(3)捜索

 時間は少し遡り、グレイシア達が馬車を降りると、何か貴重品でも忘れていないか馬車の中を確認した執事が扉を閉め、従僕に指示して正面玄関から移動させた。そして指示された通り御者が屋敷の外をぐるりと周って空いたスペースに移動すると、別の従僕が誘導して馬車を停めさせる。


「ご苦労様です。呼ばれるまで、こちらでお待ちください」

「分かった。世話になる」

 指示されたすぐ側の入口から、使用人の控え室に御者と従僕が入り、その場に静寂が漂って少ししてから、アルティナは慎重に座面を持ち上げて、隠れていた場所から車内に出た。


(さて、そろそろ大丈夫そうね。グレイシアさんから提供された邸内の見取り図と、デニスが知らせて来た侯爵家私兵の巡回ルートと時間も頭に叩き込んであるし、さっさと用事を済ませますか)

 そこで彼女は慎重に周囲の様子を伺いながら馬車から降り立ち、目指す場所へ暗闇の庭を抜けて行った。屋敷内からは明るい光と喧騒が漏れてくるものの、使用人達も忙しく行き来している為、庭に注意を払う者などおらず、アルティナは誰にも見咎められずに、無事にジェイドの書斎のバルコニー直下に辿り着く。


「さて、ここまでは予定通り。あっさり見つかると良いんだけど」

 小さくそんな事を呟きながらアルティナは背負っていた布袋を外し、中から特殊な鉤針が付いた縄を取り出した。それから再び布袋を背負った彼女は、その縄を振り回しながら上手くバルコニーの手すり目掛けて放り投げ、鉤針がそこに引っかかったのを確認してから、するするとバルコニーまで縄をつたって登っていき、瞬く間に到達する。

 これまでとこれからアルティナがする事を目の当たりにしたら、ユーリアが「仮にも隊長まで務めた方が、何をやってるんですか!」と激怒するのは必至だったが、素早く縄を引き上げた彼女は微塵も躊躇わずに行動を開始した。


(よし、二人からの情報通りね。まず重要書類が有るとすれば、まずこの書斎でしょう)

 取り出した道具で、窓の留め金部分のガラスを一部だけ綺麗に切り取り、そこから手を差し込んで窓を開けた彼女は、音も無く室内に侵入した。そこでまっすぐ室内に設置された金庫に向かったアルティナは、再び布袋を下ろして中から鍵束を取り出す。


「さて、何が出てくるか……」

 ぶつぶつ呟きながら金庫に合う鍵を試していくと、二十個近く試したところで反応があった。即座にアルティナは、傷が付いた所を確認しながらヤスリで削って調整し、金庫の開錠に成功する。しかし、成果としては空振りだった。


「う~ん、そうそう簡単に見付けさせてはくれないか。そうなると、次に怪しいのはこちらかしら?」

 宝飾品や金貨の他、金庫内に入っていた書類を窓際で月明かりで確認したアルティナだったが、目指す物が見当たらずに溜め息を吐いた。しかし気落ちする事無く、次に大きな机に目を向ける。


「うん、やっぱり引き出しが鍵付き。しかも両方。やりがいがあるわよね」

 苛立つより、寧ろ嬉々として引き出しに取り組んだアルティナは、金庫程の時間はかけずに、左右の引き出しの鍵を攻略した。それから中の書類を全て取り出したがそれで満足せず、引き出しの底板を注意深く観察した結果、二重底になっているのを発見し、持参したナイフでそれを強引にこじ開ける。


「これは……、貴族のリスト? それにこちらは、何かの金額?」

 慎重にしまい込まれていたそれを取り出したアルティナは、早速それに目を通し始めたが、内容を確認すると同時に渋面になった。


「まさかペーリエ侯爵は、画廊で絵を介して売るなんて面倒くさい事をしないで、直接売りさばいているわけでは無いでしょうね……。とんだゲス野郎だわ」

 ブレダ画廊ではなくジェイド首謀説疑惑が浮上した為、アルティナは頭痛を覚えると同時に、新たな疑問に直面した。


「それにしても、どうやってこの屋敷に持ち込んでいるのかしら? 踏み込んだ時、ブレダ画廊には大量にジャービスの在庫は無かったし、この屋敷への持ち込みや在庫のありかを、まだデニス達が探り切れていないだけ? ちょっと考えにくいんだけど」

 独り言を口にしながら、彼女が素早く書類に目を通していると、ある記述のあった書類に引っかかりを覚えた。


「うん? どうしてこんな一見関係が無さそうな書類が、ここに紛れているの?」

 それを凝視したアルティナは、ある可能性に気が付く。

「これは……、ひょっとしたらひょっとするかも。デニス達の内偵ではこの屋敷内に、いまだに行方不明の額装師が監禁されている気配は無いそうだし」

 そして一通り書類を確認したアルティナは、必要な物をより分けて布袋に押し込んだ。


「それじゃあ見るべき物は見せて貰ったし、単なる物取りに偽装しないとね」

 ついでに金庫内の宝飾品や金貨も全て詰め込んだ上で布袋を背負い、金庫内や引き出しの中身を室内に派手にぶちまけてからバルコニーに出たアルティナは、再び地面に降り立って乗って来た馬車を目指した。


(ユーリア達は、頑張って目立ってくれているかしら?)

 明るい邸内を横目で見ながら、誰にも見咎められる事無く庭を通過した彼女は、静かに馬車に乗り込んで、元通り座席の下のスペースに潜んだ。

 それから少ししてパーティーがお開きになり、馬車の用意ができた順番に、招待客が正面玄関に移動を始めた。


「ユーリア、お疲れ様。頑張ったわね。最後の方は笑顔が強張っていたけど、立ち居振る舞いは文句の付けようが無かったわ」

 馬車の準備ができた事を執事に告げられて、広間から正面玄関へと移動しながらグレイシアが囁くと、ユーリアは若干疲弊した顔付きながらも、微笑んで返した。


「ありがとうございます。この間のグレイシアさんの、特訓のおかげです」

「そう言って貰えると嬉しいわ」

「ところでアルティン殿の首尾は、どうだったのかな」

 誰に言うともなしに呟いたクリフの台詞に、ユーリアが拳を握りながら即座に反応する。


「手ぶらで帰って来たら、本気で殴ります」

「まあ、大変」

 思わずグレイシアが笑いを堪えているうちに、三人は正面玄関ロビーに到着した。


「それではダレン、失礼するわね」

「……はい、お気をつけて」

 執事長の彼は当然主の思惑を知っており、妹にそれを粉砕された侯爵の機嫌が最悪である事を察して、来た時とは打って変わって暗い表情で頭を下げた。それにさほど同情せずにグレイシアが馬車に乗り込み、ユーリアとクリフがそれに続く。

 そして馬車が走り出し、ジェイド邸の敷地を出た事を確認してから、ユーリアは座席の下に向かって呼びかけた。


「アルティン様、ちゃんと戻っていらっしゃいますか?」

 その問いかけに、すぐに声が返ってくる。


「ああ、成果もなかなかだった。クリフ殿をシャトナー邸に送って行ったら王宮に戻って、団長に報告するつもりだ」

「ファーレス子爵は、まだ騎士団の執務棟に残っていらっしゃいますの?」

「ええ、私からの報告待ちです」

「それは大変ですね」

 グレイシアが驚いた様子で会話に加わり、それから幾つかの情報交換をしているうちにシャトナー伯爵邸に到着した馬車から、まずクリフが降りた。それから馬車は王宮に向かい、かなり遅い時間にもかかわらず、警備の近衛騎士に許可証を出して奥へと進む。


「それではお気をつけて」

「ええ、失礼します。詳しいお話は、後ほど聞かせていただけるのでしょうね?」

「勿論です」

 そして後宮近くまで進んだ馬車から降り立った三人は、まずグレイシアとユーリアが与えられている部屋がある棟の入口まで進み、そこでアルティナは二人と別れて騎士団執務棟へ取って返した。

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