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「三人目—。この子。タナカツグミちゃん。三十三歳。主婦だったのです」 

 そういいながら、ホシノヒカルは、また三枚の写真を取りだしたんだ。

 ハセガワミヅキをそのまま母親にしたみたいな感じ。この人も、同じタイプのかわいらしい女性だ。一枚目は、朝、子どもを学校に送るところだろうか。出かけるついでに、ゴミ袋を出している。ニットにベージュのトレンチコート。二枚目は、どっかのテーマパークで遊んでいるところ。同年代の女友だちっぽい三人と一緒だ。そして、三枚目、家族と一緒。旦那と小学生の子どもか。河川敷でレジャーシートを敷きランチを食べているらしい。

 よく晴れた休日の風景。川は太陽の光を反射してオレンジ色に輝きながら静かに流れている。

 どの写真でも、彼女は美しく笑っていた。


「おおお、またまた、すんごい美人だなぁ。主婦かー。最近の主婦はかわいいね。この人も亡くなっちゃってんの。マジかよ。がっくしだな」


 最初が女子高生、次が新入社員、そして結婚してママになった主婦。

 見た感じ同じようなタイプのかわいらしい女が三人、順番に亡くなっていってる。それは、事実だ。ヒカルちゃんが関与しているかどうかは、べつの話たけどね。

 でも、ここまでタイプが似てるかわいらしい女性が次々死んでいくのが、単なる偶然なのかなって、刑事課のみんなも疑いはじめてたんだ。偶然というには出来すぎている感じ。なんかホントっぽい。もしかしたら、本当にこの子が殺してたんじゃないか。

 ヤマザキもそんなふうに思いはじめてきたんだと思うよ。

 だから、さっさと帰してしまえばいいものを、ずっと最後まで話を聞いちゃうハメになっていたんだ。


「はい。タナカツグミさん。交通事故死。家の近くの道路を横断しているときに、配送の車にはねられてますね。不幸な事故。前方不注意。運転手は現行犯逮捕。車にも異常なし。ドライバーも正常。配達に追われて急いでいたのと、疲れがたまっていたと供述していますね。この事故は、いくらなんでも仕込むことはできないと思うんですがね」とツムラがいった。

「そうだよな。いくらなんでも、事故は無理っしょ。車に細工してドライバーを殺すとかならわかるけど、車にはねられて死んじゃうって。それは、相当無理っしょ。ヒカルちゃん、この設定は、ちょっと無理があるんじゃないかな?」

「設定とか失礼じゃないですか。ええとですね。十六時二十分なのです。事故が起きたのは十六時二十分」

「を、なんか具体的な時間を、意味ありげにいいだしましたね。ヒカルちゃん」

「タナカツグミちゃんは、月曜から金曜まで、小学生のタカシくんを迎えにいってたんです。おんなじ時間に。そのときに、事故現場の横断歩道をわたる時間が、十六時二十分なんです。ずっとその時間なの」

「えっ、そんなこと調べてたの?」

「確かに、事故は、その時間に起きてますね」

「うーむ。なんか、また、妙にリアルな話になってきたな。やっぱり、ヒカルちゃんそういう才能あるんじゃないのかな」

「そうなんです。ヒカルは、いままでの連続殺人犯のなかでも、すんごく優秀なのです。でも、さすがに事故で殺すという課題を自分で考えたとき、ムリかなとも思ったんですよ。ドライバーを雇うとかなら別ですよ。そういうのは、いままでもあるじゃないですか、ふつうに。誰かと組むとか危険すぎるし安易だし。だから、事故が起きるの確率を上げることにしたんですよ」

「確率?」

「まず、ドライバーを選ぶところからはじめたんです」

「むむ」

「えーとですね。まず、タナカツグミちゃんの家の周りを走っている配送会社の車を調べたんです。夏休みを使って。大変だったんだからね。それから、ドライバーの個人データを調べたんだよ。事故起こしそうなドンくさい人とか。スピード出す人とか。それと、なにかワケありな人とか。でもですね、ドライバーさんって、けっこうマジメで、安定してる人ばっかりなのでした」

「そりゃあ、そうだろ。事故とか起こしたら会社が大変だからな、そういうのしっかり選ぶでしょ」

「そうなんだよね。でもヒカルは、みつけちゃったんだ。ちょっと乱暴な運転する人で、ワケありなドライバー」

「それが、この事件の加害者だっていうの? ヒカルちゃん」

「そうゆうことなんだけどね。そのドライバーに決めてから、その会社に、わたしの自宅宛ての時間指定の荷物を、週に何回も運んでもらったんだ。ちょっとずつ指定時間を変えて。そうやって、十六時二十分に、あの横断歩道を通りがかるようにタイミングを合わせていったんだよ」

「おおお。かわいい主婦のタナカツグミちゃんが、横断歩道をわたる時間に、配送の車が通るようにタイミング合わせていったって。それも、少し乱暴な運転をするドライバーの。なるほど。ヒカルちゃん、やるね。でも、それだけじゃ、十年たっても人身事故にならないでしょ」

「そうなんですよね。でも、確率は上がるんです。まずは、確率を上げるのが大事なのです」

「まあ、ヒカルちゃんがそういうんだったら、そうなんだろうなぁ。な、ツムラ」

「はい、そうなんですけどね。さすがに、そうとうムリがある気がするんですけど」

「失礼ね。ヒカル、ツムラ嫌いかもしれないな」

「えーっ、そんなこといわないでよ、ヒカルちゃん」

「それでね。タイミングを合わせていったら、ほとんど誤差なくタナカツグミさんとドライバーが出会うように調整できたんだよ」

「ううむ。でも、それで待ってても永遠に事故は起きないよね。そこまでしても、確率は一パーセント以下だよね」

「そうなんですう。それで、ヒカルもちょっと、頑張ってみたんだ。時間を調整できたら、あとは、トリガーがあればいいんですよね」

「トリガー?」

「そう、トリガーなんですよ。それは携帯電話。ドライバー直通の携帯電話だったのだ」

「はあ?」と、ヤマザキ。

「だから、彼女が道路を横断するでしょ。そこに配送の車が通りがかるでしょ。そのタイミングでドライバーの携帯を鳴らしたんだよ」

「いやいや、絶対、携帯とか出ないでしょ。取らない取らない。あの人たちはそういうの厳しく教育されているから。『運転中です』ってアナウンスが流れてさ。さすがに運転中は携帯とらないでしょ。な、ツムラ」

「はい。そうですね。そういうの厳しく指導されているんですよ。多少乱暴な運転する人はいても、運転中に携帯出るとかないですよ」

「ですよね。そうなんですよ。ドライバーさんって運転中は携帯出ないんですよ、ふつう。でも、ここがヒカルマジックなんですけどね。たとえば、その電話が、かかってくるはずのない相手とかからだったらどう?」

「ん? どういうこと。それって怖い話? 過去の自分から電話が来たとか? 幽霊からの電話とか、そういう系?」

「カトウシュウジ 四十五歳」とホシノヒカルがつぶやく。

「あ、加害者の名前と当時の年齢です。カトウシュウジ 四十五歳」と、画面を見てツムラがいった。

「カトウさんは、その二年前に奥さんと娘さんを失っているんですよ。交通事故で。しってました? もう、泣き暮らしたらしいですよ。カトウさん」

「いやいや、そんな情報はしらないなあ。しらないし、出てこないよ。それ、事故と関係ないもの」

「亡くなったはずの娘さんから、電話がかかってきたらどうなります?」

「ん? どういうこと? ヒカルちゃんがその娘さんの携帯持ってるってこと? いや、そんなんすぐにばれるし、契約解除されちゃうだろうし。ムリでしょ、そういうのムリでしょ」

「え? 警察ならしってると思いました。携帯の発信者番号って、どうにでもなるものなんですよ。ちょっと前に流行ったじゃないですか。海外の業者経由して、発信者番号を110番に偽装して、詐欺に巻き込むっていう手口が。すぐに規制されたみたいなんだけどね。番号の偽装ができるアプリとか、いまでも普通に出回っているよ」

「ん? そうなのか?」ヤマザキはツムラのほうを向く。

「はい。実は、まだ、けっこう出回っていますね。こういうのイタチごっこなんで。少し検索すれば手に入りますよ、アプリ。ただ、一回の通話あたり数千円かかりますけどね」とツムラがいった。

「えっ、そうなの? そうなんだ。ヤバいじゃんヤバいじゃん日本。そんな勝手に適当な番号から電話かけられたら、発信者番号表示の意味ないじゃん。ダメじゃん」

「そうなのです。ダメダメなのです。ある五月の午後。十六時二十分。あの場所を通るタナカツグミさんのところにカトウさんの運転する配送車が通るタイミング。ヒカルは、携帯電話の発信者番号をカトウさんの娘さんの携帯番号に偽装して、電話をかけちゃったんです。携帯鳴ったら、出ないつもりでも一応ちらっと画面をみるでしょ。ほんの一瞬だけどね。そしたら、亡くなったはずの娘さんの名前と登録してた写真がディスプレイに表示されるんですよ。はっと思うでしょ。冷静でなんかいられない。思わず、電話を手にとって出ちゃうんですよね。信号が赤に変わってるのに。このときは、電話するタイミングを取るために、ヒカル、現場にいたんだよ。そして、計算通りに、ドンって音がしたんだ。なんか、嫌な音。まだ耳に残ってる。行かなきゃ良かったです」

「……」ヤマザキは、冷たいものが背筋を通り過ぎるのを感じた。

 ツムラがパソコンに表示している記録によると、ドライバーのカトウシュウジは、赤信号に気づかず交差点に進入しタナカツグミさんを轢いた。ぶつかったショックでブレーキを踏んだが遅かったと供述していた。

「どうですか。これがヒカルの連続殺人なのです! すごいでしょ」


「うーん。ヒカルちゃんすごーいっていいたいところなんだけどね。ヒカルちゃんさ。正直、この話だけじゃ、なんの証拠もないし。確証がないんだよなー。な、ツムラ」

「そうなんですよね。ヒカルちゃんの話だけでは、なんともいえませんね」

「それと、マジメな話な。どうしても違和感が残るのは、動機がないってことなんだよね。べつに恨みをもっているわけでもないし、連続殺人鬼によくあるような、殺すことで性的快感を感じているわけでもない。人が死ぬのが好きなら、現場にいかない意味がわかんないし。なんか、そこんとこがピンとこないんだよね。な、ツムラ」

「はい、そうなんですよ。よく似た印象の女性が死んでいるってことが不気味なだけで、この三人を殺していく意味がわかんないですね」

「そんなの、自分の能力を試してみたいからに決まってるじゃないですか」

「それが、わっかんないんだよね。だったら、べつに実際に殺す必要ないし、殺すにしても、最初の毒とかでいいじゃん。病死、自殺、事故とか、どんどんハードル上げていかなくても」

「刑事さんだって、難しい事件のほうが面白いんじゃないですか? 難事件萌え的な感じっていうの? ヒカルは、難しい殺人のほうが萌え萌えなのです」

「いやいや、俺なんかムリムリ。難しい事件とか、めんどくさい捜査とか、ムリ。楽しいわけないでしょ。むしろラクなほうがいいな。それが理想でしょ。できれば、スピーディに軽やかに解決できる事件がいいじゃない」

「そうなのか。そういう人は刑事やっちゃダメだと思います」

「いやいや、ドラマに出てくるみたいな刑事ばっかりじゃないから。というわけで、このお話だけでは、ヒカルちゃんを殺人犯にするのはムリだな

「なあんだ。そうか。せっかく自首してきたのに残念だなぁ。ちゃんと手がかりになる写真まで持ってきたのに」

「その写真だってさ。ヒカルちゃんが撮ったものとはかぎらないじゃない。写真なんてネットにいくらでも散らばっているっしょ。部屋に忍び込んで奪ったのかもしれない。ヒカルちゃんさ、オジサン、一応お説教っぽいこといっておくけど、それ、悪趣味だよ。人の死を、そういう風にストーリーつけて話すっていうのは、とてつもなく悪趣味。そうそう、ヒカルちゃんは、単なる妄想に取り憑かれたストーカーみたいになってるよ。生きている人間につきまとうストーカーじゃなくて、亡くなった人間につきまとうストーカー」

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