備員のおじさんは困ったように笑って言う。


「ここじゃ暗いし、立ったままって言うのもなんだから、警備員室においでよ、珈琲くらい出すし」


「え、あ、良い…ン、です、か……?」


「うん。僕もあとは警備員室で交替待つだけだし、構わないよ」


暖かい珈琲を出してもらえるなら…という事で警備員室に移動し、砂糖とミルクたっぷりの珈琲を飲みながら話す。


警備員のおじさん──名前は雪路せつろさんと言うらしい──は優しく微笑みながら僕の話を聞いてくれた。こんなにも突拍子な話を。


僕の話が終わったあと、雪路さんは何かを考えながら、言った。


「……僕が同僚から聞いた話、だから…本当かは分からないけど、似たような話は聞いた事があるよ」


そう、前置きして雪路さんは話し出した。


「昔ね、ここは監獄だったらしいんだ。冤罪でここに閉じ込められた者も居たらしいが、ここに居たのは実質は凶悪な罪を犯したものだけだったらしい。だからかな、脱走が絶えなかったらしくてね、囚人の中には看守を殺して逃げる人まで居たそうなんだ」


「看守を殺してまで……?」


「そう。でねここが学校になる時に囚人を全員処刑したらしいんだよね。それが問題だったらしい」


雪路さんのその言葉にギョッとして、危うく珈琲入りのコップを取り落としそうになった。


──しゅ、囚人を全員処刑した……?


「驚くのも無理はないと思うよ。僕も初め聞いた時は驚いた。──囚人の中には恋人同士だった者もいたんだ」


「囚人の恋人……? ……あ、もしかして…………」


「うん、君が考えてることで合ってると思う。ここに出るは恋人だった者を無惨な方法で処刑されたのを恨んで、それ以来化けて出るらしいんだ。君はその幽霊にたまたま出会したという訳」


「え、じゃ、じゃあ……雪路さんが来なかったら今頃……」


──雪路さんが助けてくれなかったら俺は今頃、その幽霊に殺されていたんだろうか……?


そう考えてゾッとする。幽霊に殺される。それはきっと、まともな死に方は出来ないだろう。


「……大丈夫だよ。あの幽霊は生者を殺せるほど、強い恨みなんて持ってないから」


「! そう、なんです……か?」


俺の頭を優しく撫でながら、雪路さんは微笑む。


「あぁ。殺せるほどの呪力を有しているなら、僕だったらとうの昔に、恋人を殺した処刑者の血縁者を呪い殺しに行っているよ。幽霊に生者の勝手な理屈は適用されないからね」


「あ……それもそう、か…………」


──なんだか、可哀想だな……


罪を犯した囚人──中には冤罪の人も居たらしいけど──の人に思うことではないかもしれないが……悲しい。そして……可哀想だ。


大事な人も殺され処刑され、自分も殺された処刑された

どれだけ無念だっただろう。こうして化けて出るくらい、悔しかったのだろうか?


「その人は……悲しかった、でしょうね…………」


「かもしれないね。大事な人を無惨に殺されたようだからね……」


暖かい珈琲を眺めながら、ため息を吐く。


その静かな沈黙を遮るように、雪路さんが明るく言った。


「さて、そろそろ十時になるし、送って行こう。交代も来たようだしね」


「ちぃーす、交代に来ましたー……って学生がこんな時間まで何してんスかー?」


「あぁ文化祭の準備をしていたらしいんだ、関心だろう? 帰るついでに僕が送っていくよ」


「え、あ……あり、ありがとうございます」


「いえいえーついでだしね」


「文化祭ッすかーお疲れ様ッス。頑張って下さいね」


明るめの金髪をした警備員の交代らしい人が入ってくる。

屈託なく笑うと俺の頭をぐしゃぐしゃと豪快に掻き回して、また更に笑って応援してくれた。


「じゃあ行こうか」


「あ、ハイ。じゃあ失礼します」


交代の人にペコッと頭を下げて雪路さんと外に出る。












──こうして俺の不思議な出会いは幕を閉じた──


────────────────────────────────────────


「今その子はその学校の先生をしてる。たまに廊下であの幽霊と会うと、頭を下げて挨拶をするそうだ。感心だねぇ君と違って」


彼はニヤニヤと笑いながら僕を見る。


「……うるせェよ」


長い髪を掻きあげながら睨むと、彼は「ははっ」と愉快そうに笑った。


「これからまた旅に出るのかい? 姫さんは相変わらずだねぇ?」

「……あの人の無茶ぶりはいつもの事だ、気にするな」


首元にマフラーを巻きつつ言う。彼は呆れたように幾つかの書物を投げて寄越す。


「お前の事だし喰う事にあんまり頓着しねぇだろうし、やるよ。少しは腹の足しになるだろ?」

「あ〜……喰う事自体面倒だし……?」

「良いから受け取れ、つってんだ!」

「痛てっ……ありがとよ」


ムスッとした顔で書物を顔面にシューティングしてくるので、当たる前にキャッチして礼を言う。……ビミョーに痛い、ビミョーに…………


「じゃ、な…?」

「ヒマになったら来いや、咄はとっておくから」

「ん、生きてたら、な…」

「ぶっそーだな」


煙管を面倒臭そうに蒸す彼に別れを告げて、外に出る。









──そうして俺はその地に別れを告げた──

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