真っ白な綿毛は優しい風とともに

盗賊団で先行暗殺の役目を担うのは人の名すら与えられぬ奴隷。
過酷な境遇は彼の声と瞳から生気を奪い、暴力をかざす頭領に怯えながら言われるがままにその手を汚す日々。
そんな彼の前に連れてこられた天真爛漫な少女によって、止まっていた運命の歯車が再び廻り出し・・・

描かれた過去は読むに堪えないほど悲惨なものです。
作者のサディスティックな性癖を押し付けるかのような残虐描写でいかに悍ましいものを書けるか競い合う小説は数多ありますが、この作品はそれらの嗜虐的作品群とは一線を画しています。
あくまで物語を、舞台を、時代を構成する一要素として、生きたキャラたちが繰り広げる策略の応酬、渦巻く野望の裏側でしわ寄せとして生み出された惨劇は、だからこそ読者を否応なしに引き込む力があります。

そして何より、この物語を読み続けずにいられないのは、一筋の光としてもたらされた少女の魅力と、それにより徐々に引き出される青年の優しさが織りなす眩しい愛情に未来への希望を見て、その行く末を応援したいと思うからではないでしょうか。
肥溜めのような世界の中で2人の関係はどこまでもプラトニック。男女の情愛は一切挟まず、お互いをいたわり大事に思う心が宝石の輝きを放っています。

大国の思惑、利害の絡み合い、戦略的要所の攻略作戦など、物語全体の構成も非常によく練り込まれていて、予想もつかない手に汗握る展開は実に見事です。

吠えない犬が吠えられるようになるまで、噛めない猫が噛めるようになるまで・・・失ったものは大きいですが、それよりも2人が得たもののほうがさらに大きいということを、悲壮感を微塵も漂わせない2人の様子から伺うことができ頼もしく思いました。
これからは自由な空の下、お互い寄り添って存分に幸せな生活を満喫して欲しいと心から願っています。

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