(13)悪党の筋書き

「ふざけるな!! 自首してどうなる! 罪が許されるわけが無いだろうが!」

「だから、さすがに無罪放免にはならないとは思いますが、情状酌量の余地が」

「五月蝿い! 貴様がのこのこ出向いて来るなら、まだ騎士団は動いて無いんだよな? それなら貴様を殺して、国外に逃亡するまでだ!」

「……なんですって?」

 いきなり立ち上がって壁際に駆け寄り、そこの飾り棚の引き出しから何かを取り出したマークスは、それを手に振り返りながらリディアに向かって言い放った。


「これまでに稼いだ金で、暫くは楽に暮らせる。真の才能を理解する人間がいる新天地で、私の才能を開花させるんだ! こんな愚鈍で芸術を解さない人間ばかりの野蛮な国は、こっちから願い下げだ!」

 短剣を手にして気が大きくなっているらしいマークスを一瞥したリディアは、それまで何とか保っていた礼節を捨て去り、相手を罵倒し始めた。


「はっ! 馬っ鹿じゃないの!? 他国でまた誰かの絵を横取りして、偽りの薄っぺらい名声を得ようってわけ? 本当に貴族という以前に画家としても人間としてもプライドが無いくせに、御大層な肩書だけは欲しがる、最っ低の屑野郎よね!!」

「何だと!? 貴様、どうしてそれを!」

 激しく狼狽したマークスだったが、リディアはもはや彼に対して微塵も容赦しなかった。


「いつまでも、周囲が騙されていると思わない事ね! あんたが盗作した事なんて、王太子殿下を初めとして、騎士団の上層部はとっくにご存知よ! ただ内政には微塵も関係が無い些細な個人的な事だから、放置しているだけでね! それなのに『王太子殿下からの内命での製作依頼』ですって? どこまで妄想が激しいのよ。滑稽過ぎると、笑う気も失せるって言う実例ね!」

「貴様……」

 これまでの恨みつらみを一気に吐き出してせせら笑ったリディアを、マークスが短剣を握り直しながら憎悪の眼差しで睨み付ける。しかし彼女は油断無く構えながらも、挑発する台詞を止めたりしなかった。


「やる気? 言っておくけど、絵筆もまともに扱えない人間に、遅れを取るつもりは無いわよ!」

「平民の分際で、私を侮辱しやがって! 殺してやる!」

(本当に、ここまで性根が腐ってるなんて……。甘かったわ。完全に私の落ち度よね。せめてこいつは怪我を負わせる程度で捕らえて、王宮に連れて帰らないと)

 血走った目で短剣を構えたマークスを見て、リディアは固く決意しながら剣を抜いた。するとここで些か場違いな、のんびりした声が割り込む。


「やれやれ……、面倒な事になったものだな。殺す相手が、一人から二人になるなんて。とんだ計算違いだ」

「誰!?」

 いつの間にか応接室の扉を開け、室内を眺めていたトーマスを見て、リディアは警戒度を一気に高めたが、マークスは旧知の相手を認めると、喜色満面で駆け寄った。

「トーマス、ちょうど良い所に! その女をさっさと始末してくれ!」

 そう訴えた彼を、リディアは本気で叱責した。


「あなた本当に馬鹿よね! そいつは『殺す相手が一人から二人になった』って言ったでしょうが! つまり、あんたと私を殺す気だって事よ!」

「……え?」

「その通り」

「ぐあっ!」

 反射的にリディアの方に顔を向けたマークスの後頭部を、トーマスの背後から出て来た人相の悪い男が、棒状の物で殴りつける。それをまともに受けてしまったマークスは、一声呻いて床に倒れ伏した。


「ダリッシュ!」

 ピクリとも動かないマークスを見て、剣を構えながらリディアが顔色を変えたが、トーマスはおかしそうに笑いながら話しかけた。


「この馬鹿よりお嬢さんの方が、よほど物が分かっているな」

「誉めてくれてどうも。この状況だと、あまり嬉しくは無いけど」

「私達もこの出会いに関しては、甚だ不本意だよ」

 そう言ってわざとらしく溜め息を吐いた彼を凝視しながら、リディアは必死に考えを巡らせた。


(取り敢えずダリッシュは、殴られて気絶しているだけだと思うけど、このままだと口封じに殺されるのは確実だわ。人のことは言えないけど。とにかく時間稼ぎをしながら、この場から逃げ出す方法を考えないと)

 そこでリディアは油断無く剣を構えたまま、探る目を向けた。


「ところで、あなた達は誰? 何をしに、ここに来たわけ? それに使用人の人達はどうしたの? まさか、殺したんじゃないでしょうね?」

「俺達はこのヘボ画家の、ちょっとした知り合いでね。ここの使用人は、ダリッシュ伯爵家から派遣されている、執事と料理人が一人ずつさ。後は通いのメイドだから、今は二人とも向こうで休んで貰っている」

 その物言いを聞いたリディアは、顔をしかめながら確認を入れる。


「……殺してはいないわけね?」

「俺達は、一応紳士だからな」

 トーマスの主張に、連れて来た男達が揃って嫌らしい含み笑いを漏らした。

(『紳士』が聞いて呆れるわ。あいつと私を殺すと、ついさっき言っておきながら。何とか隙を見て、逃げ出す手段を考えないと)

 半ば呆れながら警戒を続けているリディアに、トーマスが嬉しそうに言い出す。


「いやぁ、本当に助かったよ。お嬢さんが、このヘボ画家を殺してくれるなんてね」

 いきなり、そんな予想外の事を言われたリディアは、本気で戸惑った。


「はぁ? 何を言ってるの? 私は殺したりしないわよ? こいつは生きたまま捕らえて、正当な裁きを受けさせるんだから」

「いいや、こいつは盗作をお嬢さんに指摘されて激高し、口封じに殺そうとしたが、お嬢さんに抵抗されて相討ちになるんだよ。少し前からあんた達の話を聞いていたが、お嬢さんはこいつが他人の絵を自分の名前で発表したのを知ってるんだよな? 俺達が責任を持って、その噂を流してやるよ」

 二人纏めて口封じするだけではなく、目の前の男達がマークス殺害の罪を自分に押し付ける気だと理解したリディアは、内心で(ふざけるんじゃないわよ!)と怒り狂った。しかし何とか冷静さを保ちながら、皮肉っぽく尋ね返す。


「……そういう筋書きで、押し通すつもり?」

「勿論、そのつもりだが? お誂え向きに、この短剣はダリッシュ家の家紋入りだ。これがこいつの私物なのは明らかだし、これでお嬢さんを刺し殺した後で、お嬢さんの剣でこいつを刺し殺せば、世間はさっきの筋書きを疑いもせずに信じてくれるだろうさ。ついでに大量のジャービスも発見されて、密売の黒幕はこいつで決まりだ」

 仲間が倒れているマークスの手から奪った短剣を、いつの間にかトーマスに手渡しており、彼はそれの柄の部分を見ながらおかしそうに笑った。

 反対にリディアは、容易にその通りに事態が進みそうだと考え、密かに焦りの色を濃くする。


「随分、図々しいわね。どこまで自分達に都合の良い筋書きを書いているの?」

「それが“真実”だからな」

「“真実にしたい”だけでしょう?」

「お嬢さんがどれだけ不本意でも、結果には変わりがないからな」

 そう言ったトーマスが、これ以上の問答は不要だとばかりに周囲の男達に目配せすると、彼らは不気味な笑いを消してゆっくりとリディアとの距離を詰めてきた。彼女はその分後退りしながら、自分の軽率さを心の中で罵る。


(私の馬鹿! 相手がろくでもない男だって分かってたのに、あっさり改心する筈が無いじゃない! それにつるんでる仲間だって、ろくでもないのに決まってるわよ!)

 リディアは心底後悔しながらも、あっさり殺されてたまるかと徹底的に抵抗する事を決心し、無言で剣を握る手に力を込めた。

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