第9話 暗殺の予知

 翌日、陽が高く昇ったころ、芙吹ふふき大王おおきみの訪れを告げた。


 朝の執務を終えて、まっすぐここへ来たらしい。大抵は神社の別棟で面会するのだが、居住棟にまで来られたのは初めてだ。巫女たちが住むこの一帯は柵で囲われており、男子禁制だが、大王おおきみだけは立ち入ることができる。が、彼自身も遠慮して、今まで訪ねてきたことはなかった。


「何か急用なのでしょう。太占ふとまにを行う棟にお通しして」

 芙吹ふふきに命じて、百襲姫ももそひめは立ち上がった。とたんに、経血が出て布に吸い込まれる。自分が血なまぐさい気がして憂鬱だが、姫は領巾ひれを肩にかけて、棟へ向かった。


 高床の階段をのぼると、年上の甥である大王おおきみは、膝を小刻みに揺らしながら座って待っていた。姫は一礼し、においが気になるので離れた位置に向かい合って座った。

「居住棟にまで押しかけてすまぬ。急を要したのだ。……先日、大彦伯父が越国こしのくにへ出兵したであろう」


 疫病えやみが鎮まったので、領地を拡大するため、大王おおきみは四人の将軍を東西南北へ派遣した。その内の一人が、大王おおきみにとって伯父であり、妻の父でもある大彦だ。彼は、百襲姫ももそひめとも血縁関係に当たる。


 大王おおきみの話によると、大彦は山背国やましろのくにに差しかかったとき、女童めのわらわが歌っているのを聞いた。

 内容が気になったので少女を問いただしたが、「吾は何も言っていません。歌っただけです」と要領を得ない。もしかしたら御神託かもしれない、と急いで戻ってきたという。


「叔母上も小さいころ、御神託を歌にしておりましたな。それで、解釈を伺いたいと思い、こちらへ参った次第だ」

 大田田根子おおたたねこではなく自分に訊きに来てくれたことが、ありがたい。

 どのような歌でしたか、と姫が訊ねると、大王おおきみは節をつけて歌い始めた。



  御間城入彦みまきいりひこは、まあ。

  己が緒をしせむと、

  後ろに前に行き違い、

  窺わく知らにと、

  御間城入彦みまきいりひこは、まあ。



 これは、緒をしせむ、つまり魂をしいせむとしている者がいるという、暗殺を警告する歌だ。


 その旨を伝えると、大王おおきみは身を乗り出した。

「やはりそうか。で、首謀者は誰だ」


 いちばん怪しいのは、山背国やましろのくにに居を構えている、大王おおきみの義理の叔父、武埴安彦たけはにやすひこだ。彼は、御間城入彦みまきいりひこの即位に反対していた。


「姫、占いですぐに反逆者を割り出して欲しい。他の三将軍が出払っていて、人手がない。謀反ならば、すぐに応戦しないと」

 鳥飛びを用いれば、相手に見つからずに偵察することはできる。が、月の障りで霊力が落ちている今、遠く山背国やましろのくにまで飛ぶのは無理だ。

 しかし、断れば大王おおきみ大田田根子おおたたねこを頼るだろう。それだけは、嫌だ。


 姫は手の甲に筋が浮かぶほど拳を握りしめた。不可能だと思っているのに、反対の言葉が口をついて出る。


「やってみましょう」


 結果は後で伝えるから一度お戻りを、と言ったが、気の短い大王おおきみは、占断が出るまで待つと言ってきかない。

 姫は集中するために、奥の間へ一人籠った。

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