エピローグ まあいいから、四つん這いになれよ

 戦後処理は慌ただしくではあったが、粛々しゅくしゅくと運ばれていった。


 戦死者への追悼式典が開かれ、軍事関係者を集めた祝勝パーティーはささやかながら開催された。


 略奪による損失補填や倒壊した建物の修復、戦争被害者の仮設住宅の用意、遺族のための恩給など、その他もろもろ出費は目白押しであったので、パーティーは盛大にというわけにはいかなかった。


 また本国は勝利を褒め称えはしたが勝ち取ったものがあるわけでもなく、捕えたレオーナ・ルーツバルトと一部の高官を捕虜名簿に記載し、外交上のカードとして帝国が抱える旨をファンバード領主に通達した。


 アクネロ・ファンバードを新生領主と命ずる厳かな勅任式が滞りなく済むと、司令官を務めたリンネ・サウードスタッドは数日ほど滞在したが、名残惜しげに去った。


「アクネロ、女遊びしすぎ。なんで男ってそうなの?」

「逆に女は男で遊んでないのか?」

「ボクはこういう状況だからあんまり遊べてない」

「そいつは気の毒にな」

「今度はボクを助けてくれるかい?」

「甘えてんじゃねえぞ。自分でなんとかしろや」

「ありがとう。君はきっとそう言ってくれると思ったよ」


 儀礼用の馬車に乗って爽やかに去っていく友を門扉の前で見送ると、アクネロは屋敷へと踵を返した。


 季節は暑い夏を迎えた。

 ここのところ慌ただしく、草が伸び放題となった前庭を物憂いに帯びた顔でゆっくり歩き、玄関扉を開く。


 両脇に螺旋階段のあるホールから右隣の通路を進み、書斎であり執務室へと向かう。


 最奥にある執務机にどかりと腰かけ、一息つくと手をパンパンっと打ち鳴らした。


「おい! ええっと、デブーナだったけか!」

「レオーナ!」


 ばんっと扉が開いてレオーナが激怒の形相で現れた。

 つかつかと歩く度にじゃらりっと鎖の擦れ合わさる音がする。

 足首につけられた足枷と繋がれた鉄球は見た目とは裏腹に軽いが、不自由さをアピールするにはもってこいだった。


 ファンバード家の伝統衣装であるメイド服を身にまとっていたが、サイズが合っていないのかぴっちりとして、盛り上がった胸部ときゅっと引き締められたウエストからグラマー体型であることは傍目からしてわかる。


 痩せすぎず、肥えすぎずではあるが、多少は鍛えているせいで露出した太ももに筋肉がついて肉感的ではある。


 レオーナは髪をかきあげて腕を組み、とんとんっと指先で自分の腕を叩いた。


「何よ? やっぱ処刑?」

「命令書を貰ったんだがよ。皇帝陛下がてめえを愛人にしたそうなんだよな。今回の戦役で一番魅力的な戦利品だしな」

「ええーっ、最悪ぅ」

「でも、輸送が面倒臭えから死んだことにしていいか?」

「オッケィ」


 両拳でサムズアップしたレオーナを尻目に、アクネロはさらさらと羽ペンで返答の手紙をしたためる。

 こっそりとアクネロの下に忍び寄ったレオーナは手紙の内容を覗き込み、盗み見た。

 儀礼的な文章の言い回しではあったが、内容は『肥満による成人病で死にました』と書かれていた。


「ちょっと、もっと他に何か書き方あるでしょうが」

「うるせーよ。それとも老人の慰み者になる生活してーのか?」

「でも、あんたもあたしを手込めにするっしょ?」

「気が向いたらな」

「ええーっ」


 ファンバードは帝国とルーツバルトの接点であるのでレオーナと結ばれた場合、のっぴきならない状況に陥る。


 手を出したという噂を広げられても裏切りになる可能性がある。


 背後にするすると回ったレオーナは、がばっとアクネロの首に手を回した。

 細腕はひんやりしいる。背中に押し付けられた二つの弾力もまた心地よいが、拒絶のためにばたばたと動き、腕を振りほどいた。


「あんっ、もう」

「俺に近づくな」

「えぇー……つまんないなぁ」


 敗れたレオーナにしてみても、ファンバード領主を籠絡さえしてしまえば失点を取り戻すことができるとわかっていた。


 自分を排除しきれていない若き貴族の甘さと傲慢さこそ付け入る隙がある。


 膝丈十センチ以上あるふりふりのミニスカート――勝手にスカートの丈を短くしたその端をちょんと摘まみ、小声でつぶやく。


「ま、気分転換になるし、ひらひらも可愛いかな」

「あん? ルルシーに準備ができたか呼んで来い」

「はぁーい、ファンバード様」


 片目を閉じて見せ、黄色い声で返事をしたレオーナは執務室から出て行った。


「竜騎姫が媚び売りやがって……プライドねえのかよ」


 待っている時間はそれほど長くはなかった。


 ノックがされ、ルルシーが入室する。

 左脇に黒い目隠しとボールギャグタイプの猿ぐつわをかまされたミスリルがおろおろしていたが、首根っこをつかまれているので逃げられない。


「んっー! んんっー!」

「お坊ちゃま、お待たせしました。煮ようが焼こうが少女の青い蕾をおいしく頂こうが、ご自由でございます」


「よーぉし、よしよし……どうしてくれようか。楽しみにしてたんだぜ、裏切り者さんよぉ」


 素晴らしい、とばかりにアクネロは両手を小刻みに打ち鳴らした。

 ばっと猿くつわだけが外される。唾液にまみれた球体がぽろりと絨毯に落下した。


 別に目と口を塞ぐ必要はなかったのだが、演出の一部として気分を盛り上げるために指示されていた。

 

「うぅ、申し訳ありません……でもぉ、許す雰囲気だったのにぃ」

「おい、どっち向いてやがる」

「あ、すいません」


 目隠しは外されていないので、明後日の方向に向きながらの謝罪だった。


「おっ、お許しを」


「そうだな……父上をぶっ殺したことはまあいい。どうせ遅かれ早かれ病気でくたばっただろうしな。だが、俺を裏切ったことは絶対に許せねえ」


「うっわ、スルードがカワイソー」


「黙れ元凶が! てめぇーに何か言う資格はねえだろうが! 大体、本来ならばてめえらまとめて断頭台コースだよ! 両方ともなんかもったいないから殺してねえんだぞ」


「お坊ちゃまの親心よりも下心には、このルルシーも驚きを隠せません」

「っしゃあ! とりあえず、ケツだ! 四つん這いになれや」

「ひぃい」


 目隠しをされたままだったが、命令による条件反射でミスリルは両手をつき、周囲に物がないか確認するように左右に手を伸ばし、うろたえていた。


 仁王立ちしたアクネロはルルシーから尻叩き用の馬上鞭――先端が扇形になって素材はゴム――を受け取ってミスリルの背後に回った。


 そして、


「オラァッ!」

「ひぃっ!」


 スパァンッと快音がした。

 布越しとはいえ尻が震え、ぺちゃっと前のめりに倒れる。

 それでも腰だけは持ちあがっていたので、なだらかな双丘は格好の餌食えじきとなった。


 倒れても遠慮なく、精神棒でぺしんっぺしんっと布地の上から尻を殴打し続ける。


「ひんっ、ひん……ッ!」


 恥辱に染まる顔は酸素を求めるようにぱくぱくさせ、いちいち下半身から襲ってくる振動でびくんびくんっと腰が跳ねる。


「俺が負けるとでも思ったか! あぁ!? てめえーの祖国の竜騎士どもは冷たい墓のなかでぐっすり眠らせてやったぞ!」

「すっごく耳が痛いんだけど」

「……ごめんなさい。ごめんなさい!」


 泣きじゃくって謝り続けるので、襟首をつかんで引っ張り上げ、肩を回して正面を向かせた。

 両頬に流れた涙を親指でふき取り、目隠しを取った。

 泣き腫らして充血した銀瞳は潤みさまよっている。

 顔面を近づけ、淡々と告げる。


「聞けよ。父上の遺言なんだ。〝二人とも家族のように大事にしろ〟ってな。俺は父上のすべてを後継する者だ。お前の素性なんてどうだっていいが、俺は俺の役目を果たさねえといけねえ。だから明日からきちんと働けよ」


「……よ、よろしいのですか? 私はとんでもない過ちを――」

「犯してません」


 割り込んだ声は立ったまま紅茶をたしなむルルシーから漏れたものだった。

 ミスリルの醜態を見学しながら優雅にカップを傾けていた。


「私の『|白闇の(ホワイト)|繊維剣(・アソース)』はこうしてどんなものでも盗むことができますから、そそっかしいあなたの企みなど単なる悪戯です。毒など旦那様に服用させるものですか」


 くいくいっ指を動かすと、ルルシーの小脇に伸ばした手の平に折りたたみ式の魔境がすとんと収まった。

 

 あっ、とレオーナがつぶやく。

 見覚えがあったのかごそごそとミニスカートのポケットや前掛けのポケットををまさぐる。


「ちょっと、それあたしの通信魔境でしょ」

「とはいえ、希少な魔法道具マジックアイテムまでミスリルさんが持っているとは思いませんでした。今度は抜かりはしません」

「いいからさ、普通に鏡として使うから返してよ。結構高いのよそれ」

「ならば勝負しますか?」

「……上等じゃない」


 剣呑な気配を漂わせて熱波と寒波が対峙した。

 お互い譲ることなくメンチを切り合う。


 手をついてふらふらと上半身を起こし、膝をついてしゃがんだミスリルは両目を閉じて両拳を組み合わせ、神に感謝の祈りを捧げた。


 裏切りは決して許されることはない。


 だが、大事な人の――大事な人を奪っていなかったのなら、それはほんの少しの慰めとなった。

 スルードを殺めていないのならば――正面からではないにせよ。


 まだ、顔を見ることができる。


「まあ、お仕置きは終わりだ。仕事をするから全員、さっさと出て行け」


 しっしっと手の平を振ってメイドたちを追い払う。

 ルルシーがぺこりと頭を下げ、レオーナが後頭部に両手を回して背を向け、ミスリルはよろめきながらもおずおずと退室した。


「ミスリル、お尻大丈夫?」

「……な、慣れてますから。いたたたっ……」

「そっ、慣れるもんなんだ。まあ、慣れればお尻を叩かれるのも気持ちいいのかな? どんな気分?」

「知りません」


 元主従関係の二人が使用人の部屋に戻っていく。


 立ち止まって一人残り。

 閉ざされた書斎扉を前にしてルルシーは扉の奥を見透かすようにジッと見つめながら――彼女にしては珍しく悩ましげに「はぁっ」と吐息をつき、表情を切なげなものに変えた。


〝二人とも家族のように大事にしろ〟


 主人から吐き出されたセリフへの喜びを噛み締めながら、琥珀色の瞳に色っぽい情感を帯びさせる。


「まったく、そんな遺言などなかったではありませんか」









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スパイの銀髪メイドちゃんのお尻をぺんぺんするミラクルファンタジー 七色春日 @nanairokasuga

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