予測変換の壁の中

@kyozo_ho

端末に文字を入力すると、すぐにその文字列の意味をコンピュータが提示してくる。スペースキーをタップすると、他の候補がズラリと並ぶ。


世界は決められている。モギケンイチローという人だったか、ヨーロータケシという人だったか、「脳化」という鍵言葉でそういうイメージを開いていた。何となく、重苦しい。


端末がノートやカンバスに変わっても、同じようなもので、全ての媒体で概ね脳の中に立ち上がる原像は顕されている。今さら何をする気もおきない。


物憂さを晴らすには冷たいシャワーや喉を切る炭酸水、メントールのタバコ、自分で作る切り傷、他いろいろ。


予測変換の壁の中では、定型的な振る舞いから逃れられない。でも定型にはまりきらない身体的なエネルギー、ないし神経の発火がある。それは“ノイズ”なんだと思う。“ノイズ”のない人間はいない。“ノイズ”が正調音律を妨げない人がいる。いや、ほとんどの人間が正調音律と“ノイズ”の調和する時間を経験している。その時間ではない人間が多い。その時間であり続ける人間は少ない。その時間が訪れない人間もいる。量の過多はともかく、“ノイズ”は平等に遍在する。


これらは予測変換機能を有する機器により得られた情報を、予測変換機能を用いて編んだ文章である。誰もが書きえたし、誰かが書いていたかも知れないし、また誰かが書くかもしれない。


ただ私は、この壁の中で、消えてしまいそうに希薄な自分自身を、こうして一つの“ノイズ”に変えておきたかった。


端末の前に、寂しさが一つ。

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