横綱、異世界の大地に立つ!

悠戯

横綱、異世界の大地に立つ!

 相撲という格闘技は、その興りからして他の武術とは少なからず異なる。


 戦場格闘技である柔術から発展した柔道。

 琉球に伝わった中国拳法を元に独自の工夫を加え、唐手から変化した空手。

 いずれにせよ、歴史ある格闘技の大半は戦場で敵を倒す為の殺傷術、あるいは自身や周囲の身を守護まもる護身術としての意味合いが大きい。


 だが相撲においてそのような意味合いは薄い。

 古くは神社の境内等で取り組みをおこなっていた事からも分かるように、相撲とは神々に勝負を奉納する神事。宗教的儀式としての側面が大きい。

 現代の大相撲でも取り組み前には塩を撒いたり四股を踏むが、それらも穢れを嫌う神道に端を発する魔除けの儀式なのである。

 相撲取りの最高位である横綱ともなれば(※かつては大関が最高位の時代もあったが、この場では割愛する)、本来は人間が巻くことを許されない注連縄しめなわを巻く事が認められる。

 現代よりも遥かに人々が信心深かった時代においては、横綱は単なる一競技のチャンピオンなどではなく現人神の如き信仰対象として扱われていたのだ。



 ……故に、横綱というのは神聖な属性を有している。

 なんかこう光とか正義っぽい雰囲気であり、闇とか邪悪の側に属する魔族やアンデッドへの特攻を持っているのは論理的に明らかである。


 ◆◆◆


 平成の大横綱雷音らいおん関、若干三十歳で突然の逝去。

 このバッドニュースを受けて、角界のみならず日本全国、いや全世界やそれ以外もが騒然となった。


 昨今では珍しい日本人横綱であった雷音はスター性抜群で、人柄も紳士的で温厚。

 身長210cm、体重250kgという超大型だが鈍重な印象はなく、厳しい稽古によって体脂肪率は25%以内を常にキープしている全身筋肉の塊。なかなかお茶目な一面もあり、稽古の取材に来た記者の前で宙返りを決めた事もあった。

 それでいて恵まれた体格を活かしての豪快な力相撲のみならず繊細な技術や駆け引きにも長けているのだから、対戦相手としてはたまらないであろう。


 幼稚園の頃からチビっ子相撲で名をはせてきた彼は中学卒業と同時に部屋入り。十代の頃から無敵の快進撃を続け、史上最年少の二十歳で横綱となった。これで人気にならないはずがない。

 この十年間、それまで低迷していた相撲中継の視聴率は右肩上がりの成長を続け、全国の中学高校の相撲部の数は十倍に増えたほどである。


 そんな雷音関の死因であるが、いわゆる心臓マヒ。心不全であった。


 年齢一桁の頃から毎日誰よりも稽古を積んできた彼は、朝は部屋の誰よりも早く起き、夜は誰よりも遅くまで稽古をするのが常であったが、ある朝他の力士たちが稽古に出てくると土俵の中で立ったまま絶命している雷音を発見したのである。


 死してなお土俵に倒れることはない、誠に天晴れな死に様であった。


 相撲取りというのは、ただでさえ無茶な食事や稽古を続ける為に、故障や病気の発症率は決して低くない。病気知らず怪我知らずで有名だった雷音とはいえ、知らず知らずの間に肉体への負荷が蓄積していたのであろう。


 こうして歴代最強とも言われた横綱雷音は、家族や日本国民、全世界の相撲ファン……そして、彼の取り組みを見守っていた天の神々からも大いに惜しまれながら、その短い生を終えたのである。


 ◆◆◆


 雷音関の訃報が流れた日、日本の天界にて。


『おい、手前どうなってんだ、雷音死なせてんじゃねぇよ!』

『とっとと生き返らせろよ、オラ! なんならワシがやっちまうぞ!』

『うるせぇ、泣きてぇのはこっちだっての! おう、四文字野郎にギリシャの助平ジジイ! わざわざ日本までクレーム付けに来んな、暇神ひまじんどもが!』


 日本界隈を担当する八百万の神々は他地域、他宗派の神々からのクレーム対応に追われていた。そう、全て雷音関が死んだ件についてだ(一応明記しておくが、別に日本の神に彼の死の責任はない。完全な自然死である)。


 一神教の神など普段は天使や信者の手前、他の神など存在しないという体(てい)で神様業務をやっているのだが、そんな事はおかまいなしである。

 北欧、ケルト、エジプト、南米、インド、東南アジア、中国、その他諸々の地域からや、既に人間から忘れられ隠居していた古き神。外宇宙から来た名状しがたいヤバい系の連中。果ては空を飛ぶスパゲティまでよりどりみどりである。


 そして、こいつら揃いも揃って人智を超えた力を持っているので、ちょっと目を離すと世界に多大な影響が出る危険があるにも関わらず、勝手に雷音を生き返らせようとしたり、時間を巻き戻そうとしたり、並行世界に介入しようとしたりしやがるのである。

 無断でやらないのは、一応日本を担当している八百万の神々への配慮であろうか。死者蘇生レベルの大規模な奇跡を現代地球の世界法則を無視して無理矢理起こすと、地理的に近い日本が一番危険なことになる可能性が高いのだ。


 しかし、その配慮もいつまで持つか分からない。

 なにしろ神というのはキレやすい奴が多いので、このままだと誰かが我慢の限界を迎えるのも時間の問題であろう。


 雷音関の相撲をまた見れるのは喜ばしいことではあるが、それが日本滅亡と引き換えとでは流石に割に合わない。




『ジャア、地球ジャナケレバ、イーンジャネーノ?』

『ん、どういうこった、パスタ野郎?』


 しかし、議論がモメにモメたその時、神々の頭上をフラフラ飛んでいたスパゲティの塊が名案を出した。

 いや、正直名案かどうかは怪しいものがあったが、とりあえずヒートアップしすぎて最終戦争ラグナロクが起こりかねない現状の解決は出来そうなアイデアであった。


『なるほど、雷音の魂をどこか適当な世界に送って、そこで生き返らせれば地球への影響は無くて済むな』


 そうすれば、とりあえず現状の問題は片付く。

 たとえ異世界に送ろうとも、この場の神々であれば雷音の姿を見ることなど造作もない。

 「送った先の世界がどうなるかは知らないが」という前置きが付くが、まあ些細な問題である。神などという連中にその手のデリカシーは基本的に存在しないのだ。自分達への直接の被害がない異世界ともなればなおさらである。


『じゃあ、どっか適当な世界を探して……おっ、ここなんてどうだ?』

『ん、どれどれ。世界名「スノウ」? 聞いたことないけど……ええと、まだ剣とか魔法とか使ってるタイプの世界か。ま、いいんじゃね?』

『そうだな、名前もどことなく相撲っぽいし』

『異議なーし』


 送られる先の世界からすればいい迷惑だが、なんとなく名前が相撲に似ているという理由で雷音の送り先は異世界「スノウ」に決定した。


 ここまで決まれば後は早いものである。


『向こうの言葉が分かんないと大変だろうし、とりあえず全部の言語分かるように加護バフっとくわ。あっちの一般常識とかも最初から入れとくか』

『取り組みの度に土俵こさえるのも面倒だよな。土俵の召喚とか出来るようにしよーぜ』

『あ、塩とかマワシとかもいるよね。行司はどうしよう?』

『審判か。その辺の精霊強制使役してやらせればよくね』

『チャンコだっけ? 食べ物がないと痩せて弱くなっちまうかもしれねえな。あの鍋料理出せるようにしとく』

『あら、今はチャンコって鍋だけじゃなくて力士の食事全般のことらしいわよ?』

『雷音って甘党じゃなかったっけ?』

『……細かい設定するの面倒臭い。好きな食べ物をいくらでも召喚できるようにしておく……』

『また死なれても困るしのう。回復能力……だけじゃ弱いか。病気も怪我もしないようにして、ついでに不老も入れとくぞい』

『じゃあ、俺は―――――』

『それなら僕は―――――』


 エトセトラ、エトセトラ。

 この場に集まった神々が片っ端から雷音の魂に加護を与えていった。

 古来より洋の東西を問わず、神がお気に入りの英雄に加護を与えるのはままあることだったが、先程イライラしていたせいか今日の神々はいささか冷静さに欠けていた。自重を忘れ、思いつくままにありとあらゆる種類の加護を与えてしまったのである。


 ◆◆◆


 異世界「スノウ」の草原で目を覚ました雷音関の第一声は、


「ははは、いや、まいったまいった!」


 というものであった。

 口では「まいった」と言っているが、あまり困っている様子はない。

 マワシ一丁の姿は人によっては落ち着かないものであろうが、彼にとってはこれが正装だ。いちいち取り乱したりはしない。

 

 死んだ時の記憶は曖昧だが、一度魂だけの存在になって天界に昇ってからの経緯は明確に覚えていた。恐らくは与えられた加護のどれかによって、ここに至るまでの事情がスムーズに理解できるようになっているのであろう。ついでに自分に拒否権がないことも理解していた。せっかく生き返れて相撲が取れるのだから、彼としては拒否するつもりもないが。


 同様に与えられた能力の数々も本能的に使い方を理解できた。

 試しにそこらの地面に向けて手をかざすと、光と共にグツグツと煮えるチャンコ鍋が出現する(箸や取り皿なども念じれば出現した)。ちなみに具はタラと豆腐と白菜。出汁は昆布だ。雷音の好きな鶏ダンゴもたっぷり入っていた。


「ごっつぁんです」


 とりあえず蘇生後一度目の食事をして腹を満たした彼は(鍋や食器は食べ終えると勝手に消えた)、近くに生えていた樫の大木を相手に腹ごなしの運動として張り手てっぽうを千発ばかり打ち込むと、近くの人里を目指すことにした。

 なぜ地理を把握しているのかについては改めて説明するまでもないだろう。最初から脳細胞に刻みこまれていただけの話である。


 ◆◆◆


 雷音が動き出してから一時間後。

 地球の天界にて。


『おい集まれ集まれ、そろそろ取り組みが始まりそうな感じだぞ』

『おお、思ったより早かったな。相手は誰だ?』

『ええと、なになに……現地の亜人系の魔物トロルね。ガタイはいいけど、頭は悪そうだな』

『こいつ、相撲のルールわかんの?』

『ああ、たぶん大丈夫だべ? その手の加護も持たせといたし』


 ◆◆◆


「おお、俺よりデカい相手とやるのは久しぶりだな」

「ぐるるるる……?」


 最寄の街へと向かう道中、トロルに遭遇した雷音は、しかし余裕の表情であった。

 相手が誰であろうと臆さず堂々と受けて立つのみ。

 それが横綱相撲というものなのである。

 たとえ相手が自身より一回りは巨大で凶暴な魔物であろうとも変わることはない。


「そんな、トロルがもう一匹……!?」

「いや、人間なんじゃない? 言葉喋ってるし……たぶんだけど」


 そして、対峙する雷音とトロルの周囲には二人の少女がいた。

 見れば近くにはひっくり返された荷車が転がっている。恐らくはこの二人がトロルに襲われそうになったタイミングで運良く雷音が通りかかったのであろう。


「ああ、お嬢ちゃん達、俺は人間だよ。すぐにコイツを片付けるから、終わったら住んでいる所まで送ってやろう」


 そういうや否や、雷音とトロルを囲むように円が出現した。

 更にはいつの間にか粗末な腰巻のみを身に着けていたトロルがマワシ姿に変わっており、オマケに正式な装束を纏い軍配を持った行司までが召喚された。


「ぐぁあっ!? ぐ…………ず、もぉ?」

「そうだ、相撲だ。ルールは分かるよな?」


 最初は不可解な状況に戸惑っていたトロルも、スムーズに取り組みを進める用途の加護によって相撲のルールと、現在の状況を強制的に理解させられたようだ。相手がどれだけ馬鹿だろうが、脳自体が無く生前の本能で動くだけの霊体やアンデッドであろうと、強制的に相撲のルールや自身の現状を認識させる。そういう加護もあるのである。


 ちなみに相撲ルールでの勝敗がつかねば土俵から出ることは絶対適わないし、相撲以外で雷音を攻撃することは不可能……等々の加護(ルール)もある。トロルからすれば極めて理不尽かつ不公平感アリアリの状況であるが、原因は神々が自分達の楽しみの為だけに作ったルールである。対戦相手の心情までわざわざ配慮されているはずがない。




『ひが~し~、雷音~。に~し~、都路流トロル~。見合って見合って、はっけよーい……』


 ともあれ、行司(をさせられている土着の精霊)の声で両者は構え、


『のこった!』


 両者合わせて半トンを超える肉の塊が猛烈な勢いで激突した。


 ◆◆◆


 一方その頃、地球の天界。


『おっ、瞬殺かと思ったら、あの不細工意外とやるじゃん』

『雷音も自分より大きい相手は久々だしなぁ』


 神眼によって目の前で観戦しているかのような臨場感を味わっている神々の一部は、横綱相手に力比べを挑み、互角の押し合いを見せているトロルに感心していたが、


『いや、わかっちゃいねぇな。雷音はまだ本気じゃねぇ。なんの技も使ってねぇだろ?』

『ええ、それに彼はまだ生き返ったばかりですわ。手抜きをするような性格ではありませんが、身体の調子を確認しながら、徐々にギアを上げるつもりなのでしょう』


 他の相撲通の神々は、状況をそのように評したという。


 ◆◆◆


「あっ、見てお姉ちゃん!?」

「あの大きい人が押し始めた!」


 最初は互角の力比べを演じていた両者だが、やがて天秤は雷音のほうに傾き出した。

 いつしか状況に飲まれていた少女達も、手に汗握って雷音を応援している。周囲で見ているだけの彼女達には相撲のことなど分からないが、雷音の取り組みは見る者全てを惹き付けるような不思議な熱があるのだ。


「ぐおぉ……!?」

「むんっ!」


 やっている事は当初と変わらぬ押し合いだが、徐々にトロルが押し負けてきた。

 そう、相撲通の神が読んだように、雷音が徐々に肉体のギアを上げ始めたのだ。

 元より丸太のような手足が力を込められると更に太く盛り上がり、もはや単純な力のみでもトロルを圧倒していた。


「どすこいっ!」

「ぐがぁ!?」


 そして、最終的には勢いよく土俵から相手を弾き飛ばし、雷音は異世界における最初の取り組みを白星で飾ったのであった。


 ◆◆◆


 その後、雷音は飢饉に苦しむ村々を無限に出るチャンコで救ったり、魔物と相撲を取ったり、塩を撒いて瘴気に冒された大地を浄化したり、圧政を敷く悪の帝国の幹部を一人残らず音を上げて改心するまで相撲ルールで投げまくったり、魔王やら邪神やらをどうにかする流れになったのだが、なんやかんやあって最終的に相撲で全部解決した。

 そして、それらの過程を肴にして、相撲好きな地球の神々は大いに美味い酒を飲んだそうな。


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