-10- 平和な妖精の森にゴルフ場を建設せよ!


 帝国近衛騎士団軍団長ジョーサイド・アーツライトはいわおを思わせるがっちりとした巨漢であったが、馬車に揺れとは関係なく、小刻みに足を震わせて貧乏揺すりをしていた。


 しかめ面が時折、ひび割れたように痙攣けいれんさせる。


 隠しきれないウキウキのせいだが、体面を考えて表には出さないように注意していた。


 本土から遠く離れたファンバード地方に足を運ぶのは船舶を利用しなければならず、船旅は一苦労だったが部下からの誘いの手紙に彼は歓喜していたし、大好きなゴルフだとわかると余計ににっこりしてしまった。


 それも日ごろから、反発し合っていた元部下からの申し出である。


 当座なら拒否する可能性もあったが、今は状況が違った。


 帝国の宮殿で致命的な失態を犯してしまい、誰も寄り付かなくなってしまった自分を遊びに誘ってくれる部下などもはや皆無。


 交友を温めようとする者などいない、爪弾き者にまで身を落としている。


 それも仕方ない。出世にも影響するし、落ち目の老人になど名門の子弟揃いの近衛騎士たちがご機嫌伺いをする暇などないからだ。


 にも関わらず。


「辺境伯とまでなった癖に、わしを誘うとはなんたる馬鹿者か……アクネロめ、馬鹿だとは思っていたが、もう少し考えんか……」


 目頭を揉んだ。気を抜けば泣きそうになる。

 ジョーサイドは正直、もの凄く嬉しかったのだ。

 騎士団長時代は慕ってくれていた可愛い部下もいたが、窮地で手を差し伸べてくれはしなかった。


 それなのに、性格の違いから罵声をぶつけ合って本気の斬り合いまでした元精鋭近衛騎士アクネロ・ファンバードが誘ってくるとは皮肉が利いている。


 馬車が目的地まで着くと、平原から森林の裾野へと景色は変わっていた。


 ヤシの木が門構えの両脇に植えられ、アーチには『フェアリーズ・カントリークラブ』と白文字で書かれている。


 御者に短く礼を述べて帰りの時間を伝えて佇んでいると、すぐにゴルフバックを背負ったスーツ姿の青年が手を振って駆け寄ってきた。


「よぉっ、岩オヤジ! 久しぶりじゃねえか!」

「久しぶりだな」


 以前なら「団長と呼べ馬鹿者」と返すところであったが、若年とはいえアクネロの方が爵位は上となっていることもあり、小言はなしにした。


 自省して愛想を振りまくくらいはすべきだと考えたが、頬の筋肉はぴくりと動いただけで笑みまでには至らなかった。


 謹慎によるしんみりとした隠遁暮らしのせいか岩オヤジ、というあだ名で呼ばれるも抵抗が薄れている。


「どうだよ最近は? 俺は結構やるようになったぜ。剣ではアンタをぶっ殺しきれなかったが、こっちでなら速攻で這いつくばらせやっからよ」


 両脚を揃え、両腕を重ねてスイングしてみせる。


 ぴくりとジョーサイドの額に小じわが寄り、カイゼル髭を何度もしごいた。

 プライドが刺激され、つい黙ってはいられなくなる。


「わしは帝国一の剣聖にしてゴルファーだ。小僧っ子になど負けん」


「そうか、なら俺に勝ったらこのゴルフクラブの永久会員券やるよ。割引サービスがつくもんだ。その代わり俺が勝ったらその高価そうなゴルフセットの内から一本貰うぜ」


「何を……ふん、いいだろう……絶対に負けん」


 ジョーサイドは背負っているゴルフバックに視線をやった。


 帝国の宝物庫に眠りし古代魔術師が使っていた国宝級の魔杖『アースドロン』も入っている。


 その振れば雷雲を呼ぶとされる貴重な魔杖を――丁寧に削って魔改造して作ったドライバーは価値のつけられない代物だ。ゴルフボールを的確にインパクトできるし、握り心地も爽やかな高品質。飛距離だって出る。


 その他のクラブも負けず劣らず貴重な代物ばかりだ。

 決して渡すわけにはいかない。


 負けられぬ――ジョーサイドは、おのれの身から呼び起こされたおびただしいまでの熱量に驚いた。メラメラと燃え上がる闘争心が手足の隅々まで活力を送り込んでいる。


 ごきりっと五指を動かした。

 枯れかけた老木に魂の力が再び宿ったのだ。





 ∞ ∞ ∞



「うわぁっ、おじ様すごぉーいっ、どうしたらそんなに上手に飛ばせるのぉ」


「ほっほっほ、マグレよマグレ」


「リア、感心しちゃう。こんなニンゲンさん初めて、尊敬するぅ!」


「まあまあまあ、そんなに褒めんでくれ。いつも通りのスイングをしただけじゃし」


 ゴルフバックを運ぶ役目であるキャディは、可愛らしい妖精三姉妹が務めている。小さなツバ広の帽子を被り、口々にジョーサイドに賞賛を送っていた。


 中空を飛び回る美麗な妖精に、きゃっきゃと応援されるのはまんざらでもないのか、厳めしい顔の大男がデレデレと鼻の下を伸ばしていた。


「ミスリル……あいつさ、帝国にその人あり、とうたわれた最高位の騎士なんだぜ。数多くの英雄譚にもなってる生ける一騎当千。別名は『地を踊るフォール雷鳴ライトニング』だ。そう見えるか?」


「見えません。平和そうなお爺さんです」


 見かけ上は中折れ帽子を被り、青柄のポロシャツに白ズボンのごつい老人である。

 柄物のサングラスを光らせ、陽気に妖精にゴルフ談義をしかけている。


「接待ゴルフにしようと思ってたけど、図に乗ってうざくなってきたからトドメ刺してやろうかな」


「いけませんよご主人様。はい、どうぞ」


 ミドルアイアンを受け取って、アクネロはストロークの体勢に入った。


 パッティンググリーンへ目掛け、腰を回してスイングする。貴族という身分を思い出させる綺麗なアプローチだった。


 パカンッ、と軽めの打突音がして、ゴルフボールが円を描いてバンカーを乗り越え、グリーンへ着地した。


 ころころとカップへ近づき、芝生の上でぴたりと止まる。


「ぬっ、ぬぅうううう。や、やるではないかアクネロ伯……ッ!」

「紳士として当然の嗜みだぜ騎士爵殿、見苦しいお手前で申し訳ねえなぁ」

「よ、よいだろう……雌雄を決してくれるわッ!」


 ぴききっ、と青筋を浮かべてジョーサイドは自らの白球の下へとどしどしと大股で歩いていく。


「発ぁぁああああああああ! 我が聖剣に曇りなしっ!」


 光輝くアイアンを握り締め、ジョーサイドは吼えた。


 王家に伝わる伝統聖剣の一振り『|神の涙滴(ゴットオブティア)』を溶かして作ったアイアンはヘッドの部分に聖なる浄化の力を秘めている。


 いかなる不浄も切り裂くことができるが、ゴルフボールに対して有効な部分は一切ないのであくまで気持ちの問題である。


「おいおい、あの聖なる後光って……まさか、あのおっさん。皇帝の聖剣をアイアンにしたのかよ……イカレすぎだろ」


「ご主人様、聖剣って溶かしていいんですか?」


「いいわけねえだろ。長年の功績がなきゃ速攻で断頭台送りだよ。貸してもらってるだけだと思うんだけどなぁ」


 カコンッと音がしてゴルフボールが飛ぶ。

 勢いがつきすぎたのか、グリーンに乗ったものの後ろにあるバンカーまで一直線だ。


 すると。


「おっ、おおぉ」


 芝生の上のゴルフボールが急にUターンした。

 バックスピンでもかかっていたのかと疑うくらいの変化。


 くるりと回った白球はカップへと導かれるように回転していき、すこーんっと小気味のよい音を奏でた。パァッと顔を輝かせてジョーサイドはアクネロに満面の笑みを送った。


「どうだぁっ! わしの腕前は!」

「ああ、半端ねえよ団長。なんて腕前だよ」


 振り向かず、棒読みでの賞賛にジョーサイドは目を輝かせてぐぐっと拳を握りしめた。


「だろっ! だろっ! わし、調子いいわっ! このホールと相性いいのかもっ!」


 はしゃいで拳を上下に振るジョーサイドの顔に妖精三姉妹が近寄り、頬っぺたにキスの雨を降らせた。


 女妖精はミニマムサイズではあるが美女には違いなく、ジョーサイドを翻弄するには充分な効果がある。


「団長様すごぉーい! 尊敬しちゃうぅ!」

「ちゅっー!」

「かっこいいっ! 素敵っ!」


「おほぉっ! ぐふふっ……わし、若返ってきたかもっ! さぁ、出陣だぞアクネロ近衛!」


「……はいよー、団長」


 調子の乗って昔のやり取りまですることになり、げんなりしたアクネロが妖精三姉妹を見やると各自、グッと親指を立ててくる。


 森林妖精は樹木を操る。短芝とて例外ではない。










 ホールを回りきると、夜となった。


 無事にジョーサイドは自己ベストを叩きだし、大いに満足してビアホールで盛大な飲み会を開いた。長年、国の要職に就いていたことだけあって金だけは有り余るほど持っている。


 退職後も、国から奉職金を支払われ続ける。

 身分が失われても安泰な立場なのだ。


 客数の少ない薄暗がりのオープンテラスはほとんど貸切であり、かがり火が赤々と燃えていた。受付とシャワールーム、それとロッカーしかない箱型の簡易な施設であるが飲食物も提供してる。


 ちやほやしてくれる妖精を何十匹もはべらせたジョーサイドはエール酒を掲げ、人生最良の時間を過ごしていた。


「もう、わしはここ住もうかなっ! 陰湿な大臣の相手とかしたくないしっ! 妻も最近冷たいし、孫もわしを怖がってぜんっぜん懐いてくれないしなっ!」


 ――それは嫌だ。


 遠くの席に逃げたアクネロは、エール酒をちびちびとやりながら心底、そう思った。

 現在では地位が上だとしても、元上官が身近にいるのは心穏やかではない。


「領主様、お飲みください」

「ああ、悪いな」


 すっと差し出された蜂蜜酒を受け取り、アクネロは横に腰かけたシルキーを盗み見た。透明羽はしまわれている。


 そうなると情熱的な赤髪をなびかせる妖艶な美女でしかない。


 胸もとは大胆な開いているし、ドレスの裾にはスリットが入っている。


 ゴルフ場経営を任される妖精族の長老、というのもおかしな話だが彼女は結局のところは要求を呑んだ。


 樹木を移動させてゴルフホールを作るのはひと仕事だったが、緑を残すことができたし、いずれは自分の土地をその手に戻すための金銭を得ることもできる。


 人と離れて暮らすよりも、多くの人目につくことで誘拐を防ぐ意味合いもある。


「あの爺さんは人脈だけは持ってる。やらかしたみたいだが、騒動が収まればきっと大勢の客を運んでくるだろう。広告塔代わりに使えるから接待しとけ」


「勿論です。領主様にも、わざわざ手を貸して頂けて幸いでした。フォルクスからここまでの街道をもっと整備をして頂きたく思います。それに商人の手配と物資の確保も。我々には商人ギルドに縁がありません」


 必要以上に身を寄せ、わざわざ胸もとを押しつけて蜂蜜酒の酌をしてくる。

 悪い気分ではない。

 ついこの間、彼女の小ぶりな尻を思う存分叩いて楽しんだが、禍根が残っているわけではなさそうだ。


「わぁーってるよ。しかし、思ったよりも乗る気だな」


「ええ、領主様のお仕置きがかなり効きましたので。お怨み申し上げます」


 じとっとした目線にアクネロは愉悦の笑みを浮かべ、おつまみの干し豆を指先で摘まんだ。


「美女に想われるのは悪くない」


「お人が悪い。ですが、わたくしは領主様のことをほんのちょっぴりとですが、好きになりました。わたくしの長い人生のなかであなた様ほど、生命力のある方はいませんでしたから」


「そうかい、とりあえず、しばらく経営していってくれると助かるよ」


「ええ、これも生存戦略となるでしょう。神秘の膝下で暮らす幻想種とて、人の勢力の拡大は抑えきれません。押し流されるのも時代の流れというものでしょうか……適応するしかないのですね」


 なみなみと注がれたグラスをアクネロは飲み下し、神妙な顔つきのシルキーに別のグラスを手渡し、とくとくと蜂蜜酒を注いでやった。


「うまく生きていきたいと思うなら、どっかに選択肢もあるのさ……今回はこうだっただけだ」


 かちっとグラスの端同士がぶつかった。

 楽しげな妖精の合唱が聞こえてきた。人の耳にも美しいと思わせる清らかなる美声だった。

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