第5話:「アイデアのヒント」ジャック・フォスター

 広告関係の講座の講師を務めていたというジャック・フォスターによる本で、やはり広告業界周辺の話題が多い。

 内容はちょっと目次を見た限りでは、大したことがないようでもある。


 第1章 アイデアって何だろう

 第5章 子供に戻ろう

 第6章 「知りたがり」になろう

 第9章 いろいろなものを組み合わせてみよう

 第11章 情報をかき集めよう


 この程度のことであれば「もう知っている」と思われても仕方がない。その辺のまとめサイトに書いてあることなので。



 ところが再読してみると、本質的にこの本は要約できない本ではないかと思えるようになってきた。

 というのは、個々の意見を支えるための例が極端に豊富で、そうした例示こそが本書のまさに中身であり、中心であり、重要な要素だからである。


 たとえば「型にはまった生活から抜け出そう」というアドバイスを支える例としては、


 ・これまで一度も聴いたことのなかったラジオ番組を聴いてみよう

 ・ラテン語を勉強しよう

 ・レストランで、よく知らないメニューを注文してみよう

 ・自分が嫌いだと思う映画や演劇を見てみよう

 ・名前を聞いたこともなかった雑誌を読んでみよう

 ・家の近所で三種類の幹に触れてみよう。その手触りだけでどれがどれだかわかるようになろう。


 などが挙げられていて、全部でおよそこの数倍の量(3ページほど)である。


「常識」を破る例としては、ゴッホ、ピカソ、フロイト、パスツール、……その他、何人も挙げた後で「このまま一日中でも一週間でもリストを書き続けていられる」と続く。


 ベーコンの広告案を作る前に「二、三聞きたいことがあるのですが」と質問を始め、延々と質問を続ける例もある(180~186ページまで)。

 「13の半分は?」という問いに対して、延々と回答のパターンを挙げている箇所もある。



 こうした例示の多さからわかるのは、羅列に見えるほどの量と質を持った例示は、かなり大きな説得力を生むということである。切り詰めて「例示イコール説得力」と言ってもいい。理屈より例である。


 鬼がどれほど村人を苦しめてきたか、という面白いエピソードが何千もあれば、最初と最後が平凡な「桃太郎」であっても、それは読み応えのある、夢中になって読める長編小説になり得るのかもしれない。

 たとえばラブレーや、マルケスや、筒井康隆のように名詞の羅列が効果を生むこともある。

 ゴダールのように三百台の自動車の羅列を映すだけでも、映画の優れたワンシーンになるかもしれない。


 本書には逆に、多くのアイデアの中から「これしかない」という一つが選ばれる例もある。第十章のエレベーターや留置場の問題など、実に鮮やかである。



 そういう訳で本書は要約できない。無理に要約すると「要約できない」「例示が豊富」になるが、矛盾している。



 最後に印象に残る部分を二箇所だけ書いておく(「船を燃やせ」というのは「退路を断て」という意味)。


 ↓


 新しいアイデアを出すと反対されたり、拒絶にあうことも多い。だが、覚えておいてほしい。冷笑したり皮肉を言う人もこわいのだ。あなたのアイデアをおそれているのだ。だからこそ、いやみの一つも言ってみたくなるのである。



 あなたがもし失敗したら、どんな言い訳を使うだろうか。使いそうな言い訳は「燃やして」しまおう。

 資金がない?じゃあ、借りればいい。これでもう「資金がなくて」という言い訳には頼れない。

 時間がない?じゃあ、その船も燃やしてしまおう。毎朝一、二時間早く起きて、アイデアのための時間にあてればいい。

 知識が足りない?じゃあ、勉強すればいい。

 船を燃やそう。

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