第2章 精霊と死に至る体

第09話 決めた、教団は君に任せる

肌の記憶ってあります? あるいは懐かしい匂いでもいいかな。


私は『母神』です。あらゆる命も、神さえも、独りで『産む』ことが出来ます。もっとも、お腹を痛めるわけじゃないみたい。心身がそう出来ていますから、伴侶は求めないし、性的な欲求もありません。

ただ甘えるのは、大好きなの。


昨夜から華の母様のお宅にお泊りしています。

「ねえ、そろそろ起きない?」

「やですー。華の母様は、今日予定無いの確認済みです」

「あのね、さすがに寝すぎよ」

「まだゴロゴロするー」

「あなたね、胸に顔をうずめて『すんすん』におうのやめてよ」

「首すじか、脇の下でもいいのよ?」

「もっと嫌なとこ来た!」

「だって、華の母様の匂いって、おちつくの」

「あなた4つの時も同じこと言ってたわよ」

「私の好みはブレないのね」


「育て方間違えたかなって不安で震えるわよ」

「そう? 歌の母様は一切気にしないわよ」

「歌姫ぇ。……あなた、親離れのご予定は」

「無いです」

「神族の長に断言された!」

「うふふー。お腹もすべすべー」

「頬ずりしながら、肌の感触に感想述べるの禁止!」

「……」(無言で華の君を堪能中)

「4つの頃ならともかく、こんな大きくなって」

「じゃ、今だけ4つでお願いします」

「結局、私は、いつまであなたの抱きまくらすればいいわけ?」

「二度寝するから、もうちょいお願いします」

「まだ寝るの? 続きは歌姫のとこにしない?」

「歌の母様も素敵だけど、華の母様の華奢な躰も大好きなの」(すやあ……)

「18の娘の寝かしつけは、イタイと思うんだけどなあ」


華の母様達の育ったエルフの里では、裸で寝るのが一般的ね。

だから今は、私もおそろい。華の母様に抱きついて、離しません。


私は自室が大好きです。だあれ汚部屋とか呼ぶ人は。

体の作りなのかな、たまに眠りが浅くなる時があるんです。そんな時は、歌の母様か華の母様のところで休ませてもらうと、深く深く眠れるの。

幼い日の、肌や香りの記憶って関係あるのかしら。


ちなみに、うちのお母様や小町のお母様は、一緒に寝てはくれますけど、エルフと文化が違うので、こういう甘え方は出来ません。

何だかんだ言いつつ、華の母様は、今日も私を甘やかしてくれるの。

持つべきものは、育ての親エルフですね。



私が華の母様にぴったりくっついて熟睡していると、陽の君がやってきたんですって。(ただいま、安眠中です、私)

「陽の君、ごめんなさいね。ちょっと身動き取れないから、寝室へ来てくれる?」

「はい。あらあら、『ひきこもりの神様』さんたら、お姉様大好きなのね」

「好かれてるんだか、抱きまくら代わりなんだか知らないけどね」

「ふふ、ちっちゃな子みたい。安心するのかしら?」

「そうねえ。で、新婚さんがどうしたのかな?」

「あのひと、私の事『可愛い』しか言わないんです」

「はいはい、のろけのろけ。ごちそうさまー」

「自分で話を振ったクセにこの大年増!」

「本音漏れるビョーキはそのまま行くのね?」

「?」


「性愛がらみはともかく、伴侶のことは私分かんないわよ」

「ええ、私も、話す相手を間違えたかなって」

「一応質問するけど、可愛いって言われて、何が不満なの」

「だって、私がぷんすか怒っても『君は怒っても可愛いです』って

 ニコニコしてるのよ?」

「平和でいいじゃない」

「平和過ぎて怖いわ。私は喜怒哀楽はっきりしてるでしょ?

 あの人は、そういうの出さないから、いきなり爆発しないか不安で」

「しないと思うわよー。彼が幼体時代から面識あるけど、

 あなたに求婚した時くらいじゃないかな、変だったの。

 基本的には、いつもムカつくくらい、穏やかにしてるわね」


 (※用語【幼体】

  神族等の子ども時代。末の神は『終末』を担っていたので、

  彼のみ用意されていた。母神も子ども時代はあるけれど、

  こちらは幼体とは呼ばない。)


「そんな穏やかな方なら、私の事呆れないかしら」

「土下座しに行ったくらいだもの、大丈夫よ」

「あの人が夫だなんて、未だに信じられないの。うちに帰るでしょ?」

「うん」

「あの人がいるんです」

「そりゃいるでしょ」

「全部夢で、私はエルフの里に1人でいるんじゃないかって怖くなります」

「あなた、すごく楽しそうよ?」

「ほんとですか?」

「自分の、心の精霊見てごらんなさいよ」

「あら」


「でも、暮らしが変わって不安を抱くのは当たり前。この村の所帯持ちなら誰でも

 相談に乗れるから、抱え込まないこと。私は、性愛関係なら、役に立つかな?」

「お姉様はそれ担当なんですね」

「今は興味ないけど、知識なら分けたげるわよ」

「い、今は困っていないので、もし必要になったらお願いします」

「はーい」

「ていうか、女神様んちのお嬢様、超熟睡してるんですけど」

「んー。この子、深く眠りたくなると、私か歌姫のところに来るのよ」

「神族のお仕事も大変なんですね」

「そうねー。神経使うんじゃない? 彼も、あなたに甘えたいのかもね」

「甘えて貰えるように頑張りますっ」


陽の君は、張り切って作りすぎてしまった料理を、華の母様へ渡すと、「また来ます」って帰って行ったんですって。(私、寝てたから……)



その頃、小町の母様は、夫の竜族の族長(元人間)と、難しい顔をしていました。

チビ竜の碧は、村の子達に捕まらないように機敏に逃げながら、外で遊んでいます。

「嬉しくない知らせですね」

「君にも知って欲しくてさ。でも、巻き込んですまない」

「あの子の親達には?」

「説明はしたが、まだ受け止められないようだな。泣いている」


・碧はチビ竜姿と、雲を突く巨大な姿の2つの体を持っている

・普通は、竜の姿と人の姿、竜の姿と竜族系亜人の姿など

・碧は特殊だ

・「巨大な姿」に関しては成長が止まらないようだ

・成長が止まらなければ、いずれ自滅するか、精霊界へ溶けてしまう


族長が碧の体について調べたことは、こんな内容でした。


「私達の血が、ひ孫を苦しめることになるとは」

「こればっかりはねー。嘆いても仕方ない。なあ、君はどうしたい?」

「まだ7つの子に、そんな思いをさせたくないわ」

「一番簡単なのは、『母神』に書き換えを頼むことだろうな」

「ええ。手をつくしてダメなら、あの子に私が頼みます」



私が精霊王達から「精霊やめたくなった精霊」のことを相談されて、叔父様に丸投げした件があるでしょ。教団無いから作れってお話。

そのことで、叔父様はエルフの里の長老と話をしていました。


精霊絡みなら、まずここに相談するわよね。長老に教団長を頼むつもりかしら?


「精霊達が、私達の世に興味を抱くとは、面白い。

 ですが、仕組みを大胆に変更なさる点は、気になります」

「そうですよね。仕組みを書き換え、運用し問題が生じるはずですから、

 その都度調整していくつもりです。最悪、現状に戻すこともあるでしょう」

「ふむ」

「書き換えと運用に関して、そのように行うのであれば、

 教団長を任せる人材が不可欠になります」

「末の神様なら、信仰する者はいくらでもいるでしょう」

「いえ、私の希望は、なのです」

「武神様のところは特殊ですが、他の5教団の長は、そうではないですからね」

「ええ。輪廻転生と、本来は無いはずの精霊の存在をいじるわけです。

 信者達も『精霊になってでも人を辞めたい』者たちが集まります。

 いざこざも起きるでしょう。私に遠慮する者では、任せても潰れるだけです」


「1人、心当たりがあります」

「それはありがたい」

「ですが、彼女は信仰を持っていません。説得は大変ですよ」

「やってみせましょう」


長老は、叔父様に紹介状を用意して委ねました。

「ところで、陽の君との暮らしはいかがですか?」

「控えめに言って、最高です」

「ふむ」

「喜怒哀楽がはっきりしていて分かりやすい点も花やかですし、

 お互いの帰る場所に彼女が居ることが幸せです」

「それは何よりです。里の者達も、安心することでしょう」

そう微笑む長老に送り出され、叔父様は紹介された方の元へ向かいました。

――王都の城下町の酒場に、って、紹介の仕方としてどうなの?



その酒場で、髪を肩あたりまで伸ばしたエルフは、槍を抱え、叔父様を睨みつけています。着用している鎧は、動きやすさを重視していますね。軽量化の魔法もかけられた、高価で実用的な品です。

「話は聞いた。帰れ」

「まあ、そう仰らず。もう一杯いかがですか」

「ただ酒は受け取りましょう。でも、あなたは帰っていいのよ?」

「ま、飲んで下さい。気持ちが変わることもありますから」

「あのねえ。私は、学院を出てから、ずーっと冒険者をしてきたの。

 仲間は荒くれ者ばかり。宗教の教団創設なんて、興味無いのよ」

「精霊魔法使いなら精霊に興味があると思ったのですけどねえ」

「華の君みたいに学院で働くとか、故郷で長老やるとか、一箇所に縛られるの

 苦手なのよ。冒険者は縛られずにどこへでも行けるわ。

 だから、いくら精霊の為とはいえ、私は向いていない」

「ご自分の快適さのためなら、『精霊をやめたい精霊』の悲しみは犠牲にできると」

「煽るわねえ。認めたくないけど、そうね。じゃ、他をあたって」

「まあ、そういわずに、もう一杯どうぞ」

「あなた、もしかして酒の神?」

「いいえ、末の神ですが」


「話はぜんぜん変わりますけど、精霊王はご存知ですよね」

「当たり前じゃない。彼にしめられたこともあるわよ」

「精霊王からの依頼を蹴ったことが彼の耳に入れば、

 また、精霊魔法を使えなくなる不幸な事故が起きるかもしれないですね」

「脅すんだ」

「いえ、世間話です」

「封じられたところで、私には槍がある」

「その槍を、精霊達と、人を辞めたい者に捧げてはくれませんか」

「何で私なのよ」

「あなたの我の強さなら、教団長を任せても私に気兼ねしないでしょう。

 そこが気に入りました」

「冒険者を続けられないじゃない」

「それはあなたの手腕次第ですね。教団が安定し、あなたが後継者を育成できれば、

 また冒険者稼業に戻れますよ。

 ほら、あなたの先代長老も、旅をしたり、学院で教えたりしていますね」


「神官戦士のLv上げダルいんだけど」

「抜け道はあります」

「教団長って言っても、教団は私1人じゃない」

「ええ、あなたの部下も後継者も、私の信者もあなたが集めるのです」

「神様は何もしないわけ?」

「資金を用意して、全権委任して見守ります」

「丸投げじゃないの」

「6人でPT組んでダンジョンに潜り、強敵を屠ることも冒険ですが、

 0から教団を作るのも冒険だとは思いませんか。

 あなたの色にしていいんですよ」

「言い方は気に入らないけど、ちょっと惹かれるわね」


「では、この瞬間からあなたは、私の娘であり、教団長です」

「修行とかいらないの。教義は?」

「・輪廻転生の輪から出て精霊になることの確約

 ・精霊から人になった者の保護

 ・常識の範囲で

 とりあえず、教義(仮)はこの3点です」

「『7柱の末弟である末の神は、輪廻転生の輪から精霊界へ出ることと、

  精霊界からこの世へ来た者を庇護する』って布教する感じ?」

「いいと思います」

「ちなみに、私は輪廻転生の輪にとどまりたいけど、そういうのもアリ?」

「もちろん」

「ところで、Lv上げの抜け道って? 穴場の狩場でもあるの?」

「ステータス確認して下さい。神官戦士Lv80にしました」

?!」

「ええ」

「ズルじゃない。だめよこんなの」

「いいえ、神族的にはアリです。Lv上げする時間に、あなたは他のことをすべきだ」


末の神の教団長に就任した彼女は、そう言ってのける叔父様を見て、さすがに言葉を失いました。そうよね、Lv80まで上げるって、かなり大変なことだもの。



怠惰を愛する私としては、平和な日くらい、たっぷり寝たいのですけれど。

暇を持て余した華の母様に、いたずらされて起こされました。

「まだ寝たいのにい」

「寝すぎよ。もう夕方だもの。ほらほら、私にくっついてないで、起きる」

「むー。しょうがないなぁ、何か作るね。華の母様、食べたいものある?」

「陽の君が、おすそわけくれたから、それ食べましょ」

「わーい」

「こーら、裸でうろうろしないの。服着なさい」

「はーい」

「お行儀悪い座り方も禁止!」

「はーい。ねえ、華の母様、水浴び一緒に済ませましょ」

「ん? 今夜も泊まるつもりなの?」

「ううん、明日もいるつもり」

「私そんなに何日も、抱きまくらやるの嫌よー」

「でも、ダメな娘が可愛いんでしょ?」

「可愛いけど、身が持たないって。ね、歌姫のとこ行こう?」

「やです。今は、華の母様の肌がしっくりくるんだもの」


華の母様いい匂いしますし、くっついて寝てると深く眠れるし、『母神』の重圧も、一時忘れることが出来るもの。ふふふ、4つの私を抱っこしたのが運の尽きだったわね、華の母様。


でも、考えてみると、私がこうやって甘えに行っても、一切動じない歌の母様の包容力もどうかしてるわよね。娘としては、幸せですけど。







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