ボディビルダーの世界へようこそ!

札駅茶人

第1話


テーンテレテーン テーテーレテー


はじめまして!

ボディ ビルダーの せかいへ ようこそ。

わたしの 名前は ムキムーキド

みんなからは 筋肉博士と 慕われて おるよ。

腹筋は 上も下も 割れておるよ。下割れて おるよ。


君の名前は えーと、、

そうじゃ、 ビル田ボデ男 じゃったな!


ビル田ボデ男!いよいよ これから

きみの ものがたりの はじまりだ!


にくと きんにくと 

ボディ ビルダーの 世界へ!

レッツゴー!






彼の名前はビル田ボデ男。


ボディビルダーになるべくして産まれ落ちた一人の男。



体重5000g、体脂肪率3%のゴツゴツしたボデ男の誕生は、決して安産と呼べるものではなかった。彼が腕を頑なに90度に曲げたがった為である。そう、まるで自分がこの世界に産まれてきた運命(さだめ)を自覚しているかのように、自分の肉体(からだ)が最も美しく見えるポージングを、産声をあげるその瞬間でさえ、決して崩さなかったのである。


数時間の格闘の末、彼はついに誕生した。


「おめでとうございます。男の子ですね!」


かつてドクターに超音波検査による、胎内の映像を見せられた時のことである。


「ここ見えますか?激しくV字腹筋をしていますよ。」


そう、腹筋のトレーニングなど、胎内で済ませるのがボディビル界の常識である。この世界では、産まれた時点で割れている腹筋の数に応じ、赤ん坊を0〜6Vで評価する。6V個体以外が産まれることは即ち、ボディビル界からの破門を意味する。ノーマルヒューマンとしての平凡な日常を過ごすこととなるであろう。


ボデ男は言うまでもなく6V個体であった。見事ボディビル厳選をパスした彼は、すぐにハイハイを始めた。ハイハイをするためには十分すぎる筋肉が既に備わっていたからだ。大地をがっしりと掴み這うその姿は、西洋なんとか神話に伝わるなんとかレウスを彷彿とさせた。


肉体以外には目もくれず幼児期を終えたボデ男は、順調に小学校入学を迎えた。


そう、ここまでは順調であった。


しかし次第に自我が芽生え始め、彼は自分が周りと違うということに気づき始める。


「ねぇママ、

どうして僕だけ、給食が高タンパク低カロリー食に差し替えられるの?」


「それはね、あなたがボディビルダーだからよ。

余計な脂肪は取っちゃダメなの。」


「ねぇママ、

どうして僕だけ国語の授業は取っちゃいけないの?」


「それはね、

ボディビルダーに言語は必要ないからよ。

フィジカルでトークするの。」


「ねぇママ、

どうして僕だけボディビルダーにならなくちゃいけないの?

僕、わからないよ!」


「こら、ボデ男!待ちなさい!

プロテインシェイカーも持たずにどこへ行くの!ボデ男!」


ボデ男は家出した。


並外れた脚力を活かし、彼は遠くへ、とにかく遠くへ走った。


しかし彼は、筋力を鍛えること以外何も知らずに育った。そう、彼はもう、筋力を鍛えながらでないと呼吸ができない体になっていた。


15になった時、彼の肉体はもう一人前のボディビルダーになっていた。しかし肉体が成長する反面、心は成長しきっていなかった。思春期を迎えた彼は、常に孤独と闘っていた。会話を交わす友達は、大胸筋、大臀筋、上腕二頭筋くらいである。以前は慕ってくれていた広背筋も、今は胸鎖乳突筋の陰にすっかり隠れてしまった。


「君はビル田ボデ男くんだね?」


そんなある日、いつものように鉄棒にぶら下がり体幹を鍛えながら大豆のプロテイン煮込みを胃に流し込んでいると、突然スーツ姿の男性が声を掛けてきた。


「君のお母さんから話は聞いているよ。

ボデ男くん、君はそろそろボディビルダーとしてデビューしなさい。」


耳の筋肉が発達しすぎてよく聞こえなかったのだが、とにかくボデ男はデビューすることになった。


ボデ男は初の舞台にも関わらず、やるべき事は分かっていた。

観衆の前で肉体美を披露し、弾けるような笑みを見せることなど、彼にとっては朝飯前、いや、朝プロテイン前であった。


彼は軽々と優勝し、一夜にしてボディビル界に名を馳せたのであった。


「ボデ男…おめでとう。」


控え室を尋ねる女性の姿。


「…ママ?ママなの!?」


「こんなに立派な体になって…ママったら目頭と胸板があつくなっちゃうわ…」


ボデ男の母は大粒の涙を流しながら、声を上ずらせた。その声の上ずりが、感動のせいなのか、ベンチプレスをやりながら喋っていたせいなのか、ボデ男にはわからなかった。


「ママ…あの時は出ていってごめん。ついカッとなってしまったんだ。筋肉ばかりではなく、頭もアイシングするべきだったよ…」


ボデ男の僧帽筋と三角筋の間を伝って、止め処なく液体が流れた。それが汗なのか涙なのか、ボデ子にはわからなかった。


「今夜は豆腐ハンバーグの豆腐添えね!」


「やったー!僕、それ大好物なんだ!」


しかし一つだけ確かなことがある。それは、二人の間には親子の揺るぎない絆、そして揺るぎない肉体が存在した、ということだ。




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ボディビルダーの世界へようこそ! 札駅茶人 @ogt_sk

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