勇者の旅‐について行けなかった物語‐

天蛍のえる

 

自分が足手纏いなんだという事は理解していた。


幼馴染みが神託を受け勇者になって『一緒に旅をしよう』と俺を誘ってくれてから、俺達の世界は一気に広がった。はじめのうちは良かった、まだレベルも低く、ステータス上の高い低いもほんの数ポイントで、今から思えば誤差みたいなもんだった。

故郷を離れて数年、俺達は王城を占拠していた魔王軍、四天王の一人に勝利し一躍有名人になった。救国の勇者パーティーに入りたいという者は後を絶たず……圧倒的なステータス差を見せ付けられた。


既に勇者と俺達の間には大きな溝が生まれつつあった、勇者は仲間の誰よりも優れていたのだ。力自慢の戦士より力強く、魔法が得意な魔法使いよりも魔法の扱いに長け、信仰に厚い僧侶よりも神に愛されている。それでも勇者は一人しか居ないから、役割を分担していると考えて自分を納得させる事が出来た。

しかし、自分より優れている相手が勇者と共に戦いたいと言った時、それでも自分が、とは言えなかった。


勇者に引けを取らない力を持つ騎士が、勇者に匹敵する魔法を使う賢者が、勇者と同じくらい神に愛された聖女が現れた時、仲間達は自ら勇者の下を去って行った。


俺だけが勇者のパーティーに残った。戦士より弱く、魔法使いより魔法が下手で、僧侶よりも神の加護が無い俺だけが、見苦しくも居残っていた。


新生した勇者パーティーは破竹の勢いで快勝を続けた。隣国を支配する魔王軍を蹴散らし、遺跡で行われていた邪悪な儀式を止め、魔王軍の持ち出した古代の兵器を破壊し……俺はそんな彼等にただ付いて回っているだけだった。


そしてあの日、もうすぐ次の村が見えてこようかという頃、魔物の奇襲を受けた。


どうやってか頭上から降ってきた、大型の魔物の一撃を背中から受けてから先は俺の記憶に無い。目が覚めたら知らない建物の中で、勇者達がこの村を立ってから三日が過ぎていた。勇者からの言伝も、書き置きも何も無く、置いて行かれた事を悟った。


自分が足手纏いなんだという事は理解していた。

だからって、何も無しに置いて行かれるとは思って無かった。




太陽が頭上に輝いて、暑苦しい程の陽気が地面を照らしていた。

勇者達に置いてけぼりにされた俺は追い掛ける事を諦め、この村で暮らしていく事にした。思えば無理に勇者パーティーに残っていたのも変な意地でしか無かったのかも知れない。

畑仕事なんて故郷に居た時以来だったが「これこそが本来の獲物」とでもいう様に鍬はよく手になじんだ。村の中に畑を作るのには限界がある。畑が広ければ広いほど収穫も増えるが村を守る柵も必要になる。俺に預けられたのはそんな、村から離れた場所にある畑の一つだった。水辺からは少し遠いが地平線が見渡せる拓けた場所で、ここならば魔物に不意を打たれる事も無いだろうと思えた。


「おーい、兄ちゃん!そろそろ帰んべ!」


畑の持ち主であるおじさんが手を振っていた。今日はとりあえず耕すだけだったが明日から本格的な作業が始まるだろう。

『俺はここで暮らしていくんだ』

故郷で無くしてしまった物が頭を過ぎった、打ち消すように此処にある畑とそこから見える景色を胸に刻もうとして



地平線に黒い影が見えた



どうしてこんな事になったのか・・・


考えるまでも無い、自分が弱かったからだ。

かつては魔王軍四天王の一人であり、国一つを任された身でありながらぽっと出の勇者なんぞに負け、支配地を追われなんとか生還した果てに待っていたのは失望・嘲笑・侮蔑に憐憫、生き恥晒してこの始末。最早誰からも期待されず、評価されず、知能の低い魔物を率いて人里を襲うくらいしか魔王軍に貢献出来る事は、自分に出来る事は無かった。

村を焼いた、街を焼いた、魔王軍の恐ろしさを人類に刻んでやった。それでも自分は勇者に負けた魔王軍の恥曝しである事から何も変わらなかった

『もう一度勇者と戦えたならば』

そう考えた事もある。次こそは自分が勝つ、負けたのは何かの間違いだったと……今度は間違いなくトドメを刺してくれと……


忌々しい太陽が頂点に輝いていた、もうすぐ次の村が見えてくるだろう。人間の匂いを嗅ぎ取ったのか魔物達が興奮しているのが見て取れた。こいつらは意志の疎通も出来ない低能の集まりだが、裏を返せば本能に素直で扱いやすいとも言える。どうせ次の村は200人規模の小さな村だ、常駐する騎士団や一騎当千の猛者など居るはずが無い。ならば本能のままに、獣欲のままに


「行け、蹂躙しろ」


喜びの声が、人間共を絶望に陥れる鬨の声が、破滅への足音が……爆音が、響いた。





黒い影が……魔物の群れが黒い染みの様に蠢くのが見えた。


「おじさんは村に伝えて!魔物の群れが……魔王軍が来る!」


言い放ち駆け出す。手にしていた鍬を投げ捨てて、作業の邪魔になっても外すことの無かった自分の獲物に手を伸ばす。


「俺が時間を稼ぎます、その間に早く!」


数日ぶりに手にした愛剣は鍬に浮気した手にもよく馴染んだ。敵は雲霞の如く押し寄せる無数の魔物、それに対してこちらの戦力は自分だけ、剣を手にして何でも出来るような気持ちになるのは子供のうちだけだ。それでも、今の自分ならコイツが居れば、なんとか出来るんだと信じたかった。


「先手必勝!【爆閃魔法】」


魔法使いが得意としていたこの魔法は、派手な音と光を撒き散らす割に威力の方は控えめだ。しかしこれを集団に使えば、目を眩ませ、耳を奪い混乱を巻き起こす事が出来る事を旅の中で何度も見せられた。


爆音が響いた【爆閃魔法】のもう一つの利点は射程が非常に長い事だ。敵が浮き足立っている間に、いくらか距離を縮められた。もう向こうも俺の存在に気付いただろう……ここからが正念場、いや……ここからは死線だ




不意の爆発に魔物達は浮き足立っていた。無理も無かろう、この魔法、この使い方には覚えがある。まだ国を支配していた頃の記憶だ、爆音を調べに行って帰らなかった部下が居た、閃光に視界を奪われている間に斬り殺された部下が居た、爆発に巻き込まれて散っていった部下が居た


「まさか、こんなところで出会えるとはな」


思わぬ幸運に口の端が上がるのが抑えられなくなる。勇者が来る、勇者達が来る、自分を倒した奴らが今度こそ、トドメを刺しに来る。死に場所が向こうからやって来てくれた。ならば今度は死に損なう事の無い様、全力を尽くすしかない。腰に提げていた剣を抜いた、随分と長い間、こいつを振っていない気がした。準備運動代わりに振ると、未だ混乱を続ける魔物達の首が二つ三つぽろりと落ちた、同時に魔物達も爆発の混乱から正気に戻った様だ。だがもう遅い、奴らはすぐそこまで来ている。そら、先兵がやってきた。




100体を超えるであろう魔物の群れに単独で戦いを挑むなんて無謀にも程がある。もしかしたら勇者であればなんて事ないのかも知れないが、生憎と俺は勇者では無い。だからまずは味方が必要で、以前僧侶が教えてくれた基本の神聖術を思い出す。世界には目には見えない神の使い、天使が存在し、神聖術はその力を借りるのだと。そしてその天使を仮初めの肉体に宿らせた姿を『ゴーレム』と呼んだ。


地の底から這い上がるように現れた2つの巨体は、大地をしっかり踏みしめると、これぞ神の裁きとばかりに魔物に強烈な鉄拳を繰り出した。

僧侶であれば10を超えるゴーレムを瞬時に生み出す事も出来たが、あまり信心深い方では無い俺は2体作り出すのが精一杯だ。今はゴーレムが優勢に見えても次第に数の差で押し負ける事は火を見るより明らかだ。だがもとよりゴーレムは囮、この圧倒的数の不利において俺に出来る事はただ一つ、指揮官を倒す……せめて手傷を負わせる事。指揮するモノさえ居なければ魔物をやり過ごす事は然程難しい事では無い、そうでなければ魔物が跋扈する世界であんな小さな村に暮らす事など不可能だ。だから指揮官を無力化出来れば、村を守れる。


駆ける、魔物達がゴーレムに気を取られている間に迂回をするように走る。指揮官は確実に群れの後方に居る、そこを目指して走る。果たして見ただけでどいつが指揮官だと判断出来るかは自信が無いが、他に自分に取れる戦術は思いつかない。これが最良の一手だと信じてひたすらに走る。



見えた



勇者本人では無い、しかし見覚えのある男だった。自分を下した奴らの一員で、剣も魔法も使える厄介な奴であった。得意分野であればパーティーの誰にも敵わないだろうが、何であれある程度出来るという事はチームで戦う時、どこのフォローも出来るという事だ。逆に言えば、一人ならばそれほど恐れる相手では無いという事でもある。

あちらも自分の存在に気付いたのだろう、まっすぐこちらに駆けて来る。敵うと思っているのだろうか?それとも勇者が別の方向から来るのだろうか?どちらであっても構うまい。一息の下に斬り捨ててしまえばいいのだ。

周囲の魔物にはゴーレムに向かう様に指示を出した。魔物に紛れた勇者達に不意を打たれるのは御免だった。どうせなら正々堂々と、正面から対峙して……破れたい



魔物達が引いた。ただ一体残った姿には見覚えがあった。王都を支配していた魔王軍四天王、勇者が居て、幾つもの策で護衛を引き剥がして、5対1の勝負で倒し切れず逃げられた、勇者が取り逃がした唯一の存在だった。

彼我の戦力差はただでさえ比べようも無い程に掛け離れているというのに、ダメ押しの様な現実に絶望の足音すら聞こえて来そうであった。

それでも足を止めたりはしない。足を止めて何か打開策を打ち出せるか?足を止めて誰かに助けを求めるか?どちらも否、時間を掛ければ掛けるだけこちらが不利になるだけだ。戦士の真似事になるが、全速で剣を叩き込む事だけを考えて駆ける。不格好でもいい、力が入らなくてもいい、スピードが足りないよりはマシだと全力で剣を振り抜いて、武器が交差して火花が散った。全力を込めた一撃は呆気なく防がれてしまった……


必殺の筈の一撃は奴の剣によって防がれた。いや、奴の剣と拮抗したというのが正しいだろう。

まさかという心境だ、確かに自分は勇者に敗れた。しかし剣の腕でも力でも若干ではあるが自分の方が勇者より優れていた筈だ。それなのに何故、何故勇者でも無いただの人間と互角なのか。間違いを正すべく、間違いを糾す為に剣を振るう。一撃、二撃、三撃、振るう度に奴もまた剣を振り、火花が散る。何故勇者が現れないか判った。

もう自分の相手などこやつ一人で十分なのだ。それだけの力量差が勇者と自分の間に存在する、それだけの事なのだ。


奴の剣が迫る、咄嗟に払い、受け、流して命を繋ぐ。弄ばれている、そう感じるのは奴の実力ならば俺の首を刈る事くらい容易い事を知っているからだ。奴は勇者と戦士の二人を相手に剣一本で渡り合った実力者だ、俺より遙かに強い二人に勝る奴の剣を俺が受けられる……つまりはそういう事だ。だからと言って嬲り殺されるのを許容出来るか。


「巫山戯るな」

「ふざけんな」


理解できる筈が無い、許容できる筈がない、自分は強いと信じて来た者が、自分は弱いと信じて来た者が、同じ土俵に存在するなどと、信じられるわけが無い。

火花が散る、剣が舞う、目の前の現実を否定せんと二人は剣を振る。永劫とも思えた二人の剣舞が止まったのは二人の剣が朱く輝き、空が茜色に染まってからであった。


魔物達は既に獣欲のまま村を襲いに行ったのだろう、二人の周囲には斬り殺された魔物の死体しか残っては居なかった。


二人は言葉を交わす事もなく、お互い黙ったまま剣を引いた。男は背を向けて村へと走り出した、敵の指揮官を足止めは出来た。相手に遊ばれていたとは言え自分に出来るであろう事はやったと信じていた。しかし彼にとっての現実は『弄ばれるままに時間を浪費された』なのだ。後ろから斬られる事など心配していない、そんな事をするならば遊ばずに斬り殺されていたのだ。惨めだと、自分を卑下しながら村へと走る。敵の掌で踊らされた結末を見届ける為に。


走り去る男の背に斬り掛かれば、もしや勝てるかも知れない。頭に過ぎった言葉は実行に移される事無く過ぎ去って行った。誇りが許さないというわけでは無い、プライドなど既に折れた、ただ……『それでも勝てなかったら』おそらくは二度と立ち直れないだろう。恐怖が剣を振るう事を許さなかった。負け犬という言葉が重くのし掛かる、行き先も思いつかぬままに足は男とは反対に歩き始めた。




これは未来での話、世界を救った勇者は二人居たとされている。一人は魔王を倒すべく、屈強な仲間と共に魔王城に攻め入った勇者。もう一人は人々を守るべく、人々と力を合わせて魔王軍の侵攻を防いだ勇者。どちらが欠けても、人類は滅んでいただろうと言われている。

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勇者の旅‐について行けなかった物語‐ 天蛍のえる @tenkei

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