第26話 新生活と初めての喧嘩

真朱まそおが泣くの初めて見ました。


違うの。待って。聴いて。いじめたわけじゃ無いのよ? 私が無理言ったわけでもないの。えっと、あの子は気が付き過ぎるし、働きすぎるから、あの子の提案を保留しただけなの。そしたら泣かれました。


プイって家を出て行って、叡智の女神を真朱が呼び、真朱が『部屋』を出して2人で篭っちゃったの。あの子、お祖父様と同じで私が見えないように私の力を弾く『部屋』を出せるから、中の様子分からないのよ……。どうしよう。


(以下の内容は、母神には見えません)

「気持ちは落ち着きましたか?」

「……」(すんすん泣いている)

「ふふふ。『寂しい』が分からなかった子が、

 短期間で怒ったり拗ねたり出来るようになったのね」

「女神様、笑うのは酷いです」

「精霊でも魔法生命体でも無い、2つの融合体になったあなたが、

 順調に心が成長しているのだもの、私は嬉しいのよ」

「むー」

「で、あなたが生まれて初めてした喧嘩の経緯を聴かせて?」

「女神様、目をキラキラさせて、ワクワクしていません?」

「うん、してますよ。だって、私の知らないことが起きているわけだし、

 あなたは私の可愛い信者ですし」

「もー。えっと、こんな提案なんです――」


・転移のアイテム

例えば村と領主の街を結ぶアイテムを設置する。全国に交通網を用意してあげれば、誰でも「転移」の魔法や奇跡の恩恵を受けられる。


・空調のアイテム

精霊と相談して、夏は涼しく、冬は温かく、結界を張った範囲で(例えば室内でも村ごと・街ごとでも)、人や亜人が過ごしやすい気温と湿度を保てるようにする。


・雲の巣・改を使った「金庫」と「支払い」機能

雲の巣・改の管理権限を母神から譲られたので、自分の余剰能力と雲の巣・改の空いている領域を計算してみると、民に「金庫」と「支払い」の機能を構築して上げられることが分かった。

「金庫」(お金を預けて引き出すことが出来る)

「支払い」(加入したお店なら現金を使わなくても、「金庫」に預けてある範囲で買い物が出来る。遠くの街へ出かけなくても、支払って届けて貰えるように発展させることも出来る)


・雲の巣・改の一般開放

現在は、一定の学識を持った者しか恩恵を受けられない。現在の有資格者が困らないように、機能を絞り、誰でも使えるアイテムを用意する。例えば『遠見の呪文』等をアイテム化しなくても、代用できるし、王立図書館へ行かなくても、本を自由に読むことも出来る。


・癒やしの石の配布

Lv40の神官戦士が行える程度の神聖魔法から、癒やしに関する呪文のみを登録し、全ての民に配布する。教団へ行かなくても神聖魔法の奇跡を受けられる。


「真朱、他にもありそうだけど、だいたい分かりました。もういいわよ」

「そうですか? 他にもいっぱい考えたから聞いて欲しいです」(ふんすふんす)

「聴くのはいいけど、私も母神様と結論は同じよ?」

「ええー」

「あなたは、自分が出来ることは、今すぐ全て与えて上げたいのね?」

「はい」

「民が不便さを感じて創意工夫する際に、あなたが手を貸す形で

 実現できるなら、数百年かければ実現可能かな?

 でも、今すぐはだめ。母神様も保留しただけでしょ?」

「だって、私がやれば、すぐにでも恩恵を受けられるんですよ。

 エルフや竜族みたいな長命種ならともかく、人の寿命は短いです」


「うん。だからこそ。短い寿命の中で彼らは精一杯何かを行って

 今の世へ遺して、積み重ねて来たのよ。

 そういう創意工夫を、民から取り上げてしまうの」

「そんなつもりは……」

「そうねえ。あなたなら、代わりにやって貰ったら別のことに取り組むだけよね。

 母神様を自立させようと、あなたは取り組んでいるでしょ?

 神族さえ依存するのよ。人間や亜人が、代わりにやって貰えるのなら

 あなたに依存しても、不思議では無いでしょ」

「むー」

「ほら、膨れないの。

 例えば『転移』をアイテム化して交通網作る件だけど、

 骸骨村の碧ちゃんいるでしょ?」

「小町魔王さんのひ孫さんですね。チビ竜になれる子」

「うんうん。あの子のお友達はね、大人になって馬車屋をやろうと頑張るの。

 あなたが今、『転移』の魔法をアイテム化して世界中に設置してしまったら、

 この子が大人になって頑張る余地を奪ってしまうでしょ」

「それは、確かに」


「魔法・精霊魔法・神聖魔法はどれも便利です。『雲の巣・改』もね。

 でも、不便さに民が気がつき、自ら創意工夫させる意欲を失わせることと

 引き換えにしなくてもいいでしょ」

「……」

「ふふふ。せっかく愛らしい顔をしているのに、あなたむくれて酷い顔してるわよ。

 そうねえ……。

 例えば、あなたが使う魔法って一般の魔法より遥かに高度で緻密よね。

 世界で唯一、『世界の維持』に用いる言語で記述できるから。

 それを人に教えて、爆炎魔法とか上位精霊を呼び出す力を

 乱用されたらどうしますか?」

「私が精霊語にすら翻訳できずにいますから、人や亜人が習得するのは無理です」

「うん。じゃあ、他人を傷つけたり従わせたりする悪意のある人物も

 あなたと同じようにアイテムを作ったり使えないことは不公平では無いの?」

「それは非常識というか、わざわざ戦乱の種を撒くことは無いですよね」

「あなたが判断して、民を保護下に置いて、分け与える力を選んでいるでしょ。

 あなたは民のお母さんになりたいの? 違うよね。

 私達は、『乱用出来るけれどしない』ように民が成長することを願っているの」

「それが、私の提案を保留された理由ですか」

「そうね。母神様も説明しようとしたでしょ?」

「……喧嘩して中座しちゃいました」


「はい。じゃあ、私からの説明は以上です。母神様と仲直りしてもいいし、

 気分が変わるまでこの『部屋』に閉じこもっていてもいいし、好きになさい」

「あの、叡智の女神様」

「なあに」

「仲直りってどうしたらいいですか?」

「真朱は自分で考えられる子でしょ? これも練習ですよ」


叡智の女神が去った『部屋』で、真朱は考えを巡らせました。そして心を決めると、『部屋』から出て、『転移』の魔法で帰宅しました。

(『部屋』から出て以降の叡智の女神と真朱の行動は、母神が見ることが出来ます)


「ただいま帰りました」

「おかえりー」

「あのあの、母神様」

「どしたの」

「その、子どもっぽいことをしたことを、謝罪いたします」

「イルカちゃんは昔、困って家出したことがあるんだけど、

 あなたは私と喧嘩出来るのね。それが分かっただけ良いと思う」

「怒ってらっしゃらないの?」

「ぜんぜん。一方的に仕えられるより、対等な方がいいじゃない。

 私こそ、真朱が分かるように説明出来なくてごめんなさい。

 はい、これで仲直りにしましょ」

「はあ」


「で、叡智の女神にも、あれ話したわけ?」

「1割も話せませんでした」

「まあ、止めるよね」

「精霊界だと、誰かが便利にするようにしてくれたら、自分は他のことに

 取り組むだけなので、依存って生じないんです」

「こっちは、そこが複雑だよね。例えば神族が出しゃばれば、

 人や亜人も、モンスターも私達に依存しちゃう」

「出来ることを全てしてあげたいのに、迷惑をかけるのですね」

「そ。行き届かないところ、たくさん気がつくと思うから、

 私に相談して? 私も、民が幸せになって欲しい気持ちは同じだから」


「ありがとうございます。では、さっそくなんですけれど」

「うん、なになに」

「『依存』という問題が、大きな問題だと認識しました。

 母神様は、叔父である末の神様を便利に使いすぎていませんか?」

「家族なのと、彼は役割的に、元々は6柱の神族の手が回らない部分を

 助けるのが仕事だったからね」

「私はまだ、賢者様より知恵が足らず、神族と異なり奇跡は使えないですけれど、

 既に超人的な人物より能力は高いです。末の神様は今は教団をお持ちで

 使命もあるのですから、私を使って下さい」

「母神の代理だって?」

「そこは、通りがかりの叡智の女神様の神官少女で行きます」


「考えておきます」

「あら、考えることって何かありますか?」

「真朱ちゃん? 笑顔が近い近い、目が笑って無い!」

「何かしてないと落ち着かないんですもん。私に役割を与えて下さらないなら、

 母神様のお部屋掃除しますよ?」

「あなた私が封印しても無効化するわよね。マジやめてお願い。綺麗にしないで!」

「では、ご了解頂けたと?」

「全部は無理よ? 叔父様が適任ならお願いします。これまで通りに」

「私で出来ることは、私に振って下さるのですね?」

「うん。するする。だから、顔が近いってば」



これが私達の最初の喧嘩の顛末です。ええ、真朱の中で譲れない部分とぶつかると、喧嘩になるわね。この子、けっこう面倒くさい子なんですけど!

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