そうだ、悪堕ち魔法少女を彼女にしよう

きくらげ

第1話 真夜中に響く子守歌よ不幸をもたらす漆黒の猫と一つになりて我がペット妻とならん!

 恒星がない宇宙の如く真っ暗な空間。

 表の人間に知られることのないよう密にカモフラージュが施された裏の世界の建物。偉大なる魔王様が統べる悪の組織アンダーアビスの日本支部庁舎。その地下にある部屋の一つ。これがここだ。


「ラスト様。準備が完了しました」


 部下の一人がアンダーアビス幹部である俺に声をかける。

 俺は「ああ」と短く返事を返し、口元を歪ませた。


 くくく、到頭やってきた! 待ち望んで止まなかったこの時が!

 手をグッと握りしめる。切り忘れていた長い爪が手のひらに食い込み、痛みと言う危険信号を脳に発する。だが、俺の脳はそれを無視する。それ以上に素晴らしい興奮が俺の脳を支配しているからだ。


 俺はパチンと指を鳴らす。

 乾いた音が鳴り響く。同時に、部屋の中央をスポットライトのような光が照らす。今まで闇に包み隠されていたものがその姿を露にする。


 沢山チューブやらケーブルやらが付いた、人一人がすっぽり収まる程の大きさのカプセル。それとケーブルで繋がれた無数の機械。前述のカプセルとチューブで繋がったもう一つの小さめのカプセル。

 これらで構成されたこの装置の名はずばり、『モンスター娘メーカー』!

 小さいカプセルに動物を、大きいカプセルに人間を入れてボタンを押せばあら不思議。カプセル内の動物がカプセル内の人間と一体化し、モンスター娘が誕生するのだ。

 使用方法は簡単。自分の奴隷にしたい女と、既に脳改造済みの動物をカプセルに入れた後にボタンを押すだけ。たったこれだけの手順で従順なモンスター娘を製造することができる。


 こんな素晴らしいものを使用できる日が来るとは。生きていて良かった。

 さてさて、こんな事を考えている場合ではない。早速俺好みのモンスター娘を作るのだ。


「おい」

「畏まりました」


 俺が顎を動かすと、部下は俺の意を汲み、この場を後にした。

 そして数分と経たない内に二つの直方体のケースと共に戻って来た。


 彼女は部屋に入るや否や、俺に小さく会釈し、二つのケースを載せた荷台を装置へと動かした。荷台のキャスターが装置を目の前にして止まる。部下は、間髪入れずに荷台からケースを降ろすと、ケースの側面にある赤いボタンを押した。

 ういぃぃん。という機械の稼働音と共にケースの面が動き始める。組み立てる前のサイコロの様にケースが展開されていく。その中に入っている物がスポットライトの下にさらされた。今回の素体である。


 片方のケースに入っていたのは黒い猫だ。公園で子供たちに殴る蹴るの暴行をされていたところを助けて以来、うちの部隊で飼っている愛猫キャシーである。

 だが、それはあまり重要ではない。重要なのはこのキャシーと一つになる女の方だ。


 俺は、キャシーの入っていたケースから、もう一つのケースへと目を移した。

 そうして俺に飛び込んできたのは、十字架に手足と体を縛られた黒髪ツインテールの少女だった。だが、こいつはタダの少女ではない。

 フリルが沢山ついた白と黒のゴスロリ調のコスチューム。その胸部にある透明な宝石の入ったリボン型のブローチ。頭についた王冠のようなカチューシャ。手に握られた玩具のような杖。

 所謂魔法少女と呼ばれる存在である。

 アンダーアビスと敵対するヒーロー集団オーバーヘブンに所属する正義の魔法少女ミッドナイトメロディー。それがこの美少女だ。


 丁度いい具合に引き締まった肉体に、女子中高生独特の発展途上のおっぱい。そして何より、猫目の似合う可憐な顔。ああ、きっと猫耳と尻尾が似合うに違いない。この魔法少女程キャシーの新たな器に相応しいものはないだろう。


「にしても」


 俺はミッドナイトメロディーの顔を見てにやりと笑みを浮かべる。

 美しかったのだ。その怒り狂う顔が! そして猿轡のせいで俺に怒号をぶつけたくてもぶつけられない悔しさの篭った目が!

 俺はミッドナイトメロディーの下へ歩み寄った後、人差し指で優しく彼女の顔の輪郭をなぞりながら耳元で囁く。


「ああぁ。素晴らしい、その屈辱と憤怒で満たされた瞳。まさかお前のこんな顔が見れるようになるとは思わなかった」

「~~~~~~~~!」


 全身を必死に動かし、抗議の意を示すメロディー。恐らく、物凄い罵詈雑言をぶつけてきているのだろうけど、残念ながら俺の耳には届かない。

 俺は猿轡のせいで言葉になっていない彼女の唸り声を堪能しつつ、指を鳴らして部下に指示を出す。


 従順な部下は間を置かずに「了解!」と声をあげ、早速作業に取り掛かる。

 キャシーをモンスター娘メーカーの小さいカプセルの中に入れるのが見えた。


「クックック。もうすぐだ。もうすぐ魔法少女ミッドナイトメロディーがこの手に」

「~~~~~!?」


 今までとは少し毛色の違う唸り声が俺の鼓膜に叩きつけられた。それは、驚きと困惑に満ちているように聞こえて。

 実際、今、俺の視線の先にある彼女のキュートな猫目は大きく見開かれていた。


「~~~~~~~~!?」


 先程の攻撃的なものとは打って変わって、今度は逃げ出すかのように暴れ出す。唸り声もどこか悲鳴めいて聞こえる。

 何を言っているんだろうか。少し興味を抱いた俺は、ミッドナイトメロディーをキャシーと融合させる前にある余興を楽しむことに決めた。

 となれば悪は急げ。俺は好奇心に身を任せ、本来すべきではない事を行動に移す。

 彼女の頭の裏にある猿轡の留め金。そこに手を伸ばしたのだ。


「ククク。最期に遺言くらいは言わせてやろうか」


 そう言いながら留め金を外す。

 彼女の口を塞いでいた球状の物体が離れ、彼女の口が自由になる。そうなるや否や、彼女はマシンガンの如く言葉の雨を放った。


「ここはどこ!? 貴方は誰!? 『ミッドナイトメロディーを手に入れる』って何をするつもりなの!?」

「まあまあ、落ち着け」

「この状況が落ち着いてられるとでも!?」


 力強く叫ぶ彼女。彼女の口の間近にあった俺の顔が唾液で塗れる。

 俺は、舌なめずりし、彼女の唾液を味わいつつ、彼女の口に人差し指を押し付けた。


「そう焦らずとも説明してやろう。ここはアンダーアビスの日本支部の地下室。そして俺は魔王様直属部隊『七つの大罪』の一つ、アスモデウスの隊長のラストだ」

「アンダーアビスの……『七つの大罪』の隊長ですって? じゃあ、私は――捕らえられたとでもいうの?」


 彼女の瞳が小刻みに揺れる。その中に映る俺の顔が獰猛な笑みを浮かべるのが見えた。


「ああ、そうだ。お前は怪人との戦闘中、俺が放った麻酔薬により気絶。戦闘不能な状態になっている所を捕らえられたのだ。さてそんなことはどうでもいい。ヴァレンティーナ」

「はっ」


 部下、ヴァレンティーナは短い返事を返し、あるボタンを軽く押した。

 すると、メロディーの立つケースの床が十字架以外のパーツから分離し、メロディーを十字架ごとカプセルの中へと運び始める。

 メロディーの体を喰わんと言わんがばかりにあんぐりと口を開けるカプセル。

 そして、放り投げられた飴玉のようにメロディーの体は十字架と共にすっぽりとカプセルの中に嵌ったのであった。


「やめて!! ここから出して!!」


 カプセルの中からくぐもったメロディーの声が聞こえてくる。しかし、やめろと言われて止めるバカがどこにいるものか。


 そう言っている間にもカプセルに入ったキャシーの体はすでに意思を持ったドロドロの液体へと姿を変え、チューブの中へと流れ始めていた。

 このチューブには粘性の高い液体に熱を加えることでその粘性を下げる仕組みが内蔵されている。こうして、チューブに入ったキャシーの体は瞬く間に出口に届き、メロディーの入っているカプセルへと放出される。


「な、なにこれ!? 体にっまとわりついてっ!?」


 大きなカプセルに入った黒いの液体がメロディーの白い体にまとわりつく。彼女自慢の引き締まった手足に。魔法少女らしさの象徴たる可憐なコスチュームに。細い首に。そして魔法少女の心である透明な水晶に。

 メロディーは縛られ、身動きが取れないながらも必死に体を捩らせ、自らの体を汚そうとする液体を払いのけようとする。だが、いくら払いのけても液体は自分の体に密着したまま離れない。それどころか液量はただひたすらに増えていく。

 やがて、カプセルに注がれた液量が半分に達した時液体の動きに変化が生じた。


「くぅっ!? な、何か入ってくるっ」


 メロディーの口から苦痛とも快楽とも取れる嬌声が飛び出す。同時に、彼女の体は電気ショックを受けたかのようにビクリと振動し、光悦な顔を浮かべた。

 良く良く彼女の下半身を見てみれば、まるで吸い込まれるように黒い液体が彼女のパニエの奥へ消えていくのが見えた。


「ああぅ!? ダメぇっ! そこは! 私のぉぉ!!」


 どくり。どくりと脈打ちながらパニエの奥にある大切なところを黒い液体が『オカ』していていく。それと連動してメロディーの声と体が快楽の旋律を奏でる。

 間も無くして、メロディーの黄色い声が途絶える。声が出る代わりにメロディーの口に深淵の闇より暗い漆黒の液体が流れ込んでいるのが見えた。



 ここで最後の一滴--いや、握り拳一つ分ほどの大きさの塊がチューブの出口にたどり着く。この塊はキャシーの肉体が溶けて液体になったものとは少し性質が異なる。これはキャシーの魂だ。


 キャシーの魂はカプセルの中に入るや否や、目のも止まらぬ速度でメロディーの魂とも言える胸元の白い水晶へと飛び出した。そしてそれは美しい水晶に触れた途端、その中へと入り込んで行った。

 透明な水晶は、まるで純粋が墨汁に侵されるようにどんどんとその色を黒く変えていく。


「な、なにこれぇ。私の頭の中に何か入ってくるぅ」


 漸く全ての液体がメロディーの中へと侵入しきったのだろう。もう既に彼女の口は自由になっていた。吸っていた邪悪な『空気』の代わりに、神聖な『呼気』を吐き出すように言葉を口にしている。


「にゃーの名前はキャシー……!? ううん、私は正義の魔法少女ミッドナイト……あ、ああぁ!? 私が私じゃなくっ!? 私がにゃーに!? 私がにゃーと溶け合ってぇぇ……っ!?」


 混乱するように頭を振り乱すメロディー。その魂は既にキャシーと同化し始めているのか。所々キャシーのものと思しき発言が聞こえてくる。


「いやぁぁぁああああ!? 私はメロディー! 正義の魔法少女ミッドナイトメロディーだった……じゃない! なのに!!! いや、私は! アタシは!!!!!!」


 彼女が天を仰ぎ、背を反らす。その時。完全に彼女とキャシーの魂が混ざってできた胸元の紫色の石が光り輝き始めた。

 アメジストを彷彿させる紫色から放たれるどす黒い光。それは瞬く間にメロディーの体をオーラのごとく包み込むと、メロディーの体を喰らい始めた。

 ブーツのつま先とグローブの指から闇に蝕まれるように深い黒色の光へと変わっていく。先端から始まったそれはじっくりと膝と肘を飲み、ゆっくりと味わうように太ももと二の腕を這い進むと、舐めるように股と胸を味わい、最終的にはその美しい顔とへそを飲み込んで全身を覆った。

 今の彼女の見た目は黒く光る全身タイツを身につけた痴女に相違なかった。


 数秒後、光で出来た全身タイツが、空気を注入しているタイヤのようにむくむくと膨らみ始める。それはやがて、卵を連想させるような大きな球体へと姿を変えたのだった。


「……ラスト様。全行程終了致しました。後はあの卵の孵化を待つのみです」

「よくやった。もう下がっていいぞ」

「ははっ」


 報告してきた部下に褒め言葉をかけ、下がらせる。

 部下は特に表情を変えることもないまま無言でこの場を後にしたのだった。

 俺は、俺と共に残された卵の方へ歩み寄り、カプセルを開けた。

 ……カプセルの外から見ていたものの、実際見てみるとこの黒く巨大な卵には驚愕せざるを得ない。

 増してやこの中に人間が--いや、モンスター娘が入っているなど。


「くくく……モンスター娘か」


 俺は今まで夢にまでみたモンスター娘の誕生に立ち会えることについ笑みをこぼしてしまう。

 耳を卵の殻に当ててみる。すると、どくん、どくんと邪悪な生命の鼓動が聞こえてくる。この中に我が愛猫の生まれ変わりがいる。そう思うだけで興奮が抑えきれなかった。


「ああ、キャシー。生まれ変わったお前の姿を見せてくれ」


 卵に囁きかけるように呟く。

 すると、卵が俺の言葉に呼応するようにピキッと明るい音を立てて割れ始めた。変態が完全に終了したのだろう。

 俺は卵の元から一歩後ろに下がり、我が愛猫の生まれ変わる瞬間を見守ることにした。


 一回、地を靴が蹴る音が部屋の中を反響する。それを続くように卵が大きく割れる音が部屋の中を駆け巡った。

 ピキッ、ピキッと卵のひびが増えていく。矢庭に、卵の殻の一部が崩壊し破片が地面に落ちたと思えば、その穴から柔らかそうな肉球を持った獣人の手が顔を覗かせた。

 時間を置かずに二つ目、三つ目、4つ目の穴が穿たれ、そこからもう片方の「前足」と『後足』が飛び出し、計4つの穴が出来た。


「にゃあぁ」


 聞き覚えがないものの、どこか懐かしい鳴き声が卵の中から聞こえてくる。


「ご主人様ぁ」


 どこか寂しそうな声が聞こえる。それは俺が数日ぶりにアジトに顔を出した時のキャシーの声を思い出させた。


「キャシー!!!」


 俺は『キャシー』の声のする卵を叩く。キャシーを卵から出してやるためだ。一回、二回、三回と殴る。そうすると、卵は案外あっけなく穴だらけになり、崩れ始めた。

 黒い卵の中から我が愛しい愛猫が姿をあらわす。生まれ変わったその姿を。

 俺の目にまず飛び込んできたのは半分ほど獣化した足だった。そこから少しずつ視線を上げていく。


 太ももはもう一体の素体メロディーのものそのもの--より男の性欲をくすぐるむっちりとしたものに。黒い毛が鬱蒼と生えている腰は一回りほど大きくなっており、臀部からは見慣れた漆黒の尻尾がすらりと飛び出ていた。依然と引き締まったくびれは変わらない。だが、その上に拝むことができる大きな双丘は元とは比べ物にならない巨大な大きさへと変貌していた。

 まるで大きな毛玉のように黒い毛でびっしりと覆われた胸の上にある首、それよりさらに上にある頭は、猫耳がついただけのメロディーのものだった。


 俺はこの瞬間、改めてメロディーが自分のものになったことを再認識した。それと同時にある種の疑問が浮かんだ。先程からキャシーとメロディーの融合体はキャシーと思しき言動しかしていない。メロディーの部分はどれほど残っているのだろうか。


「なあ、キャシー。今のお前はどこまでがメロディーなんだ?」


 すると、キャシーは困惑するようにキョロキョロと視線を右往左往させたのちにおずおずと答えた。


「ご主人様、何か勘違いしてませんかにゃ?」

「勘違いというと?」


 俺の更なる問いかけに、今度はくすくすと笑うキャシー。

 俺がそんな彼女の反応に首を傾げると、キャシーが満面の笑みを浮かべ「ご主人様!」と飛びかかってきた。

 俺はメロディーのそれと大差ないキャシーの体を受け止める。キャシーは甘えるように俺の頬をペロリと舐めて答えた。


「アタシはむしろキャシーの心に侵食されたメロディーという方が正しいですにゃ。今でもメロディーとしての自覚はありますし、キャシーとしての自覚は薄いですにゃ」

「なら何故あんなに酷いことした俺に対してキャシーのように甘えられるんだ?」

「女の子にそれを言わせるつもりですかにゃ? だからご主人様はアタシを強引にキャシーにする方法でしか女を手に入れられなかったにゃ」

「なっ!?」


 少し呆れの入った笑みを浮かべるキャシー。俺は彼女のトゲのある言葉に少し心を痛める。

 そんな傷心気味の俺に彼女はワンクッション挟み、甘えるキャシーのような猫なで声で告げるのだった。


「大好きだよ、ダイスキ」

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そうだ、悪堕ち魔法少女を彼女にしよう きくらげ @fallen_jellyfish

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