ノイズ


 村に帰ったヘーゼンは、アシュを背負いながら麦畑が広がる道を歩く。のどかな田舎の、ごくありきたりな夕暮れだ。


「いつまで寝たフリをしてるんだ?」

「……グーグー」

「はぁ」


 黒髪の魔法使いは、ため息をついて、両手を放して少年を地面へと落とす。

 

「……っ、痛い痛い痛い! 痛い痛い痛い痛い!」

「うるさい」

「酷っ!?」


 尻が地面に激突し、転げ回って騒ぎまった少年は、そのあまりの物言いに、ガビーンと口をあんぐりと開けた。


「もう、あと、ちょっとじゃないか! 最後まで、おぶってくれたっていいじゃないか」

「いいかい? 僕は、もの凄く忙しいんだ。君を鍛える時間は仕方なく割くが、甘えさせる時間は一切ない」

「た、頼んでもないのに!」

「君の母親に頼まれた。文句なら、君の母親に言え」

「……っ」

「何をしている? さっさと歩きなさい」

「わーん! 母さん母さん母さん母さーーーーーーーーん!」


 アシュは泣きながらヘーゼンを追い越し、家の中に入って行く。


「……はぁ」


 相変わらず子どもは苦手だ。そんなことを思いながら、帰ろうとすると、扉が開いて快活な声が響く。


「ヘーゼンさーん! 夕ご飯、食べて行ってくださーい!」


 母のジーナが笑顔で手を振りながら叫ぶ。


「いえ……僕は、結構です」

「そんなこと言わずにー! もう、作っちゃいましたから!」

「……はぁ」


 苦手な母親だ。好意の押しつけ。無駄に強引な絡み方……ひまわりのような笑顔。まるで、どこかの誰かさんだな、とヘーゼンに思い起こさせる。


 仕方なく家に入ると、中はアシュとジーナの2人だけだった。


「お父様は、まだお帰りになっていないんですか?」

「最近は、飲みに行っていて、なかなか帰って来ないんですよ」

「……そうですか」


 結構、夜も遅いと思うが、2日連続で帰ってきていない。麦畑の農家をやっていると聞いたが、今は繁忙期じゃないからだろうか。そんな中、ジーナがにこやかな笑顔で、視線を隣に誘導する。


「ふふっ。見てください、疲れて寝ちゃってる」

「……寝てる時は可愛いんですね」

「あはは。憎たらしいでしょう、この子」


 彼女は快活な笑顔を浮かべる。


「似てない親子ですね。父親似ですか?」

「んー……夫とも似てないですね。どうしてこんなに捻くれちゃたのか、よくわかんないんです」

「……」


 恐らくは、後天的なものかと、ヘーゼンは考察する。


 アシュ=ダールはあまりにも、闇魔法使いとしての才能がありすぎる。平民の村で生まれ、魔法が使えるというだけで迫害の対象だ。加えて、闇の魔法は禁忌として扱われる。


 人一倍頭がよく能力が高い子が、そんな理不尽な扱いを受ければ大抵は歪む。だが、ジーナの明るい太陽のような性格が、アシュに、なんとか前向きな考えを抱かせている。


「……ジーナさん。あらためて、お願いします。アシュ=ダール君を引き取らせてくれませんか?」

「……」

「この子の好奇心は物凄い。この村は、あまりにも狭すぎるんです。より大きな世界を知り、より深い知識の濁流を知ることが、必ず将来のためになります」


 当然、ヘーゼンの目論見も含まれていたが、同時に、アシュの将来を考えれば、必要なことであるとも思う。


 だが、ジーナは迷わず首を振る。そして、アシュの髪を優しく撫でる。


「……この子は、まだ母親に甘えたいんじゃないかしら」

「ですが……っ」


 そう言いかけた時、ヘーゼンの頭にノイズが走る。


「……」


 なんだろう、この違和感は。


「どうかしましたか?」

「……いえ。今日は、失礼します」


 そう言い捨てて、ヘーゼンはこの家を後にした。





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