3 警告

 猫の味之助とともに長野の街に出た俺は、まず善光寺に向かった。

 猫に曳かれて善光寺参りである。

 善光寺は変わった寺で、何の宗派にも属していない。

 老若男女、誰でも受け入れる。猫もきっと大丈夫だろう。


 誰でもOKを象徴するかの如く、ここには「血脈けつみゃく」という印がある。

 落語好きなら聞いたことがあると思うが、この印を額に押してもらうと、それまでの罪が消えて極楽往生が約束されるという超チートな代物である。

 そんなイージーモードで極楽に行けてしまっていいのかとも思うが、とにかく我々が善光寺に参ったのは、この「血脈」が目的である。


 「血脈」を額に押すことで、少しの間、悪霊を払うことができる、押しておいて損はない、と爺さんの遺言に書いてあった。

 しかし、善光寺のどこへ行けば、その「血脈」は手に入るのだろうか、と思うまもなく、味之助が「血脈」の印を抱えてやってきた。


「おまえ、仕事早いな」

 さすがに呆れて、俺はそう言った。

「ええ、血脈のお話は伺っておりましたので、あらかじめ在処ありかを確認しておきました」

「それにしても、いつのまに」

「知一郎ぼっちゃんが、本堂で手を合わせているうちに、さっと行って失敬してきました」

 確かに、便利な猫である。


 血脈の印はずしりと重い金属で出来ていた。善光寺の本尊と同じ材質らしい。

 味之助が、ぽんと、血脈印を額に押してくれた。


 その時である。

「そんなもの押したところで、どうにもならないわよ」

 いきなり声がした。若い女の声である。

「誰だ」

 俺は声の主を確かめるために振り返った。

 あたりを見回してもどこにもいない。


 いないはずである。

 少女は、我々の頭上遙か高く、善光寺の山門の屋根に腰掛けていたのだ。

 漆黒のワンピースに身を包み、長い髪は金色に光っている。肌は抜けるように白い。日本人ではないようだ。


 少女はおもむろに立ち上がると、こう言った。

「もっと屈強な跡継ぎかと思えば、なんだか馬鹿面ね」

 周りにはたくさんの観光客が歩いているのだが、誰も少女に気がつかない。

 少女の声は俺の耳にしか聞こえてこないらしい。


「どこのどなたか知らんが無礼な物言いだな。馬鹿と煙は高いところが好きという言葉を教えてやろう」

 俺の煽りに、少女は顔を紅潮させて叫んだ。煽り耐性が低いとみえる。

「無礼な!我を誰と心得る!この世の光と闇の魔法を一身に宿らせたクイーンデキムなるぞ!」

「光と闇の魔法?どうやら中二病も患っているらしいな」


 俺の横でやりとりを聞いていた味之助が、がたがたと震えだした。

「クイーンデキム!ぼっちゃん、こいつはヤバいです、逃げましょう」

「逃げる前に教えてくれ味之助、クイーンデキムとはいったい何者だ?」

「悪魔です。クイーンデキムとはラテン語で15。タロットで15枚目の札は「悪魔」を意味します。彼女はかなりヤバいレベルの悪魔です」

「なんでそんな奴がここにいるんだよ」

「たぶん呪法力を狙っているのでしょう。以前から敵が来日しているという噂はありました。きっと今回お爺様が亡くなったことで、呪法力を守る力が弱まったと思い、ラスボス自らお出ましということになったのかと」

 

 それが事実なら、俺は相当見くびられているということだ。

 まあ爺さんより頼りないことは認めるが。

 というか、爺さん、あんた滅茶苦茶強かったんだなあ。爺さんの目が黒いうちは、悪魔でも手出しが出来なかったわけだから。

 

「話は済んだ? 降参するなら今のうちよ」

 気がつくと、少女は俺のすぐ目の前に立っていた。

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