ep6.平穏主義者の青春-04


 雨音と重なって聞いた言葉は今でも鮮明に思い出せる。

 閑は怖がりもせずあざけりもせず、ただただ面倒くさそうに前髪をいじった。



「あんたがどういう基準で人を殺すかなんて知りたくねーし、どんな気持ちで殺すのかはもっとどうでもいい」

「うん? 知りたいなら教えてあげるよ~! 今なら実践つきコースで!」

「人を飽きたら殺すっていうのも、俺にはわかんねーしどうでもいい」

「……」



 その言葉に吉良はいつもの細い目で笑うだけだった。


 嫌だ。この感じは嫌だ。

 心臓を握り潰されるような、そんな感覚が嫌だ。

 うっとおしい。息苦しい。逃げたい。

 今そこの柵から飛び降りればこいつから逃げられるだろうかと考えてしまう。



「俺は、……あんたに殺されるつもりはない」

「……言ったろ? 二年間、黙ってれば殺さないよ?」

「あぁだから殺されねぇよ。あんたが俺を飽きて捨てたくなっても、俺は殺されねぇ!」



 吹き抜ける風が言葉を載せるようだった。

 あぁ、何だか青春の一ページみたいだ。

 気持ちが悪い。


 だがこれは青春なんかじゃない。

 吹き抜けるような爽やかさと胸を突く甘酸っぱさと手に汗握るような熱さなんかないんだ。


 閑は吉良から目を反らさず立ち尽くした。二人の間の距離は二メートルもない。

 飛びつけばすぐ手が届く距離だ。



「……シズカくんって変だよねぇ、オレみたいな殺人鬼に『助けてくれ~』なんてメッセージ送っちゃって!」

「俺がこうなったのは全部あんたに遭ってからだ。あんたに何とかしてもらわねーと割に合わないだろ」

「どうしてオレがアサシにキミを助けさせたと思う?」



 わからない。わかりたくない。

 そんなのどうでもいい。


 閑は黙って吉良を睨みつけた。

 吉良はニコニコと笑ったまま、ズボンのポケットに手を突っ込んで折り畳みナイフを取り出した。

 パチンという音が響いて消える。シャボン玉が割れる音にしては大きかった。



「オレの大事なオモチャを、他人に勝手に壊されんのはヤなんだよねぇー」



 放り投げたそれは宙をくるりと反転して、吉良の手から更に下に落ちてコンクリートの隙間に突き刺さる。

 そのすぐ傍には、小さな雑草が生えていた。



「シズカくんもさ、青春しないと! 人生で一度きりの高校生活だよ? 楽しまないと~!」



 何度でも言おう、これは青春なんかじゃない。

 もしこれを誰かが青春だというのなら、間違いなくそれは汗と涙だけで出来てなんかいない。

 青春は汗と涙と、血と死体で出来ている。



「俺には青春なんて必要ない」





 ――「平和と殺人鬼と青春」 了



 ...to be continued in "Summer"

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平和と殺人鬼と青春 是人 @core221

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