第3話 死体を見た後は

「なんでこんなもんをこんなとこで見なくちゃならないのかな?ジャクリーン」


トキサダは当日のANN(American Network News)を見ながらなんとなく呟きを漏らしたのは、午後の18時ごろ、場所はクリーブランド市警のオフィスの一角だった。


ラウンドテーブルの前には男が二人、と女が一人座っていて、それはジャクリーンとアサノ・J・トキサダ、それに加えて、齢60になるベテラン刑事のヨハン・ロックウェルがやせた足をテーブルの横で苛立たし気に揺らしていた。


「その質問は、俺がしてぇんだがな? トキサダ」

「僕だって、ジャクリーンが無理に引っ張ってこなきゃ、ここにはいませんよ」


トキサダはジャクリーンを横目で見た。


「ミスタ・ロックウェル。この件には彼がどうしても要るんです」


ジャクリーンはまるで子供を擁護するかのような口調で言った。


「あんだ?ジャクリーン。てめぇ、俺のやり方が気に入らねぇってそういいたいのか?」

「そうじゃありません。トーキーに協力してもらうのが効率的だって言ってるんです」

「またお前のトーキー信仰が始まったってわけかよ。いいか?俺たちはプロだ。コンナ素人に頼むようになったらな?終わりだぜ」


ロックウェル警部はいっそうイライラし始めた。


(僕だって早く帰りたいよ)


トキサダはジャクリーンを軽く睨みつけたが、彼女は言い合いに夢中だ。目を合わそうとしない。


「彼はやれば出来るんです。能力があってそれを見せたがらない。そんな人間なんです。シャイなだけで」

(なんだろ。まるで自分の子供を擁護している母親の様だ)


ジャクリーンの言い草を聴きながら、トキサダはそんなことを考えていた。



現場は廃工場だった。

既に何台ものパトカーが止まり道を塞いでいる。「DONT ENTER」の文字が目立っていて外からも何かあったのだとすぐにわかる


「殺害されていたのはイライザ・メリー。27歳。娼婦だ。いつもは2本先にある売春宿で20分 70ドルで客を取ってる。裏にはいくつかのファミリーの存在が確認されている」


ロックウェル警部がかるく説明するのをききながら、トキサダは死体を見て一度十字を切った。

(腐敗はしてない。そう時間は立ってないんだろうな)

トキサダは被害者の爪に土が挟まっているのを発見した。

少し触ってみると中に髪の毛が混じっているのがわかり、その髪は彼女の色とは違っていた。


(彼女は金髪だ。それなのにブラウンの毛が指についてる)


トキサダの観察は続く。


「何か見つけたのね?トーキー」

「まぁね。実際にぱっと見で分かったのはが有る事と、指には湿が絡まっていることかな」

「ひっかき傷ねぇ。そういうプレイでもしてたのかしら?」

(そうじゃない。これは自分で引っ掻いた傷だ。ジャクリーンのいうプレイならここまでひどくならない。よっぽど力が入っていた証拠だ)


ジャクリーンは不思議そうに言う。自分にそんな趣味はないと言いながら。


「多分だけど、こいつは溺死だ。肺の中に残った気泡が口の周りに泡になってついているし、もがき苦しんで彼女は、首をひっかいたんだろう。暴れるうちにもしかしたら犯人の頭をひっかいて毛を抜いたのかもしれない」

「なかなか良く見てるじゃねぇか」


ロックウェル警部は彼の推察を聴きながら、にやついた。


「本当の殺人現場は数マイルはなれた湖さ。今は取っちまったが、最初は脚と腕に藻が付いていて警察でも、現場がここじゃない事が分かった。あとはほぼお前の読みと一緒さ。爪の中に混じっている毛はおそらく犯人のものだし、土も湖の周りのモノと一緒だ。首のひっかき傷についてはあんまり気にしちゃいなかったが、そうか、そんなふうにもがき苦しんで死んだなら、まぁ……引っ掻いちまうだろうな」


ロックウェル警部はどこか寂しそうに納得した


「どうです? すごいでしょ。警察の読みとほぼ一緒なんて」


ジャクリーンは胸を張った。

逆にトキサダははぁと息を吐いた。


「確かに大した観察眼だ。お前、今無職なんだって?」

「ええ。博物館のバイトを首になったばっかりです」

「そら、災難だな。だが、うちでやっぱりバイトは雇えんな」

「警部!」

「がなるな。雇えんが…アドバイザーとしてジャクリーンの捜査に同行させてやることは出来る。アドバイザーなら課長に掛け合って、日雇いとして金もいくらかは出してやれるぞ」


思いもしないオファーがでた。


「……。せっかくのお話ですが、止めておきます。ジャクリーンのアドバイザーは僕じゃ無理です」

「そうか?幼馴染だろう。良い同僚になれるぜ」

「ジャクリーンはきっと突っ走ります。ぼくにはそれを止められる自信はありません」


トキサダは力なく笑って、「Don’t Enter」と書かれた黄色テープを潜って殺人現場から出た。

そして、2、3歩歩いたところでしゃがみこみ、近くにあったベンチに倒れ込んだ。


(死体なんか見たくなかった。気分が悪い…。吐きそうだ)


「おい。大丈夫か?」


ロックウェル警部はトキサダを見つけると心配げに聞く。


「大丈夫です。しばらく休めば、元に戻ります。死体を見た後は決まってこうなるんです。さっきのオファー受けたくても、受けられないんですよ」

「この事ジャクリーンは知ってるのか?」

「おそらくは知りません。知ってたらここに連れてきたりしませんよ」

「そうだな」


この日は結局これきりとなり、3人とも解散を余儀なくされたのである。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある日系3世の日常 ヒポポタマス @w8a15kts

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ