第7話 トライアングル・C~停滞~

 あの佐倉曜子と萩原美咲の二人の出会いから、一週間ぐらいたった頃。 僕は、一軒の見知らぬ家の前に立っていた。放課後、教室に萩原美咲がいつものようにやって来て、ここに連れて来られてたのである。

「この家って、萩原さんの?」

「えっ? 違う違う。友達の家なの」

僕の問いの美咲は、少し驚いた様子でそう答えた。

「じゃあ、なぜ僕を?」

美咲の友達の家に僕を連れて来た理由がわからずに再びそう問いかけた。

「うん、ちょっと気になる事があって、大槻君のクラスの沢田久美子って子。最近、ずっと学校休んでいるみたいだから、気になって」

「えっ、僕のクラスの」

そう言えば、僕の隣の席が最近空席だったと事を思い出した。それにしても、その子の家に僕を連れてきた理由がいまいち理解できなかった。美咲は、家の呼出ベルをならし、出てきた40才くらいのおばさんに挨拶をする。しばらく、美咲は、そのおばさんと話をしていたが、そのおばさんは、美咲を招き入れるように玄関の扉をひらいたのだ。そして、美咲は、僕の方へ振り返る。

「そんな所で、立ってないで。こっちに来て」

美咲は、そう言って僕と共に沢田久美子の家の中へと足を踏み入れた。


 日当たりの良い二階の角部屋。本来なら、太陽の光が部屋のなかを明るく照らすだろうその部屋は、分厚いカーテンにより太陽光が遮られていた。薄暗く、陰湿な雰囲気がその部屋を支配していたのだ。僕と美咲が案内された部屋。沢田久美子の部屋である。その部屋の壁側の角にあるベッドの上で小さく布団を被った一人の少女の姿があった。その姿は、まるで何かに怯えてるようだった。

「久しぶりだね。久美子ちゃん、どうして最近学校休んでいるの? 何かあったの?」

美咲は、久美子の異常な姿に怯みもせずにそう言って、彼女にそばにゆっくりと近づいていった。すると、久美子は、ゆっくりと顔を持ち上げた。

「えっ……み……さき?」

久美子は、驚いた様子で美咲の姿を確かめるように眺めた。そして、突然美咲の身体にしがみつき嗚咽をあげて泣き出したのだ。

「よしよし、どうしたの? なにがあったの?」

美咲は、自分にしがみつき啜り泣く久美子の頭をなでながら、そうやさしくもう一度問いかけた。



 沢田久美子が学校を休むようになったのは、ある出来事が原因だった。その出来事と言うのは、三角関係と言うかそれに近い少し違和感の残る話だった。ようするに沢田久美子は、レイプされたのである。それも親友である村山恵理子の恋人の男性に。その男性の名前は、長谷川祐二。その精神的なショックから、立ち直れずに沢田久美子は、引きこもってしまったと言うわけである。 一通り久美子の話を聞き終えた美咲は、彼女の耳元でささやくように問いかける。

「ねえ、久美子ちゃんは、どうしたいの?」

僕は、そんな美咲の姿を見て、ゾクリとその身を震わせた。なんでもない問いかけだった。それでも何か僕の心の角が疼いたである。

「警察に言って。長谷川祐二を訴える?」

美咲のその問いかけに久美子は、首を左右に振る。

「じゃあ。長谷川祐二に復讐でもする?」

その問いかけにも久美子は、首を左右に振った。どうやら、久美子は、自分をレイプした長谷川祐二を訴えるつもりも復讐するつもりもないらしい。彼女が心を痛めてるのは、どうも親友である村山恵理子との関係。 久美子は、長谷川祐二によって壊され捩れてしまった親友との関係修復をしたいと言うのだ。だが、その勇気も行動力もなく引きこもっていた。



 沢田久美子の家を後にした僕と美咲は、しばらく無言で駅前まで続く道を歩き続けていた。

「大槻君、これは、とれも大きな事件です。一緒に解決しましょ」

美咲が唐突にそう声を上げて、僕の前に回りこんだ。

「解決? 沢田久美子の手助けをするってこと?」

「うんうん、人間ってね。大きな壁にぶち当たると同じ所で思考がグルグルまわりだすの。勇気がある人、前向きな人は、そこから、飛び出せるんだけど。久美子ちゃのような子は、一歩も動けずに停滞しちゃうんだよ」

「それは、心が弱いから?」

「そうだね。心が停滞するのは、とてもよくない事だと思うの」

「停滞は、いけない事?」

「うん」

「動き出す事は、いい事?」

「そうだよ。どんな形であれ動きださないと、何も始まらないでしょ」

そう言って、美咲は、にっこりと笑みを浮かべた。

「ねぇ。大槻君となら、出来そうな気がするの。なんでも出来そう。そうだね、出来ない事ないくらいに」

美咲のその言葉は、今の僕には、とても魅力的に聞こえた。 人形である僕が美咲と一緒になんでも出来るようになる。それは、とても魅力的な話だった

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センス @serai

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