(12)傲岸不遜な男

 一方で、突発的に王宮を飛び出したリディアは、シャーペス街に到達してから少々立ち往生していた。


「ええと……、勢いで出て来てしまったけど、同じような家ばかりで。一度どこかの家で、ダリッシュさんの家を尋ねるべきかしら?」

 まだ早いとはいえ夜になっており、人通りも無くなっている事から道で尋ねる事もできず、リディアは馬に乗ったまま周囲の家々を見回していたが、ここである事に気が付いた。


「え? 紋章、よね。これは……」

 周囲の門扉とは異なり、眼前の格子状の門扉にだけ円形の家紋らしきレリーフが施されているのを目にしたリディアは、すぐにその理由を察した。


「そうだわ! 貴族の家だったら平民と違って、その家の紋章を門に掲げているのよ! そうすると他は、裕福な商人とかの家なんだわ! そうなると多分ここで、間違いないわね!」

 そう判断したリディアは、嬉々として半分だけ開けてあった門扉から馬のまま乗り入れ、玄関前で降りた。そしてドアに取り付けられている呼び出し用のノッカーを叩きながら、中に向かって大声で呼びかける。


「すみません! 開けてください!」

 すると少しして老齢の執事らしき男性が、ドアを少し開けながら訝しむ様子で尋ねてくる。

「どちら様ですか?」

 そこでリディアは、何とか自分自身を落ち着かせながら、お伺いを立てた。


「すみません、こちらはマークス・ダリッシュさんのお宅ですか?」

「はい、そうでございますが……」

「私は近衛騎士団白騎士隊所属の、リディアと申します。こちらのご主人とは、王宮で開催された個展の時に面識があるのですが、大至急お目にかかりたい用件がございまして。ご主人に取り次いでいただけないでしょうか?」

 神妙にそう申し出ると、相手は白騎士隊の制服を確認し、更に女性一人なので物騒な事にはならないだろうと判断した為、安堵した表情でドアを広く開け、中へ入るように促した。


「そうでございますか。それでは主人の都合を聞いて参りますので、取り敢えず中でお待ちください」

「ありがとうございます」

(良かった、あまり迷わずに探し当てる事ができて)

 玄関ホールに入れて貰ったリディアは、思ったより手こずらずに目的の場所に来ることができて、心底安堵していた。一方で執事はそこでリディアを待たせたまま、主人の部屋に出向く。


「旦那様、宜しいでしょうか?」

「何だ?」

 マークスの許可を得てから彼の私室に入った執事は、慇懃無礼にお伺いを立てた。


「只今王宮から、近衛騎士の方がいらっしゃいました。何やら王宮の個展でご面識があると仰る、若い女性ですが」

 するとそれを耳にした途端、だらしなく服を着崩しながら何をするでもなくソファーで寝ころんでいたマークスは、弾かれたように上半身を起こしながら問い質した。


「本当か!? 一体、何の用で出向いたんだ?」

「そこまではお伺いしておりません。それで旦那様、その方を玄関でお待たせしているのですが、どうなさいますか?」

 淡々と対応を尋ねた執事を、マークスは驚愕しながら叱り付ける。


「何だと!? 急いで応接室にお通ししろ! 確かに近衛騎士の女が二人、個展の時に居て顔を合わせたからな。ああいう場に顔を出しているなら、王太子殿下の覚えめでたい人間の筈。くれぐれも失礼な真似はするなよ! 丁重におもてなししろ! 私は服を着替えたら、すぐに行く!」

「はい、かしこまりました」

 そして形だけは恭しく頭を下げて執事が出て行くと、マークスは満面の笑みで着ている服を脱ぎ捨てた。


「私にも、やっと運が巡ってきたな。これは王太子殿下からの、私的な依頼に違いないぞ」

 勝手にそんな事を決めつけたマークスは、鼻歌すら歌いながら、先程まで来ていた物より上質な服を選び出した。


「殿下の私室に飾る、絵画の作製依頼か? もしくは、威張りくさった宮廷画家の描く絵に嫌気がさして、修復中の離宮の壁画を手がけて欲しいと言われるかもしれんな。きっと重鎮どもの手前、大っぴらに依頼をする事ができないから、通常の使者を出せないのだろう。本当にどうしようもない労害どもだ」

 彼の頭の中では王太子は自分の崇拝者になっており、傍から見れば厚かましいにも程がある妄想を勝手に展開させた挙句、これ以上は無い位の上機嫌でリディアの前に現れた。


「騎士殿、お待たせして申し訳無い。個展の時に顔を合わせて以来ですね、お久しぶりです」

 入室するなり笑顔で挨拶してきたマークスに、出されたお茶を飲んでいたリディアは慌ててカップをソーサーに戻し、素早く立ち上がって頭を下げた。


「ダリッシュ様、この度は急な訪問にも係わらず快く迎え入れてくださって、ありがとうございます」

「いえいえ、非公式とは言え、王太子殿下の内命を受けた方を歓待するのは、当然の事。寧ろ、我が家の気の利かない執事によって、玄関でお待たせする事になって、誠に申し訳無く思っております」

 その予想外の台詞を聞いたリディアの目が点になった。


「え? 王太子殿下の内命とは……、一体何の事でしょうか?」

 その問いかけに、今度はマークスの顔が怪訝な物になる。


「は? あなたは王太子殿下からの命を非公式に受けて、私に作品製作の依頼にいらっしゃったのではないのですか?」

「いえ、王太子殿下からの内々のご下命など、とんでもありません。今日お伺いしたのは、ダリッシュ様に私が、個人的なお話があるからですので」

「……そうでしたか」

 完全に当てが外れたマークスは、途端に仏頂面になってソファーに腰を下ろした。リディアも再び座る中、執事がマークス用のお茶を持って来て、彼の前に置く。そのカップを忌々しい思いで持ち上げたマークスだったが、中身を一口含んで更に機嫌が悪くなった。


(ちっ! 小娘が私に、一体何の用だと言うんだ。しかもあいつ、こんな得体の知れない女に、最高級の茶を出しやがって)

 自分で「丁重にもてなせ」と命じた事を綺麗さっぱり忘れ去り、心の中で執事に悪態を吐いてから、さっさとリディアを追い返すべくマークスは話を切り出した。


「それで、ご用件とは何でしょうか?」

 そう問われたリディアは、どう話せば良いのか一瞬躊躇ったもののすぐに覚悟を決め、努めて冷静に訴えた。


「それでは、単刀直入に言わせて貰います。ダリッシュ様、今ならまだ間に合います。自首してください」

「……はぁ? いきなり何を言いだすんだ?」

 言われた内容が全く理解できなかったマークスが、間抜けな顔で問い返してきた為、リディアは真剣な顔で説明を続けた。


「あなたがジャービスの密輸入、及び密売に関わっている事は、既に騎士団や王太子殿下の知る所となっているんです」

「何だと!? そんな馬鹿な!!」

 そこまで言われて忽ち顔色を変えた彼に、リディアが引き続き訴える。


「後は関係各所に一斉に踏み込んで、証拠を押さえれば良い状況になっています。ですが逮捕される前に自ら悔い改めて自首をして、やむを得ない事情で悪事に荷担させられていたと訴えた上で、真相解明に全面的に協力すれば、寛大な処分も考えて貰える筈ですから」

 その説明を聞いているのかいないのか、マークスが茫然自失状態で呟く。


「騎士団や王太子殿下が、既に知っている……、だと?」

「そうです。ですから、あなたの作品の価値を少しでも落とさないように」

 しかし辛抱強く言い聞かせようとしていたリディアの台詞を、怒りで顔を紅潮させたマークスの怒声が遮った。

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