(2)粉砕される思惑

「グレイシア。今の話はどういう事かしら? 幾ら何でも、それ程年が変わらないように見える平民を養女にするなど、少々乱暴過ぎる話ではなくて?」

 そう言いながら、些か険しい視線を向けてきたラングレー公爵夫人ミゼリアに向かって、グレイシアは神妙に頭を下げた。


「お久しぶりです、ミゼリアおばさま。ですがこの話は双方にとって、益のある話なのです」

「あら……、それはどういう事かしら? 是非詳細を聞かせて貰いたいわ」

「勿論、ご説明いたします。まず彼女の事情から説明しますと、ユーリアはそちらにおられるシャトナー伯爵の次男であるクリフ殿と恋仲で、婚約しております。それに当たって彼女は近衛騎士団団長を務めているファーレス子爵の養女になった上で、箔付けの為に後宮の上級女官として勤務しており、今現在の私の同僚でもあります」

 彼女に手で指し示され、その場に居合わせた者達は黙礼したクリフを認識すると同時に、少し前に話題になった噂話の内容を思い出した。


「確かにシャトナー伯爵ご夫妻は、温厚で寛容な方でいらした筈ですし、次男の結婚相手が元平民でも、反対などはされないのでしょうね」

 社交界での評判を思い返しながらミゼリアが頷くと、グレイシアがここで困った顔になりながら説明を続けた。


「そうなのですが、最近ファーレス子爵が親族の方から『平民を養女にするなど許し難い』と猛抗議を受けたそうなのです」

「それはまた……、随分狭量な方がいらしたものね。相続などには関係ないでしょうし、他家の事に口を挟む事など無いでしょうに」

「全くですわ。それでユーリアは、善意で養子縁組してくださった子爵に申し訳無く思っておりましたの。一方で私は、この間兄から『ユリエラをお前の養女にしないか』と勧められておりまして……」

 そこでグレイシアが一旦言葉を区切ると、ミゼリアが不審な目をジェイド達に向けた。


「ユリエラをあなたの養女に? それはどういう事かしら?」

「それは……」

 そこでジェイドが弁解しようとしたが、グレイシアが口を挟ませなかった。


「それは兄が、私の行く末を心配した故の事です。私は今現在、前ケライス侯爵夫人の称号と、収益を生活費に充てる為の領地を保持しておりますが、子供はおりませんから何かあった場合、亡夫の遠縁にすぎない現侯爵夫妻のお手を煩わせる事を、密かに心苦しく思っておりました」

「確かにそうね。慶事は予定が立ちますが、凶事は予告なく訪れるのが常ですもの」

 ミゼリアが溜め息を吐くと、グレイシアが相槌を打って続ける。


「それで兄が、『お前はユリエラと仲が良いし、何かあった時の為に養子縁組してはどうか』と勧めてくれたのですが、私の称号と領地は一代限りの物。死後はケライス侯爵家に返還する必要がある為、ユリエラと養子縁組しても、満足に彼女の持参金も用意できません」

「それはそうでしょうね」

「ですがユーリアの結婚に関しては、『貴族籍に入れていただけるだけで十分。この先何があってもグレイシア様に不自由が無いように、我が家が責任を持って取り計らいます』と、クリフ殿とシャトナー伯爵に確約していただきました」

「まあ、それは本当なの?」

 かなりの好条件にミゼリアが驚いて振り返ると、今まで無言を貫いていたクリフは、落ち着き払ってグレイシアの話を肯定した。


「勿論です、ラングレー公爵夫人。父が現ケライス侯爵夫妻と話し合いの場を持ちまして、何か事があった場合、グレイシア様の身の振り方について、シャトナー伯爵家が全面的に責任を持つ事になりました」

「それでは今の話は、現ケライス侯爵夫妻もご承知の事ですのね?」

「はい。それをこちらのご親族の方々にご説明する為に、今回同行させていただきました。グレイシア様を蔑ろにするつもりはありませんが、万が一何か至らない事がございましたら皆様が証人ですので、遠慮なく私どもを糾弾なさってくださって構いません」

 そう断言して真摯に頭を下げたクリフから、再びグレイシアに向き直ったミゼリアは、納得した様子で頷いた。


「なるほど。それなら確かに、双方に益があるお話ですね」

「はい。この年になってまで、実家に心配をかけたくはありませんから」

「現ケライス侯爵夫妻がご承知の上なら、部外者の私達がどうこういう資格はございませんね」

 一族内でも実力者のが話を進めている為、口を挟みたくとも下手に挟めないペーリ公爵夫妻は歯噛みしながら傍観するしか無かったが、そこで彼女が早くも話を纏めにかかった。


「それではユーリアさん」

「はい!」

「元は平民とは言え、あなたはもう、貴族の末席に名を連ねております。グレイシアの顔に泥を塗るような真似は、私が許しませんよ?」

 そう言いながら彼女が軽く睨みつけると、ユーリアは落ち着き払って一分の隙もない礼で応えた。


「重々気をつけます。これから宜しくお導きくださいませ」

「心がけは宜しいみたいですね。それではグレイシア。ユリエラに挨拶は済ませているし、ユーリア嬢を皆様に紹介なさい。まずはリーデン侯爵夫妻に、ご挨拶しないといけないのではなくて?」

「そうさせていただきますわ。それではお兄様、お義姉様、ユリエラ。また後で」

「はい」

「…………」

 すっかりその場を仕切っているミゼリアと、苦虫を噛み潰した表情の兄夫婦と、安堵した表情のユリエラに笑顔を振りまいてから、グレイシア達は名前が出た老夫婦に挨拶をするべく、二人が座って休んでいる壁際に向かった。


「ペーリエ侯爵は愚策を踏みにじられて、相当お怒りのご様子ですよ?」

「放置してください。こんな場所で喚く事はできませんし、無害ですわ」

 囁いてきたクリフにグレイシアが笑って応じると、背後をチラッと振り返ったユーリアも尋ねてくる。

「あの侯爵夫妻に、何やら不満そうな顔で話しかけている、あの若い男の方はご親族ですか?」

 振り返って確認しなくとも、それが誰か推察できたグレイシアは、苦々しい口調で答えた。


「あれがマークス・ダリッシュです。大方『話が違う』とでも、周囲に聞こえない程度の小声で文句を言っているのでしょう。それよりも、こちらに意識を集中してくださいね?」

「分かりました」

 そんな会話をしているうちに、三人は目的の人物の前に立った。


「クレマン様、エレーヌ様、お久しぶりです」

「やあ、グレイシア」

「あなたもお元気そうで何よりだわ」

「お二人にお会いできて嬉しいですわ。是非この機会に、こちらの二人を紹介させてくださいませ」

 微笑みながらグレイシアが夫婦に声をかけ、先程の説明を繰り返しつつユーリア達を紹介する。それから三人は周囲からの興味本位な視線と質問に晒され、パーティーが終了するまで主役の筈のユリエラは勿論、主催者のペーリエ侯爵夫妻以上に、物見高い招待客達に囲まれる事となった。


「グレイシア、元気そうで何よりだな。君の事は私も心配していたよ」

「ありがとうございます。クリフ殿、ユーリア。こちらは私の父の従兄弟に当たる、リスター伯爵クレマン様です」

「初めてお目にかかります」

「お見知りおきくださいませ」

 そして完全に見せ物になりつつも、完全に腹を括って笑顔で対応していたクリフとユーリアは、自然とこの場にいない人物の事を考えた。


(さて、私達が広間で視線を集めている間に、アルティン殿が首尾良く情報収集できると良いんだが)

(人にこんな神経をすり減らす真似をさせて、万が一手ぶらで戻ったら承知しませんよ!?)

 グレイシア達が広間ですっかり話題の中心になっていた頃、アルティナも密かに行動していた。

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