第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART12



  12.



「僕は……女性に対して特別な思いを抱くことができない」


 参浦は空咳を切った後、ゆっくりと述べた。


「結婚するとなれば、お互いに期待を持って契りを交わすだろう? いい夫になるように、いい妻になるように。だけど僕はそんな期待には応えられない」


「ワタシも同じデス……」


 八橋は参浦の言葉に小さく同意した。


「この年まで結婚を遠ざけてきたのはそこにありマス。共同生活だけでしたら、ワタシもうまくいく自信はありマス。でも子供のことを考えると……」


「八橋さん……」


 参浦が八橋に優しげな視線を送る。今、彼らは二人だけの世界へと入っていく。


「今まで辛かったよね……結婚という言葉で何もかもがいいくるめられる世界で、僕たちは必死に生きてきた」


「そうデス、参浦さん」


 八橋もきちんと参浦の顔を見ていう。


「政府の考えもわかりマス。これだけ出生率が落ちてしまえば国を保つことも難しくなってマス。でもワタシは……ずっと女性にしか目がいきませんデシタ。辛かったデス、悲しかったデス、それでも……どうやっても……異性のことを好きになることができませんデシタ……」


「わかる、わかるよ……」

 

 二人の思いの丈が、呪縛から解き放たれていく。狭い世界に閉じ込められ、さらに狭い結婚という契約に縛られ、どこで生活するにも言葉の鎖に繋がれていく。


「料理だけがワタシの全てデシタ……どんなカップルでも上手に組み合わせれば美味しくなってくれマス。調理の仕方を間違えなければ、美味しければそれでお客様は喜んでくれマス。だからワタシは……この世界にのめり込んでいきマシタ」


「そうだったんだね……」


 八橋の心情は理解できる。食は自由な組み合わせの連鎖だ。美味しく食べること、栄養価など考えなければならない部分は多々あるが、それでも一番必要なのは明日を生き抜くためのエネルギーだ。


 一つの食が明日を作り、その食は様々な希望に満ち溢れている。どんな材料を選んでもいい、そこには一切の制限はない。彼女のクラスになればカレーのスパイスの組み合わせだけでも無限大だろう。


「参浦さん、アナタはワタシの料理を美味しい、といってくれマシタ。ワタシも……ここのホテルで働いている間、アナタのいいお噂は聞いてマス。喧嘩中の夫婦がレストランに来られたのですが、アナタの対応で美味しく料理が食べられたと」


 八橋は胸に手をあて参浦に思いが続くように告げる。


「ホテルの予約がうまく取れていなくて、泊まることができなかったようなのデスが、アナタの機転でレストランへと誘導してくれたと……その間にアナタがフロントに声を掛けてくれて、料理を楽しんだ後、泊まることができたと」


「ありがとう、でもまあ、それが僕の仕事だからね……」


 三浦は恥ずかしそうに頭を掻きながらいう。


「一言付け加えておくと、マニュアルでもあるからね、ホテルに来て下さった方には満足して帰って貰わなければならない」


「それでもカレラは……アナタに感謝していマシタ。実はそれ……ワタシの両親だったんデス」


 八橋が述べると、参浦は目を丸くして驚いた。


「え? そうなの? 確かに覚えはあるよ。父親は日本人、でも母親は……」


「そう、インド人。ワタシの母デス。ワタシの家族はインドにいるのですが、ワタシに内緒でホテルを見物しようと思っていたのデス。でもホテルの予約を取り間違えていて、おまけに荷物まで置き忘れていて大変だったんデス」


「そうだったんだね」


「ハイ。ワタシの家族は文化の違いも障害になって、喧嘩が耐えなかったんデス。でもこのホテルに来た時にアナタと話をして、アナタの対応で気持ちよく食事ができたといっていマシタ」


 

 ……いい感じだな。



 小さなエピソードだが、今の二人にとってはいいスパイスになるだろう。お互いが向き合い、正面を見据えて話すだけでも心情は大きく左右する。こんな監獄のような場であれば、なおさらだ。


「ありがとう、お二人さん。どうだろう、ここで休憩を取ってみるのは?」


 壱ヶ谷の合図に自然と皆、頷く。ここでうまくいけば第二投票に行く前に、カップルが成立しそうだ。


 少し時間を取って改めて決議を取れば、まとまるかもしれない。 


「では第一投票に入る前に一度、休憩に入りましょう」


 シロウは沈黙を同意と取り、言葉を続けた。


「結婚は一生決める決断です。それではまた30分後にこちらに集まって下さい」



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