第10話夏の夜

あのとき継いだのは、仕事だけじゃなくて、彼のすべてだった。



 あの町。俺は直感した。

 一瞬で、なぜあの町だと判断したのかはわからない。なんていうか、本能が、俺を導いているような。

 木を飛び移りながら、俺は思う。

「(そういえばあの町、そんなに行ってないよな……)」

理由は……簡単だな。あのペンダントと一緒に、カイナにいちゃんの記憶とかも、継いでいるはずだから。

 あの町、というのは、カイナにいちゃんの大切な町だ。カトルナさんと出会った町。であると同時に、……別れの町。

 なんでそんな町に風狼さんが行くのかというと、カイナにいちゃんの記憶を頼りに考えた。町が熊に襲われたあの日、あの町に何かを探しているような風狼さんを、カイナにいちゃんは見ていた。だから、多分あの町に向かったんだと思うんだ。

 風狼さんは、一体何を探していたのだろうか。

 それだけが気がかりだ。

 そして、森を抜け、あの町―ザルンへ。

 そこに降り立ったときにはすでに辺りはしんとしていて、きれいなオレンジ色の太陽が地平線をまたごうとしているところだった。

 そのオレンジ色の光から目を背けながら、改めて辺りを見回す。

 「ここじゃねーな」

ぼそっとつぶやく。ザルンはこっち側じゃなく、もっと中央で……。

 ビュウッ

一瞬だけ、強い風が吹いて、いろんな匂いが情報としてやってくる。

 夕食の焼き魚の匂い。

 料理で使ったであろうごま油の匂い。

 魚カレーの匂い。

 違う、俺がほしい匂いはそれじゃない。

 ありふれたシャンプーの匂い。

 消毒液のつんとした匂い。

 普段はかぐことの無い狼の風の匂い。

 「……これだ」

俺は全力で風上に向かって走った。絶対、あの風狼さんだ。間違いない。

 匂いを追いかけ、たどり着いたのは小さな公園だった。

「ここは……」

来たことはない。が、記憶にはある。つまり、カイナにいちゃんの記憶、か。

 ふと、頭の中に知らないメス猫が浮かんだ。

 ……そうか。この猫が、カトルナさんか。

 じゃあ、この公園はふたりが会って、たくさん話した思い出の場所なんだな。

 その公園の隅に、風狼さんはいた。

 「ねえお父さん。いつになったらお母さんに会えるの?」

「ごめんな、ロク。まだ里には戻れないんだ」

「……そっか」

 風狼の父子おやこの話し声がここまで聞こえてくる。俺はそっと、風狼さんに近づく。

「風狼さん」

風狼さんはピクリと反応して、こっちを向いた。

「……どうしてここが……?」

「ツリーハウス」

「え?」

「行ったら、居なかったから、ここかもって」

「……そうですか」

風狼さんは、顔を元の向きに戻した。

 そこには、小さな石でできた石碑があって、花が供えられていた。

 「おれは、風狼の里、ファクタからきました。実は、妻と生き別れて……」

……そうか。風狼さんは奥さんを捜すために、こっちにきてたのか。

 「その石碑は?」

俺が聞くと風狼さんは少しうつむいた。そして、事情を話してくれた。

 「何年か前……おれは妻と息子の3匹で旅行に来てたんだ。そのとき、たまたま、熊が町を襲った。何度も助けを求められたのに、何もできなかった。そのとき、出会ったのはカイナ、という猫だ。彼は大切なひとを殺されたと言っていた。この石碑は、彼が建てたものだ。毎年、この時期になると来ていたんだが……。どうやら今年は来てないみたいなんだ」

……カイナは死んだ。なんて、とてもじゃないけど言えない。

 ビュウッ

また強い風が吹いて、風狼さんの毛並みと俺のマントを揺らす。マントは大きくはためいた。

 「……もしかして」

そういって、風狼さんは目を見開いた。そして、2、3度、鼻をひくつかせる。

「……そうでしたか」


(つづく)

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