第08話 自分、不器用でありまして

精霊ってご存知ですか?


この世界は、四大上位精霊が、地水炎風の4種の精霊達を従えています。

歌の母様は、彼らから「稀代の歌姫」として認められて『歌姫』の名を贈られました。四大上位精霊は、気弱なエルフだった歌の母様を励まし続け、魅力を開花させた夫の功績を讃え、感謝と敬意の印として『精霊王』の名を贈り、精霊たちの王として迎えました。


精霊はあらゆる自然現象を担当し、世界を維持するのが仕事です。

でも、元々人間だった精霊王を精霊界に迎えたじゃない? 彼は人間、妻はエルフだから、必ず死に別れるでしょ? 半生を妻と共に旅することに使ったの。

そんなことを、暇ができると精霊達に聞かせるじゃない?

影響あるわよね。


「王都の城下町にある屋台は美味いらしい」

「そもそも、食べるということが分からん。面白そうだな」


みたいになったの。それで、精霊王から『仕事増やして悪い』と謝られつつ、人間に混ざっても見分けがつかない義体を1万体用意したの。精霊の総数からしたら足りないでしょうけど、そこは交代で使って貰うことにしました。


ずっと世界を維持することに専念してきた精霊達は、義体に入ることで、人と同じように様々な経験が出来たの。自分たちが維持してきた世界は、どういものなのか感じ取れたことは大きかったのでしょうね。

そうそう。お小遣いも用意しましたから、例の屋台にも行ったみたい。


「精霊王様は、旅をして舌が肥えている。他にもオススメを教わろう」

なんて、精霊たちは言っているの。


好奇心って、一度芽生えると加速しませんか?

「精霊やめたい」って子も出るわよね。

精霊たちは創世神話の頃から、この世界が終わるまで存在し続けます。

まあ、飽きることもあるわよね。


人間もエルフもドワーフも亜人も、猫や犬などの動物も、モンスターも、全ての「命」は、死ぬと何かに生まれ変わります。この輪廻転生の輪に、神族と精霊達は入っていないの。どちらも「死」は無いですし。


私は精霊王と四大上位精霊達に、この件で相談されました。

私は自室、彼らは精霊界にいます。彼らは精霊語で話し、私は思念で話しているの。


王「また、ややこしいことを伝えて、すまないね」

私「いいのいいの。歌の母様のご主人なら、精霊王は私の父様みたいなものだもの」

王「最高神である母神が娘とは、恐れ多いな。さて、皆はどう思う?」

炎「そうだな。不満があるまま、役割を続けさせるのは忍びない」

水「精霊とは違う生き方をしたい者の希望、叶えてやりたいな」

土「だが、精霊魔法使い(歌い手)以外は、私達を意識してないからね。

  混乱を招いても気の毒だぞ」

風「そもそも、我らの在り方からして、不満を抱くことがおかしい。

  精霊たちに言って聞かせるのが筋ではないか?」

私「精霊に関しては、先代『母神』が降臨する前に出来上がった仕組みよね。

  とはいえ、不満が出たなら、柔軟に対応できるわよ」

炎「精霊王夫婦も面白かったが、あなたも面白い神だな。母神」

私「ありがと。ちょっと、調整させて欲しいの。準備が整ったら、

  改めてお話しするのでいいですか?」

王「分かった。あまり無理してくれるなよ」



んふふー。無理するのが私だと思った? 残念、叔父様でしたー。

『好きな子が出来て仕事が手に付かない叔父様ー?』

『なんですか、その不名誉な呼び方は』

『私には分からない世界だからイジりたくなるのよ。それでね――』


『精霊たちの不満、ですか』

『うん』

『整理すると、「精霊王が影響を与えた→あなたが義体を与えた→悪化」

 ということですよね』

『そうね』

『それで、どうするんです?』

『叔父様は教団持ってないでしょ』

『ええ』

『未だに、眠りと終末の神だと思われてるよね』

『そうです』

『教団作ろう?』

『?』

『他の6柱の教団はそれぞれ役割があるじゃない。お父様の武神教団に関しては、

 まだ教団と呼べる状態ではないけど、信者の数なら十分いるよね。

 大半のモンスターを力づくで従わせてますから』

『役割は理解します。しかし、なぜ私が』

『簡単な話よ。輪廻転生の仕組みをいじります。

 「人間やめたい」子も一定数いるでしょ。精霊に生まれ変わることを確約するの。

 そして、彼らが精霊になれば、精霊は輪廻転生の輪へ参加することができる』

『あなたは、私のことを何でも屋だと思っていませんか?』

『ポンコツになる朴念仁だけど、頼りになる叔父様、かな?』


叔父様はしぶしぶ引き受けてくれました。私は、手短に精霊王に途中経過を報告したの。精霊王ったら「そりゃ気の毒だ」って笑ってらしたわ。



「あの子は、やはり姉様似ですね。だんだん人使いが荒くなる」

そうボヤきながら自分の部屋へ向う叔父様を、お父様が呼び止めの。

「ちょっといいか」

「どうされました兄様」

「ん、ちょっとな。お前の部屋に上がっても構わんか?」

「もちろんです。どうぞ」


叔父様の綺麗に整えられた部屋へ通されたお父様は、ちょっと機嫌悪そう。

「妻が話してくれなくてな。小町魔王に聞かせてもらった」

「!」

「お前なあ、オレはそんなに頼りにならん兄か?」

「とんでもない」

「だが、笑ったぞ。お前、陽の君の前で何やってんだ」

「言葉もありません」

「お前どうしたいんだ」

「自分でもよく分からないのです」

「華の君が忘れられないか」

「違います。憧れました。敬意もあります。しかし、もう異性だとは見ていません」

「ふむ」

「陽の君さんには、その、会わせる顔が無くて」

「恥かいてこい」

「恥ですか」

「そうだ。断られて罵られてこい」

「迷惑ではありませんか」

「あそこの族長に立ち会って貰え。

 お前が壊れてトンチンカンなことすりゃ、諌めてくれるよ」

「時間をかけてはいけませんか」

「時間が経つごとに会いにくくなるし、自分の気持も分からなくなるぞ」

「そういうものでしょうか」

「ま、妻に掴まって軟禁されたオレが言っても説得力無いがな」

「その後、自己嫌悪で実家に帰った姉様を、迎えに行かれたではありませんか」

「そんなことも、あったなあ。

 ――邪魔した。

 オレはこう考える。お前が傷つくのは構わんが、

 陽の君をもやもやさせたままだと、お前ら2人とも辛いぞ」



叔父様は、自室で1人になり、考えました。

娘のような私がいて、実際両親や3人の育ての母達と共に、私の子育てに関わってくれました。育ての父ですよね。

ですけど、叔父様はご自身の家庭を持つことに憧れはあります。

そして、一緒に生きる人として、陽の君が真っ先に浮かびます。

あれだけ好きって言って貰った時に、気持ちを受け入れておけば良かったのにね。

叔父様は覚悟を決めました。



エルフの里は、各地に点在しています。

骸骨村と縁が深いのは、その中の1つなの。『歌姫』や華の母様の出身地です。火の君の2人の弟さんは、この里で精霊魔法を学び、優れた精霊魔法使いになりました。


現在の長老さんは、精霊王の義理の父でもあるのよ。精霊王のお母様が、晩年に再婚されたの。先代の長老は隠居して旅を楽しんでいたけれど、華の母様が学院長をされている頃に、精霊魔法使の教授を頼まれて、今も教鞭をとっています。


ここは、長老の部屋です。

「話は聞いています。骸骨村の方は、面白い方が多い」

「そんなに笑わないで下さい」

「私は、真面目過ぎるのでしょう。義理の息子(精霊王)に、

 今でもからかわれます」

「精霊王らしいですね」

「陽の君のことでしたね。私は長老ですが、犬の子を差し上げるように、

 あの子をあなたに与えること出来ません」

「そんなことをされては困ります。ちょっと今、私の視野が狭いといいますか、

 いっぱいいっぱいなものですから、里にご迷惑をかけてもいけない。

 私に問題があれば、止めて頂きたいのです。

 長老の『真面目過ぎる点』で力になって頂けませんか」

「面白い。構いませんよ」



末の神は、陽の君の家の前に土下座したの。そのまま大きな声で――

「あなたを子ども扱いした挙句、今更好きだと気がついた申し訳ありません」


里のエルフ達は、何事かとギョッとしています。

陽の君の友達が、「あのイケメン、神族よね? 神族捕まえるなんて凄いじゃない。

今度、話聞かせてもらおうね」と言いながら、ザワザワしているエルフたちを、それぞれの家に帰らせます。「絶対面白そうだけど、陽の君が恥ずかしくて死んじゃうから、ここは離れてましょ」と、集まりかけた里のエルフ達を散らしてくれました。


エルフ達が去り、やっと陽の君が戸の隙間から顔を出しました。

「……家の前でやめて下さい」

「お話しできるまで動きません」

「長老! なんでニコニコしてるんですか!」

「若さって、いいものですね」

「青春とかじゃないでしょ! これ、どう考えても迷惑です!」

「あなたを子ども扱いした挙句、今更好きだと気がついた事、謝ります」

「繰り返さなくていいです! もうやだあ。里中に知れ渡るじゃない」

「陽の君よ、大丈夫。長老の私など、精霊王にしめられたことがある。

 更に恥ずかしかった。この程度なら、エルフは耐えられる」

「……嬉しくない情報ありがとうございます」

「末の神様、長老のお宅へ行きましょ。長老、いいですよね?」

「歓迎しますよ」



そして、長老の家で――

「そもそも、末の神様は、華の君様がいいんでしょ?」

「長年の仲間で親交があったので、混乱しただけです」

「もし、華の君様が受け入れていたら、ここにいないでしょ?」

「その仮定は無意味でしょう」

「華の君様の代わりなんてやだ」

「あなたがいいんです」

「信じられない。エルフがお好きなら、里の他の子にして。紹介しますよ」

「あなたが怒るのは最もです。ですが、それはあんまりです。

 私はあなたにだけ用があるのです」


「華の君様にトキメいた大年増好きの癖に!」

「その、こうしたことに不慣れなものですから、

 自分でもよく分からなかったのです」

「あら、私、何かいいました?」

「?」

「――なんで私なの?」

「言いにくいです」

「そこで照れて黙るなら、話を打ち切りますよ」

「言います、言います。その、声が素敵で」

「私の?」

「ずっと聴いていたいです」

「私、そんなにおしゃべりじゃないもん!」

「話し声もそうですし、怒鳴り声すら美しいですし、

 あなたが村の子達に聴かせてくれた歌は、

 伝説のセイレーンのようでした。

 そのセイレーンに捕まったのが私です」

「怪物と一緒にしないでくださる?」


「それと、たまに本音がダダ漏れなのも好きです」

「そこは欠点じゃないの」

「いえ、何で怒ってるのか言ってくれないと分からないですから、助かります」

「そもそも、怒らせないで」

「兄と姉の夫婦を長く見てきました。

 優しい兄ですが、たまに姉を怒らせることがあります。

 夫婦になると、喧嘩はつきものではないかと」

「待って。つきあってくれとかじゃなくて、いきなり嫁に来いですか?」

「ええ」

「だって、お互いを知る時間は?」

「この人で間違いないと思えれば、あとは夫婦になってから知っていけばよいかと」

「急すぎます!

 それに、……エルフは、人間より妊娠しにくいです。子どものこととか」

「私はこれでも神です。どうにでも出来ます」

「即座に妊娠させる構え?!」



ニコニコと笑って見ていた長老が、陽の君へ言いました。

「なあ、陽の君。お前は夫婦や家庭に強い憧れがある反面、

 エルフの男は嫌いだったね。いいじゃないか。末の神様がダメなら、

 いつでも帰ってきなさい。

 私が妻と暮らした時間はとても短いものだが、夫婦は良いものだよ」


そのまま、真っ赤な陽の君に連れられて、叔父様は彼女の両親へ挨拶をしました。

「少し変わった娘ですけど、良い子に育ちました。よろしくお願いしますね」

「君が神であれ、娘を泣かすことがあるなら、私は弓と槍を手にする」


婚礼は、小町の母様が神官として担当しました。

私達とともに、経緯をだいたい知ってる村の衆は、愛らしい花嫁と、緊張してギクシャクした叔父様を、盛大に祝福しました。

村の子達は、「またお歌聴かせて貰える!」と喜んでいます。


そうそう。婚礼には、チビ竜姿のへきも、参加したんですよ。

賑やかな様子が楽しいのでしょう、チロチロ火を吐いていました。


叔父様は、我が家の近所に、村の衆と同じ作りの家を1つ建てて、新居にしました。

「陽の君、機嫌悪いですか?」

「だって、あなた、私の花嫁姿を褒めて下さらないじゃない」

「あんまりキレイで言葉が出ませんでした」

「今更遅いです」

「困りました。どうしたら、機嫌を直してくれますか?」

「私のこと大切なんでしょ?」

「もちろんです」

「じゃあ、妻の機嫌の直し方から覚えて下さい」


……叔父様も色々頑張ったので、翌朝には陽の君の機嫌は直っていました。



恋愛に不器用なのはいいんだけど、仕事も不器用じゃ困るのよね。

叔父様ったら、自分の恋にかまけて、私が頼んだ教団の件を進めて無いの。


『――というわけなのよ』

『そりゃ、仕事手に付かないよ』

『精霊たち、待たせてしまってごめんなさい』

『創世神話の時代から働いてる彼らにしてみれば、誤差みたいなものさ。

 妻(歌姫)に言付けは頼んだが、おめでとう』

『ありがとうございます。

 ねえ、精霊王。長老をしめたって本当?』

『ああ、昔ね。華の君も一緒にしめたよ』

『えええ』

『だから、学院行ったわけでしょ』

『ざっくりとしか知らなかったです。面白そうだから、あとで

 みようかな』

『君もまだまだ子どもだね』



そう言い残して、精霊王は私との会話を打ち切りました。

好奇心ってあるじゃない? 一度抱けば、加速するものだと思いません?

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