閑話 NaとCl 【ナトリウム×塩素】


「ねえこれ、やばくない?」

「ああ、ヤバイ」


 お母さんは健康に気をつかっているらしく、ふだんあたしたちを気前よくは使わない。だからけっこう長いあいだ、調味料入れに閉じ込められてたけど、11番とこんなに意気投合するのって、はじめてじゃない?


 うん、そのくらい、やばい。


 調味料入れからあたしたちを大量にはかりに乗せたのは、お母さんではなくて、この家の女の子。たしか、チューガクセーだったと思う。パツンと揃えた前髪がキュートなの。

 はかりに乗ったあたしたちの周りには、彼女が慎重に測ったバターや小麦粉やココアパウダーが並べられている。


 今日は2月13日。つまり、明日はバレンタインデー。

 ヒトとは長い付き合いだから、あたしだって、それくらいは知ってる。

 たぶん、この子、お菓子を作るつもりだよね。

 でも、でも、違うんだって!


 どうしたらいいのかわかんないから、隣にいる11番にキレてみる。


「ね、ちょっと、なんとかしなよ」

「なんとかって、どうするんだよ」

「あんた、爆ぜるのは得意じゃん」

「今の俺にそんな真似できるわけねーだろ。余計なモンがくっついてんだぞ。超安定だぞ」

「余計なモノってあたし? え、どういう意味?」

「お前こそ、何とかしろ。ほら、毒を出すとか、刺激臭を放つとか、得意だろ」

「バッカじゃない? 今のあたしは『塩』だよ。手も足も出ないって」

「けど、このままじゃ、あれだ」

「うん。あれだよね」

「ヤバイな」

「どうしよう」


 そう、あたしは今、11番とくっついている。

 そのあたしたちが、どうしてはかりに乗せられているかと言えば、姿だけはそっくりな、甘いあまいあれ……『砂糖』と間違えてるんだよね、うん。


 やばい。

 このままじゃ、ちょう塩辛いクッキーが出来上がっちゃうじゃん!


 バレンタイン用に作ったクッキーが塩クッキーなんて、漫画でも今どきなくない?

 気付け、気付いてよ、おねがいだからさ!


「どうしてヒトってやつは砂糖と塩を同じ色にしとくんだよ、ったく」


 11番もイライラした声だ。


「そうだよ。砂糖はピンク色にしたらいいのに」

「こっちの白は譲れねえからな」

「そもそも、あっちはフツーに茶色とか黒とかあるじゃん?」


 色が無理なら、せめて違うとこに置いておくとかさ。どうしてそっくりなのに並べておいておくわけ?



『んー、ちょっと足りないかな』


 二人してやきもきしてると、彼女ははかりを覗き込んでむうっと口をへの字にした。

 首を伸ばして、リビングのほうを見る。


『お母さーん、お砂糖、買い置きあったっけ?』

『調味料入れに補充したばっかりよ。足りるでしょう』

『え? そんなに無いよ』

『……お砂糖とお塩、間違えてない?』

『あっ、ホントだ。あっぶない』

『もう、本当にそそっかしいわね、大丈夫?』


 足音が聞こえて、お母さんがきてくれて、すぐにあたしたちはさらさらっと調味料入れに戻された。

 どうやらこっからは心配性のお母さんが手伝ってくれるみたい。


 よかった、サイアクのジタイは避けられた。


「はー、無駄に疲れた」

「ほんとだよ。偶に目覚めたら、これだもん」

「塩味クッキーにならずにすんで良かったな、お互い」

「……まーね」


 ふと横を見ると、11番が可笑しそうに笑っていたので、あたしも釣られてちょっと笑った。





 Happy Valentine’s Day !!

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