夕暮れ
夕暮れになり。ヘーゼンが疲れて眠っているアシュをおぶって帰る。黒き翼で飛翔していると、目の前に白き翼を纏ったテスラが目の前にいた。
「何の用だ。今、貴様と戦う気はないぞ?」
「……その子は?」
「結界を解いた子だ」
「そんな子どもが?」
金髪の乙女は、目を丸くして驚く。
「流石の大聖女も、これほどの偶然は見通せなかったらしいな。まったく……神も皮肉なことをする」
「……いえ。これも主の啓示でしょう」
「皮肉だよ」
「啓示です」
「……」
「……」
ヘーゼンは鋭い漆黒の眼光を向け、テスラは聖母のような笑みで蒼の瞳で見つめる。
「ふぅ……相変わらず、君とは話が噛み合わないな」
「それは、まったくこちらの台詞ですね」
「……」
苦手なタイプではあるが、嫌いなタイプではない。ヘーゼンは基本的に善人には危害を加えない。そう言う点では、テスラが敵に回ること自体が予想外だった。
「わからないな。君は、五精老がのさばる世界を肯定するのか?」
「否定も肯定もしません」
「何もしないと言う選択は僕の中ではあり得ない。それほどの力を持ちながら。まさに、教義に忠実に生きる狂信者だな」
テスラの存在こそが、歪であるように思う。百万の信者を抱えながら、中位天使を召喚し得る器を持ちながら、この大陸に対してほとんど影響力を行使しない。
「……私には、あなたの方こそが歪に見えますよ。争いのない世界を望むために、自らが争いの火種を作り、その渦中に飛び込むのですから」
「何もしないことは、意志を放棄することだ。僕は僕の意志を貫いて生きていきたい」
「意志を貫くことで、あなたはあなたの望まぬ未来に向かってつき進んでいる。そうは思いませんか?」
「……」
「……」
・・・
「はぁ……やめた。やはり、話し合いでは平行線だ」
絶対に折れないと決めている者にする議論など意味を持たない。
「そのための、その子ですか?」
「少なくとも、ゼノス級の魔法使いには育つだろう」
「……彼のような生き方を肯定すると?」
彼女は一瞬だが、表情を歪めたように見えた。
死者の
「人の生き方に否定も肯定もない。大聖女だからと言って、そんなことにまで干渉する権利が?」
「そんな気はありません。ただ……あの人の生き方は、あまりにも悲しいです」
「……」
それは、どちらかと言うとテスラの個人的な感傷のような気がして。ヘーゼンは、それ以上の言葉は差し込まなかった。
「とにかく、鍛えるだけ鍛える。君みたいな偽善者は、何もしてこないだろうが刺客などは受けて立つよ」
アシュには敵が必要だ。ヘーゼンがある程度は追い込むが、実戦に勝る修練はない。特に、アリスト教の大司教や聖騎士たちは、十分過ぎる実力を持つ。
五精老たちも、刺客を差し向けてくるだろう。
「変わりませんね。そうやって、自身の破滅まで突き進むつもりですか?」
「……約束があるんだ」
ヘーゼンはボソッとつぶやく。
「え?」
「……何でもない。ただ、神などに祈っていても世界は変わらない。僕はそんなありようを許容して生きることができない性分なんだ」
「……」
「長く喋りすぎたな。とにかく、受けて立つよ。僕は僕のやりたいことをやる」
そう言い残して。
ヘーゼンは漆黒の翼で、去って行った。
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