ジーナ


 翌日。ヘーゼンは、いつものように家の扉をノックする。すると、バタバタバタバタっと、子どものバタ足音が聞こえる。


「うわーーーー! 来たーーーー!?」

「はいはい、アシュ。本当は嬉しいくせに」

「し、信じられない。僕は、殺されたかけたんだぞ!?」

「はいはい」

「めちゃくちゃ流されてる!?」


 ガビーンと、少年の声が気こえる。


「……」


 未だ、信じられない。ジーナの反応は人よりも人らしい。もしかしたら、勘違いなのかとも思う。


「……いや」


 ただ、信じたくないと思っているだけなのか。ヘーゼンは、自分自身の心を分析する。


 扉を開くと、ジーナがひまわりのような笑顔を浮かべていた。


「おはようございます。今日もこの子をお願いしますね」

「……一緒に来ませんか?」


 ヘーゼンは笑顔で提案する。


「えっ?」

「たまにはいいでしょう? アシュ君が頑張っているところを見てみるのも」

「……でも、仕事もありますし」


 ジーナが困惑したような表情を浮かべると、奥から父親の声が聞こえてくる。


「行ってこいよ。一日くらい、いなくたって平気だ」

「そ、そう? それじゃ、行こうかな」

「ええっ!? は、恥ずかしいよ」


 アシュは、顔を真っ赤にしながらつぶやく。


「じゃ、私! サンドイッチと紅茶もって行くわね。すぐに、準備するから」


 ジーナはウキウキしながら、キッチンに行って準備を始める。


「え、遠足じゃないよ! あの人、本当に厳しいんだ。悪魔より悪魔っぽいし」

「そうね……3人分作るんだから、ボックスは10個分……」

「どういう計算式!?」

「……」


 この少年が、どれだけ天才なのかがわかる。夢悪魔ナイトメアだけでは、彼女のような人間味にあふれたキャラクターは創造できない。恐らく、アシュの観察眼が非常に優れているのだ。


 母親の仕草、笑い声、性格、行動、どういう反応をすれば、どういう反応をするのか。パターン化なとというレベルを超えて行動を作り出している。


 まるで、ジーナという人間の創造だ。


 授業では、アシュがいつもよりも緊張し、張り切っていた。広場でホワイトボードを拡げ、座学を行ったが、今まで寄り付きもしなかった村人たちがジーナに向かって声をかけていく。


 まるで、この場だけ。いつも以上に太陽が照らされているかのように。


「……とまあ、こういう理論だ」

「なるほど。」


 一方で、アシュは周囲の雑念を気にしなくなるほど集中していた。最初の方は、ジーナの方を気にして、周囲の野次馬に対しても「邪魔だな」とか言って、ジーナに注意されていたが、いつしかホワイトボードを齧りつくように凝視している。


 ブツブツと呟きながら、知識の海に溺れていくアシュを見ながら、ヘーゼンは授業をやめて、ただ待った。この少年の思考は驚くほど深い。考えがまとまるまで、待つ時間を設けるのが成長のためにはよい。


「……ヘーゼン先生は、本当にこの子のことをわかってくれているんですね」


 ジーナは、一心不乱に思考に耽っているアシュを見つめながらつぶやく。


「独創性に溢れた生徒です。難儀な性格ですので、身を守る術も覚えさせますが、本人は新魔法オリジナルの研究に従事したいでしょう」

「……本当に勉強が好きな子なんです。興味のあることには、とことん突き詰めるんですが、他はからっきしで」

「……」

「私や主人には、この子に与えられるものは少ない……それは、わかっているんです。でも……それでも……ねえ」


 そう寂しそうに微笑む彼女を見て。


「……」


 わかった。


 ジーナが、どれだけアシュのことを愛していたのか。


























 アシュがどれだけジーナのことを愛しているのか。

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どちらかと言うと悪い魔法使いです 花音小坂(旧ペンネーム はな) @hatatai

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