第20話 恩師との決戦/成長する若者

「幽霊先輩。ずっと顔を見せなかったから心配したぞ」


 五光は追従システムに手足を通してから、シートに身体を固定した。かなり急いで操縦準備を整えていく。スティレットが〈グラウンドゼロ〉を派手に登場させたから、目立ちすぎてしまった。囮としては完璧だが、さっさと動かないと蜂の巣にされてしまうだろう。


(おおっ、ついに五光くんが、あたしを心配するようになったか――ってそんなこといってる場合じゃないわね。こっちはこっちで危うく機体ごと解体されるところだったわよ)


 スティレットの立体映像がコクピットに出現。赤い髪が海草のようにそよいだ。


「解体って、〈アゲハ〉でなにが起きたんだ?」

(艦長は〈グラウンドゼロ〉が、あなたを苦しめてる元凶だと思ったみたいよ)

「苦しめるって、なにをだよ?」

(さぁ……? ヤバイ機密でもあるんじゃないの。ほら、ついにあたし単独で機体を動かせるようになっちゃったし)


 スティレットが〈グラウンドゼロ〉を操縦――敵DSのけん制射撃を回避した。


 その滑らかな動きによって、五光は重大な発見をした。


「……俺が動かすより、幽霊先輩が動かしたほうが強いんじゃ?」

(……そうねぇ。あたしも今気づいたわ)


 なんともいえない空気が流れたところで、敵DS部隊が一斉射撃。無数の花火を着火したように20mm機関砲が発火炎を咲かせた。


 まるで実験するかのようにスティレットが〈グラウンドゼロ〉の主導権を握る――敵の一斉射撃を鮮やかに回避。ROTシステムを使っていないのに、ROTシステムを使ったような動きをしていた。


 五光がDS乗りの存在意義に軽く悩んだところで、コクピットに異変が起きる。機体の動作が不安定になり、スティレットの姿が半透明にぼやけたのだ。


 スティレットは頭を抱える仕草をすると、ふらふらした。


(まずい……あたし単独で本格的な戦闘動作やると……負荷が大きくなりすぎてブラックボックスが壊れるっぽい)


 彼女の口調は妙だった。ブラックボックスの中身を把握していないと、負荷による悪影響を精確に判断できないだろう。


 五光は〈グラウンドゼロ〉の主導権を奪ってから、スティレットに質問した。


「幽霊先輩。ブラックボックスになにが入っているのか、気づいたのか」


〈グラウンドゼロ〉は五光の動きでマスドライバーをよじのぼっていく。機体の外見のごとくハイイログマが木登りするような荒っぽさがあった。もはや新兵特有の迷いや青臭さは消えていて、第一線で戦う戦士の気概が漂っていた。


(うん、解体されそうになったら、ブラックボックスの正体に気づいちゃったのよね。でも知らないほうがいいような気がするよ?)


 スティレットが、胸の前で指先をもじもじした。


「教えてくれ。〈コスモス〉強奪事件の水面下で、なにが起きてるんだ?」

(えー、うーん、ちょっとだけ時間をちょうだい)


 スティレットが長考に入ったところで、五光はマスドライバーの骨組みを上りきった。


 シャトルは発進準備中だ。おそらく〈コスモス〉が積んであるんだろう。だが優先順位は分子分解爆弾の起動を阻止することだ。盛大に囮をやってやろうじゃないか。


 五光はマスドライバーの上から分子分解爆弾を見下ろした。


 敵部隊は分子分解爆弾を守るために密集していた。プラズマ機関砲みたいな弾をばらまく兵器で倒しやすい布陣であった。


「さぁて、俺はどれぐらい射撃がうまくなったかな」


 五光の〈グラウンドゼロ〉はプラズマ機関砲を撃って撃って撃ちまくった。敵の数が多いからあえて集弾率を考えないでフルオートでぶっ放す。弾が散らばれば散らばるほど囮の効果を発揮するのだ。


 だが敵部隊は殉教精神に溢れているため、分子分解爆弾を守る肉の盾となった。


 分子分解爆弾は頑丈だ。DSの標準的な兵器で楽々と破壊できるほど甘くない。だが彼らにとっては万が一のことがあってはたまらないので盾になるんだろう。


 敵DSと自走台車は、盾になればなるほど穴だらけになって溶けていく。


 これだけ一方的に敵を倒すのは、ちょっと気分が悪かった。だが相手は分子分解爆弾を持ち出した鬼畜だ。時には実力行使も必要だろう。


 気持ちを引き締めて撃ち続けていれば、地下通路を進む四川から通信が入った。


『トリプルフィフティの底面に組みついた。かなり撃ってるみたいだが、調子に乗って地下通路を壊すなよ』

『わかってる。ハッキングはどれぐらいで終わる?』

『2人でやって3分。それまでに発動しなければいいが』

『頼んだ。それまで俺が暴れてやる』


 プラズマ機関砲のバッテリーが切れた――シールドの裏にマウントしてある予備のバッテリーに素早く交換。さらに撃ち続ける。


 スティレットが長考を終わらせた。


(どうしても知りたいの、ブラックボックスの中身)


 まだ葛藤を残した声であった。だが五光には知る権利があるだろう。〈グラウンドゼロ〉の正式パイロットとして。


「知りたいんだよ。わけのわからない陰謀に踊らされないためにも」

(実はさ…………あたしの脳が入ってたのよ)


 衝撃の告白は、二つ目のバッテリーが充電を使い切ったところだった。五光は思考回路が真っ白になった。だが訓練で叩きこまれた動きは意識に関係なく作用して、三つ目のバッテリーに切り替えて発砲を再開した。


「脳って……でも幽霊先輩は死んでるんだろ?」

(うん。死んだ。医師の死亡記録も残ってる。死体がDSのコクピットから回収された記録映像も残ってる。でも死体がどうなったかは誰にもわからなかったの)

「そんなことって……本人に無許可で、死体から脳を回収したのか五年前に…………そうだ五年前だ。なんで五年前の脳が、最近ロールアウトしたばかりの新型DSに搭載されてるんだ」


 三つ目のバッテリーが空っぽになるころには、分子分解爆弾を守っていた敵部隊は全滅した。


 あとは四川とバックギャモンが分子分解爆弾を停止させて、五光がシャトルを破壊すれば、作戦完了だ。


 五光はバッテリーを使いきったプラズマ機関砲を捨てると、プラズマブレードを装備した。緑色の刀身が眩く光り、シャトルの外装を照らした。もし今すぐ発進するようなら、剛速球を打ち返す打者のごとく切り倒すつもりだった。


 スティレットが、シャトルの積荷に向けて訴えかけた。


(ねぇアイン、あんたはなんで自分の脳がDSに搭載されてるのか、知ってるの?)


 ついに発射準備が完了したシャトルから〈コスモス〉が出現した。シロクマみたいな機体はプラズマブレードとシールドを装備していた。おそらくテロリストの流通ルートではプラズマ機関砲を調達できなかったんだろう。そして20mm機関砲を持っていないのは、分子分解爆弾を守るDSに譲ったからだ。


(アイン、アインってば。ちゃんと答えてよ。だって状況証拠からして、あたしが死ぬことを前提に〈グラウンドゼロ〉が作られたみたいじゃない)


 スティレットの再三の問いかけに、アインの返事はなかった。


 代わりに新崎が通信に介入した。


『なんてことだ五光くん。〈グラウンドゼロ〉は、ここにいてはいけない計画なのだぞ』


 ここにいてはいけない計画――まさに計画だ。


 誰かの陰謀によって強奪事件は仕組まれた。


 そして新崎は、陰謀に深く関わっている。


「計画ってなんなんですか、校長先生。しかも〈グラウンドゼロ〉がいちゃいけないけど、俺はいてもいいみたいな口調でしたね」


 五光の〈グラウンドゼロ〉はプラズマブレードを操り、スキのない動作で斬りつけた。


『地球を救う計画だ』


 新崎の〈コスモス〉はシールドで防御しながら〈グラウンドゼロ〉の間合いに踏み込んだ。


 俊敏かつ獰猛な足さばき。熟練した格闘家のような無駄のなさ。生きる伝説・新崎がシールドを使った格闘を仕掛けた。


 基地から〈コスモス〉が奪われたときは、徒手空拳の格闘のみで五光は倒れた。


 だが今は違う。敵の動きがわずかながらにつかめていた。


『地球を救うなら、トリプルフィフティなんて使っちゃダメでしょう!』


 五光の〈グラウンドゼロ〉もシールドを構えると〈コスモス〉の突進を受け止めた。重量物と重量物が激突して、交通事故みたいな轟音が響いた。


『私だって分子分解爆弾はなるべく使いたくなかった。だが他に選択がなかった。だから五光くんは早く退避したまえ、その機体と一緒に』


 新崎の〈コスモス〉はシャトルに戻ろうとした。


 それは五光にとって屈辱だった。目の前に敵がいるはずなのに、背中を見せて無防備なシャトルに入る――攻撃してこないと思っているんだろう。


 しかも今日はエバスによる共鳴が発生しない。おそらく新崎はアインを黙らせてしまったのだろう。分子分解爆弾の存在を“敵”に漏らしたから罰を与えたのだ。都合の悪いことをいったら口封じ――あれだけ憧れていた人物が、いざ野望を持って動き出すと醜い大人をやるなんて。


 五光は活火山が爆発するように怒った。


「校長先生を直接ぶん殴らないと気がすまなくなったぞ!」


〈グラウンドゼロ〉はプラズマブレードで〈コスモス〉の背中に斬りかかった。


『どうしたら撤退してくれるのだ、五光くん』


〈コスモス〉は疾風のごとく振り向いてプラズマブレードで受け止めた――二本のプラズマブレードが鍔迫り合いになって、プラズマ粒子が金属の溶接作業みたいに飛び散った。


「俺を倒せばいいでしょう。アインを実力行使で黙らせたみたいに!」

『うぬぼれるな、若者よ』


〈コスモス〉が、芸術のように鮮やかな動きで鍔迫り合いを強引にキャンセル――〈グラウンドゼロ〉のコクピットへ掌底を叩きつけた。


 だが五光の〈グラウンドゼロ〉はシールドで受け止めた。掌底の振動がコクピットに伝わって五光の身体が揺れる。ダックスフントみたいな顔が血気盛んに燃え盛った。


「俺は、もっともっと強くなるぞ! 校長先生!」


〈グラウンドゼロ〉はシールドを鈍器みたいに振り回して、敵の視界を封じた。


『強くなってどうする!? この計画が終わったら普通の若者に戻れるのに!』


〈コスモス〉もシールドを鈍器みたいに担いで応戦する。


「俺は火星で資源を発掘する! 志を共にする仲間と一緒に!」


 シールドをフリスビーみたいに投げ飛ばす――プラズマブレードを両手で引き抜くと、右手の刃を〈コスモス〉の胴体へ叩きつけた。


『そのためには計画を完遂する必要があるのだ。グローバル企業という二十一世紀が残した怪物を地球上から封印するために』


 新崎の〈コスモス〉は飛んできたシールドをベタっと地面に伏せて回避した。続けて迫りくる〈グラウンドゼロ〉の刃をシールドで受け止めつつ反撃を試みる。


 だが五光はシールドを足場にして大きくジャンプ――〈コスモス〉の頭上を飛び越えると、左手のプラズマブレードをシャトルへ投げつけた。


 いくら〈コスモス〉が無事でも宇宙へ上がる手段を失えば、彼らの計画は崩壊だ。資源不足の時代だとシャトルと燃料は貴重だ。計画を再指導するには根本から練り直さないといけないだろう。まだ配属されて二年の新兵とは思えない驚異的な進化によって、生きる伝説の裏をかいたのだ。


『ええい、人間ベースで計画を作ると、イレギュラーなミスが増えるわけか』


 新崎の〈コスモス〉が――ROTシステム・オーバードライブ――メインカメラが銀色に輝いた。全身の放熱板が展開。冷却剤が動力と間接に集中。狂った速度で加速――生きる伝説がリミッター解除した一号機〈コスモス〉を操って愛弟子へ迫った。


「ついに使いましたね、ROTシステムを!」


 五光の〈グラウンドゼロ〉も――ROTシステム・オーバードライブ――メインカメラが金色に輝いた。全身の放熱板が展開。冷却剤が動力と間接に集中。スティレットの経験値は三割程度しか追加されなかった――五光自身が経験値をたくさん稼いで強靭な戦士になっていたからである。

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