第42話

『生まれ変わっても一緒にはならない』


 それがサーシャの最後の言葉だった。

 私はその言葉を守ってあげることは出来ない。彼女の望みはカイルの幸せだった。だから私と一緒になることでカイルを幸せにするので許してほしい。

 カイルが神殿入りすることはサーシャだって喜ばないはずだ。

 一番の問題だったカイルの母親との面談は簡単なもので終わった。両親が一緒だったおかげで、公爵家という身分の私たちに彼女はとても緊張していた。彼女は再婚して一緒に暮らすこともないし、それほど仲良くなることもないだろう。ただ彼女を見るととても懐かしい気がして思わず涙が出そうになった。これはサーシャの感情だと思った。サーシャにとっては第二の母親だったのだなと改めて思わされた。嫌がらせが彼女のせいだと気づいていたのに、それでも憎む感情はない。ただ懐かしく思うだけだ。


「カイル様、わたくしにはサーシャが理解できないです。彼女はどうして誰も憎むことなく死ぬことができたのでしょう」

「サーシャは誰も憎んでなかったのかい?」

「ええ、わたくしに感じられるのはとても穏やかな感情です。憎しみはかけらもありません。ケイトさんと貴方の関係を疑っているようでしたが、だからと言って憎しみはまるでないのです。そのことがとても不思議です」


 亡くなる前に思っていたことは、カイルの幸せだけだった。若くして命を落とすのに、誰のことも恨む感情がない。ハウスキーパーのこともなんとも思っていなかった。


「そうか。私はずっと恨まれてると思っていた。だから最後に『生まれ変わっても一緒にはならない』と言われたのだと考えていた。私と結婚したことで彼女は命を縮めてしまったようなもので、申し訳ないことをしたとずっと……思っていた。だから君の話を聞いてホッとした」

「サーシャはカイル様の幸せを考えて『生まれ変わっても一緒にはならない』と言ったのに、かえって貴方を苦しめていたのですね。申し訳ないです」


私が自分のことのようにサーシャのことを謝るとカイルは首を振った。


「サーシャのことで君が謝ることはありません。それに私が彼女を信じることができていれば、彼女の言葉の裏に隠された意味に気づけたはずです。私が愚かだったのです」


カイルはサーシャの最後の言葉に隠された意味に全く気づくことができなかった。でもそれは仕方のない事だと私は思っている。サーシャの愛はとても深くてわかりづらい。

正直私だったら最後にあんな言葉は残さない。『ずっと好きだった、ありがとう』って、言う。これならカイルが誤解して何年も苦しむ事はないし、私も思い残す事なく死ねる。

私が前世を思い出してしまったのは、カイルが幸せに暮らしていなかったからではないかと思う。カイルが再婚でもして子供もいて幸せに暮らしていたら、彼と出会っていても前世を思い出さなかったのではないか。根拠は何もないけどそんな気がするのだ。


「君はケイトのことを何も聞かないんだね」

「前世のことですから、気になりませんわ」


嘘だ。本当はすっごく気になっている。でも今世ではケイトはもう関係のない人だ。今さら彼女との話を聞きたがるのは悋気な女のようで嫌だ。


「そうか。だったら話さなくてもいいのか」


カイルはホッとした顔をしている。

私の馬鹿馬鹿。せっかくカイルが話してくれそうだったのに。たぶんケイトのことはこの先も聞くことはないだろう。せっかくの機会を失ってしまったことにガッカリだ。


「グレース王女からケイトさんは結婚して幸せに暮らしてると聞いたのですが、間違い無いのですか?」


過去のことは聞けないけど、今は関係のない人だということだけは確認したい。


「幸せかどうかまでは知らないが、結婚したことは聞いている。サーシャが突然亡くなって、私はしばらく休みを取ったんだ。休みがあけて職場に復帰した時には彼女の姿はなくて、結婚退職したと知らされた。それっきり彼女の姿は見ていない」


カイルの言葉にホッとした。現在もケイトとカイルに何かあると疑ってはいないけど、身近な所にいないのは良かった。

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