第43話

カイルの説得のおかげで婚約した後も学校に通うことができた。父は反対したけど、兄が賛成してくれたからだ。二年はあっという間に過ぎた。

 二年間カイルとは頻繁に会ったけれど、彼の母親とは二回くらいしか会っていない。それは彼の母親が他国へ旅行に行っていたからで避けていたからではない。


「お義母様は結婚式に出席されるのでしょう?」

「もうそろそろ帰ってくると手紙が来ていたから出席になりそうだ」


 まるで出席してほしくないような言い方だ。でも私はホッとした。いくら簡素な式とはいえ、お互いの両親くらいはいてほしい。

結婚式にはグレース王女も友人代表で出席してくれることになっている。

 結婚に対する不安はない。万が一嫌がらせされても私は対抗するし、カイルに相談もする。サーシャとカイルはホウレンソウができていなかったのだと思う。夫婦になるのだから遠慮とかはしない。わからないことは聞いて、何かあったら報告して、相談ができる夫婦が私の理想の夫婦だ。それについてはカイルにも話している。隠し事はしないと彼約束してくれた。

 

「五日後には結婚式なんだな。リリアナは本当に良かったのかい?」


 カイルがこのセリフを言うのは何回目だろう。カイルはいつになったら私が彼を好きなことに気づくのだろうか。結構わかりやすい行動をしていると思おうのにカイルはまるで気づかない。

 結婚を楽しみにしていることがどうしてわからないのだろうか。


「もうそのセリフは聞きあきたわ。それに式は五日後なのに、今さらどうしようもないでしょ」

「君が嫌なら何とかするよ」

「嫌だなんて思ってないって言ってるでしょ。カイルは? カイルは結婚すること後悔していない?」


 結婚をやめることを提案されるたび、カイルが嫌がっている気がしていた。でも今日までは彼に聞くことが出来ずにいた。


「どうして私が後悔するんだ? 私はリリアナと結婚できてうれしいよ」


 真顔で肯定されてホッとした。もし後悔していると言われたら泣いていたかもしれない。

 今日はカイルの屋敷に来ている。二年もあって初めて彼の屋敷に招待された。何故かというと父と兄のせいだ。なかなかお許しが出なかったのだ。さすがに結婚する五日前になったので、いろいろな準備もあるからといって説得した。

 屋敷の外観はサーシャが住んでいた時と変わっていない。でも屋敷の中は全く違った。


「サーシャが住んでた時と違うみたい」

「サーシャが亡くなってから、どこにでも彼女がいるようですごく辛くなって……それで改装したんだ」


 まさか改装されているとは思っていなかったけど、昔と違ったことに少しだけ安心した。私はサーシャではないから、昔と同じだとキツイなと思っていたのだ。


「うん、いいよ。前の壁の感じも良かったけど、白を主体としたこの壁も明るくて好き」

「なるべく明るい感じで頼んだら、こうなっていた。初めは明るすぎる気がしたけど、今は慣れたかな」


 あと五日たてば私はここで暮らすことになる。ホコリひとつない廊下は使用人たちの結晶だ。

 コツン、コツン、歩くたびに音が聞こえる。そう、閉じ込められた時もこの音が聞こえた。亜飛音を聞いた時、私は助けを求めた。サーシャの記憶が私の記憶と混ざる。


「誰? 誰のなの? いるのでしょう? お願い助けて!」


 あの時、私は助けを求めて叫んだ。声が聞こえたのか、足音が止まった。そうだ。あの時確かに足音が止まった。だから私は何度も叫んだ。助けを求めた。

 一瞬止まった足音はまた歩き出す。私の声が聞こえたはずなのに去って行った。それでも私は待っていた。その足音の人が誰かを連れてきてくれるのを。でも私の意識がなくなるまで誰も現れなかった。あれは誰だったのかしら……。



「急に立ち止まってどうした?」


 カイルの声で我に返る。あのつけを求めていたのは私ではない。サーシャだ。ハウスキーパーが去った後、部屋の前を歩く足音を聞いた。ハウスキーパーとは違う足音だった。どうして忘れていたのだろう。足音を聞いて思い出してしまった。

これは報告するべきこと?

 隠し事はしないとカイルに言ったのは私だった。でも、この話をすればせっかくおさまった話をまた蒸し返すことになる。


「ううん、何でもない」


 カイルの顔を見て私は言わないことにした。大したことではないもの。誰だったかもわからない足音の話をしても何もかわらない。うん、忘れよう。思い出さなかったことにすればいい。

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