12話「赤い月と青い月」

 それから色々あり、結局エリシアの付き添いとしてマナを推薦する話をユリウスにするのは夜も深くなってからだった。

 そんなに長く話をするつもりはなかったので、夕食の後に廊下の隅で立ち話で済ますことにした。

 月光が差し込む自然な明かりと、洋燈による人工的な灯りが二人を照らす。そんな中で、昼頃のマナとの話をかいつまんでユリウスに伝える。


「なるほど。舞踏会に……ね。確かにマナはおっちょこちょいだけど仕事ができないわけじゃないし、それに君のたってのお願いだ。ボクから彼女を推薦しておこう」

「ありがとうございます」

「ただし、君も行くからね」

「………………はい?」


 聞き間違いではないかと、苦笑いを浮かべてしまう。

 しかし、ユリウスはまるでイタズラに成功した子供のように楽しげに片目を閉じて言葉を続ける。


「だから、サラ。君も舞踏会に行くの」


 サラは聞き間違いではなかったと理解し反論する。


「し、正気ですか⁉︎ 私は青髪白色人ブルディアンですよ。ワールドハウル家やハルデンベルグ家が認めるわけがありません」

「そこはボクが根回しするから大丈夫。それに前例が無いわけじゃないしね」


 前例。

 つまり、過去にリーリエ家に人質としてやってきた青髪白色人ブルディアンの中に舞踏会へ出席した人物がいたのだ。

 そしてそれはサラのよく知る人物でもあった。


「君の父の事さ。話は聞いた事なかったかい?」

「お父様が⁉︎」


 驚きに声を漏らす。

 そもそも父が人質としてこの家にいた事を知ったのが、この家に来た日であるサラがこの話を知っているはずがない。


「彼も乗り気ではなかったのだけどボクが無理やり連れて行ったのさ。ワールドハウルもハルデンベルグもいい顔はしなかったけどね」


 ユリウスは天井を見上げて、遥か昔を思い出し懐かしむように言葉を紡いでいく。

 洋燈の揺れる灯りに照らされるその横顔は小さな笑みを浮かべていた。


「いい顔……どころか、会場にすら入れてくれないと思うのですが」


 両家……特にワールドハウル家の青髪白色人ブルディアン嫌いは周知の事実。そのワールドハウル家が主催する舞踏会なのだから、青髪白色人ブルディアンが参加することなど出来るわけない。

 だというのに、サラの父がおよそ三十年前に舞踏会に参加できたのは何故なのかとサラは疑問に思う。


「あの時はボクのお祖父様がリーリエ家の代表で三大公爵家の中で一番発言力があったからね。お祖父様に頼んで根回ししてもらったのさ。そして、前例さえ作ってしまえ二回目……ってのは楽に交渉できるものなんだよ」

「……ですが、現三大公爵家で最も発言力高いのはワールドハウル家ですよね。前例があるとは言えワールドハウル家が断固拒否すれば私が舞踏会に参加することはできませんよね?」

「ワールドハウル家現代表――グナエウス様ならそうするだろうね。彼の青髪白色人ブルディアン嫌いは歴代でも指折りだしね」


 やはり前例があるとは言えサラが舞踏会にに行くことは難儀するようだ。

 しかしユリウスは不遜な笑みを浮かべて


「……そこをどうにかするのが交渉――ボクの仕事さ。後はボクに任せて君は着ていくドレスの用意でもしてると良いよ」


 ポンっ、とユリウスはサラの頭に触れて本当の娘のように優しく撫でる。

 サラは僅かに身じろいだが、黙ってそれを受け入れる。………………アレ? と、サラは一つの疑問を口にする。


「ドレス……ですか?」


 エリシアの付き添いで行くならばメイド服でいいはず。舞踏会は従者もドレスを着て行くのだろうか。


「そう、ドレス。君はエリシアと同じく主役として行くのだから当然だろ」

「――っ⁉︎ えっ、いや……はい?」

青髪白色人ブルディアン代表家のサラ・アイスブルーとしての君で行くんだ。分相応な格好で行くのが当然だろ」


 従者として、ではなくこの国のもう一つの人種の代表として舞踏会に参加する。

 支配者である金髪褐色人ゴルディアンと被支配者である青髪白色人ブルディアン

 ユリウスは青髪白色人ブルディアンであるサラを対等は立場として舞踏会に参加させる気であるのだ。

 まだ十五歳のサラには重い責任がのしかかる。

 だが、サラはしっかりと決意を示すように


「かしこまりました。代表家として恥のないよう努めさせていただきます」

「うんうん。頑張ってね。――――後相変わらず堅苦しいよ、知ってたけど」


 ユリウスは、それじゃおやすみ、と言ってひらひらと手を振りその場を立ち去っていった。

 ユリウスが立ち去った後もサラはその場を動かずに、大きな窓から覗き見える赤い月を眺めていた。赤い月には悪魔が住んでいる。子供の頃によく耳にした昔話を思い出す。


「確か『赤月の悪魔と青月の天使』だったでしょうか。お父様が子守唄の代わりによくお話ししてくれましたね」


 子供に聴かせる子守唄にしては、怖い話ではしたが……。

 しかし、思い出してみると中々に考えさせられる話ではあったのは確かだ。

 エリシアに今夜にでも聴かせてあげようかな、とサラは考えた。



 ジーー。


「…………」


 ジーー。


「…………何ですか、マナ。あんまに見つめられると……アホが移ってしまいます」

「移んないよ⁉︎ 風邪じゃないんだから」


 ひょこっと、物陰からマナが出てくる。

 期待と不安の眼差しをサラに向けている。


「……で、どうだった?」

「あなたを推薦してくれるそうです。ご主人様の推薦ですからあなたが舞踏会に行くことは確定でしょうね」

「やったーーっ‼︎」

 

 両手を上げてマナは喜びをあらわにする。

 無邪気な子供のように喜ぶマナを見てサラも自然と笑みがこぼれる。


「一応、私も行くことになりそうです」

「へ?」


 ぽかんと口を開けて驚くマナに向かって、サラは肩をすくめてみせる。


「なになに、サラちゃんもご主人様にお願いしたの⁉︎ でもでも大丈夫なの? そのー、アレ・・的に」

「いえ。私がお願いしたわけではなく…………。たぶんご主人様は最初から私を連れて行く気だったのでしょう」

「へぇ〜、よくわかんないけどご主人様の事だから深い考えがあるんだねきっと」


 クルクルーと、その場で回り落ち着きのないマナ。

 念願の舞踏会に行けることが叶い、心の抑揚が身体にも現れている。

 そしてその勢いのままに、ギュッとサラに抱きついてきた。


「――ってことは、サラちゃん一緒に行けるね。どうする〜何する〜? 踊っちゃう? ダンスっちゃう? ご飯楽しみだなぁ〜。絶対美味しいよね」

「ちょっ、マナ、激しい」


 マナはサラに抱きついたままクルクルと回り、振り回す。

 コテっと、足をくじいたかと思うとサラを巻き込んで倒れた。


「あはははっ、ごめん」

「もおマナ、舞い上がりすぎです。少し落ち着いてください」

「えへへ〜、サラちゃんも何だかんだ言って嬉しそうにしてるじゃ〜ん。姫様と一緒に行けるのそんなに嬉しいんだ〜」

「…………顔にでてますか?」

「うん、ばっちし」


 自分ではあまり感情を顔に出さないと思っているサラ。(他人からはそう思われてない)

 マナほどでないにしろ、感情を露わにしたことを恥ずかしむ。


「…………というか、いい加減どいてください」


 サラの上に重なるようにマナは倒れ込んでいた。

 恥ずかしさを誤魔化すように早く退くようにサラは促す。


「あはは、ごめんごめん。…………でも、なんかこうしてるとサラちゃんを襲ってるみ――――」

「いいから早く退きなさい‼︎」

「ふんぎゃっ‼︎」


 サラの手刀がマナの脳天に命中し、マナの悲鳴が廊下に響き渡った。

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褐色妹姫と姉メイド @NURUhisu

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