閑話 CとBe 【炭素×ベリリウム】


「いい気にならないでよね」


 と、誰かが耳元で言った。眠っていた俺は、珍しくその声に気付いて意識を向ける。

 周囲は真っ暗だ。しかし我々にとってたいした問題ではない。様々な気配がしたが、先ほどの声に応えるものは誰もいなかった。


「ちょっと聞いてるの、4番!」


 今度は名指しされた。

 イライラしているようだが、これは間違いなく6番の声だ。俺は仕方なく覚醒して、それに応える。


「聞こえている。お前が声をかけてくるとは珍しいな、6番」

「なによ、余裕ぶっちゃって。ムカツク!」


 なにをむかついているか確認するため、状況を分析する。理由はすぐにわかった。


「そう怒るな」

「だーかーらー!そういう態度が気に食わないのよ。たまたまあんたが大きな宝石いしで、たまたま真ん中に飾られているからって、いい気にならないでよね!」


 当然いい気になぞなっていない。しかし問題は、6番がそう感じているというところだ。

 現在俺と6番は、78番でできた細いリングを隣り合わせで飾っている。端的に言うと、指輪だ。大きなエメラルドの周囲をぐるりと囲んだ小さなダイヤモンド。わりとよくあるシュチュエーションだが、6番が絡んでくるのは珍しい。よほどムシの居所でも悪かったのだろう。


「俺が真ん中にいるのには、意味がある」

「はあ!?」


 つい先日まで宝石店のショーケースにいたこの指輪を買ったのは、若い男だった。真剣なまなざしがカット面に映りこんだので、印象に残っている。

 たぶん、この指輪は、あれだ。


「つまり、この指輪を贈る相手が、5月生まれだということだろう」

「……」


 そう告げると、6番の怒気が薄らいで、しばし沈黙があった。

 次にどう出てくるのか予測がつかないので、俺は黙って6番が口を開くのをを待つ。他の連中はわれ関せずを決め込んでいるのか、本当に眠り込んでしまっているのか判断できない。


「……そっか、そうよね。それじゃあんたが主役でも仕方ないか」


 どうやら理解したようだ。

 おそらく、俺たちを乗せたリングは、購入した男性から大切な人への贈り物。


 そう、エメラルドは5月の誕生石だ。


「うん、ちょっと驚いた」

「驚いた?」

「あんたが誕生石を知ってるなんて、思わなかったから」

「そうか」

「意外とニンゲンのこと、見てくれてるのね」


 不機嫌の影がすっかりなりを潜め、6番の声は今はわずかに弾んでいる。

 察しの悪い俺にもそれがわかった。6番はニンゲンを、生き物を、おそらくもっとも気にかけている元素なのだ。


「いいわ、今回の主役はあんたよ、4番。しっかり務めるよーに!」

「この状態で、俺にできることなど無いだろう」

「祈りなさい」


 と、6番は俺にきっぱりと命じる。


「祈る?」

「喜んでくれたら、あたしだって嬉しいわ」


 笑みを含んだやわらかい声に不意打ちをくらって、思考回路がフリーズする。

 指輪を受け取る予定の誰かのことを言っているのだ、とようやく気付いたときには6番の気配は薄らいで、もう声は聞こえなくなった。



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