36話:頂点に座す者

 ひと昔前ならいざ知らず、狭間の世界では、怪我の心配をすることはまずない。

 魔法指輪マジックリングの自動防御は、魔素の異常な流れを検知し自動発動するためだ。狭間の世界に存在する全ての物質には魔素が宿っているからこそ、可能なことであると言えるだろう。

 それは当然、そこに住む人々にとっては有難い恩恵ではあるのだが、視点を変えれば必ずしも良いことばかりではない。

 治療行為を必要としなくなれば、癒すことを生業とする人間は職を追われるからだ。しかしながら、それでも職業として成り立つには理由がある。


 魔法が想像イマジネーションによって精度に差がでる以上、医療関係者は一人の例外もなく医師免許を取得している。人体構造を熟知することこそ回復魔法の精度を高めることに他ならないからだ。

 ただでさえ生属性に適正ある魔法使いが少ない上、現実世界でも医者になれるだけの知識、技術を必要とするならば、絶対数は限られる。つまり、職にあぶれない程度には人員不足であり、適正数なのだ。

 とはいえ、医療行為など状況次第だ。戦時下や突発的な大規模災害となれば一瞬にして人手が足りなくなる。そこで活躍するのが、平時における治療薬ポーションの備蓄だ。

 患者のいない手隙の時間を使っては、治療薬ポーションの量産。植物の品種改良、促進などが主な業務になる。もちろん日々増え続ける、医療知識のアップデートには事欠かない。


 時間も昼時を過ぎ、診察室のデスクに座り、手製の竹網弁当を開き昼食を取っていた時だ。

 来客予定のないタイミングで、診察室の扉が開かれた。誰かが入室してきた気配を感じ取ったシグレは、口に運ぼうとした箸を止め、入口に向かって椅子を回転させた。

 診察室との間にかけられた暖簾のれんが持ち上がり、姿を現したのは二本の髪を揺らす小柄な女性だった。


「あら、大賢者じゃないですか。どうしたんです、こんなところに?」

「ご無沙汰しておりますシグレ先生」


 体格の大きな方が有利な魔法使いにあって、一四八センチメートルという賢者最小三人組トリオの一人。大賢者という最高位の地位もあって、本来であれば引見する側の立場にある者だ。その彼女が自ら医療部門の最高責任者という肩書はあれど一介の賢者の元へ訪れるというのは、珍しいことである。

 ルリは机の上に広げられていた昼食を目にすると、丁寧に頭を下げた。


「お食事中でしたか、失礼しました」

「お気になさらず。今日はどういった用件です?」

「はい。先日の浅輝葵沙那さんの診断結果を受け取りに参りました。内容が内容ですので、漏洩の危険を考え直接データを頂きたく参上した次第です」


 普段から人当たりの良いシグレだが、瞬時にして表情を硬化させた。

 シグレは無言で鍵付きの引き出しを開くと、中からクリアファイルを取り出しルリに差しだした。


「……これは、表に出せませんね」


 受け取ったカルテに目を通していたルリだったが、その声音には覇気がない。


「大賢者も知っての通り、二世理論はもはや常識となりつつあるわ」


「魔法使いの親から生まれた子供は、一件の例外もなく親よりも優秀な魔法使いとして生を受ける。というものですね」


「ええ。何を以って優秀とするのか議論の余地はあるけれど、少なくとも魔力の総量に関しては確実に親を凌ぐことは確定している。そのこともあって、近年では結婚相手パートナーの条件にする者もいる。ただ……」


 ルリの目を見て話していたシグレだったが、視線を彼女の持つカルテへと落とす。視線を誘導されたことで、ルリはカルテに記されたある部分を見やる。

 そこには患者の名前である――葵沙那の文字が印字されていた。


「御三家の一角、浅輝家の庇護ひご下にあるとは言っても、今回の件でどこまで隠しきれるかというのが率直な意見ね」


「戸籍は浅輝家のお力で改竄かいざんしているとはいえ、DNAまではどうしようもありませんからね。幸い外見的特徴からは、違和感を持たれるほどではないとはいえ、顔つきも大人びてきています。気づくとしたら……アイヴィーさんでしょうか?」


「その可能性は低くはないわ。あの子は仮にも元精霊の使徒所属の魔法使い。信仰対象だった【雷精霊ヴォルト御幸とは他の人より多く接する機会があった。二世理論では、親が先天性魔力異常なら子に遺伝するのではないかって噂があるけれど――」


「すでに遺伝することは確定しています。いつまでも隠し通せるわけではありませんから、早急な対応は必要でしょう」


 もし公に認めてしまえば、それ以外の要素も遺伝するのではないかと勘繰られる。これは浅輝葵沙那の出自を知る者が全力で秘匿しなければならない事実なのだ。

 かつての魔導大戦。最初は組織間の小競り合いだったものが、大陸全土を巻き込む大戦となった。この原因となるのが自然を操る能力者である【始まりの魔法使い】の死である。

 それまでは始祖が睨みを利かすことで、下手なことができなかった組織間だが、このタガが外れる。

 起因となるのが十五年前の〝原初の戦い〟だ。二人目の能力者とされる【雷精霊ヴォルト】と【始まりの魔法使い】という能力者同士の直接対決。結果は相打ち。共にこの世を去ることで決着を見たが、制御を失った魔法使いたちは大規模な抗争へと舵を切ることになる。

 のちに暗黒時代とされる魔導大戦中期の訪れである。


「今のところは、風間君の技の副作用ってことで、もっともらしい言い訳をしているけれど、どこまで時間が稼げのかというのが率直な意見よ」


「実際には眠れる才能を刺激したというのが正解ですからね」


 言ってルリはカルテに記される内容に目を向ける。見る人が見れば一目瞭然だった。遺伝しているのだ。雷精霊ヴォルトの能力者としての才能が。子である葵沙那に。能力者として目覚め始めている彼女の存在は、始祖の死という前例からも安易に公表などできようはずもない。


「とりあえず、この件は持ち帰り理事長に話を通します」

「お願いします大賢者」


 ルリはカルテをカバンにしまうと、一礼し診察室を後にした。




 * * *




 謁見の間に通された四人は玉座に座る一人の少女の迫力に気圧されていた。

 年の頃は十歳前後。足首まで伸びる純白のシフォンワンピース以外に目立った装飾はなく、隣で立つシュラの豪奢な装備と比べれれば差は歴然だ。

 この恰好で外を歩いていれば、誰がどう見ても小学生にしか見えない賢者最小三人組トリオの一人で身長はわずかに一四二センチメートルしかない。

 腰まで伸びる黒髪と、愛玩動物のような可愛さを持つ垂れ下がった目尻。そんな見た目を軽々弾き飛ばす、莫大なまでの魔力量。アイヴィーと同等か、あるいはそれ以上の魔力量は間違いなく先天性魔力異常持ちであることを示していた。


「初めまして、妾が国際魔導機関理事長、雨宮奏である。本来であればもっと早くにこの場を設けたかったのだが、調整に手間取って今日までずれ込んでしまった。そなたらには悪いことをした。すまなかったの。さて、この後も少々込み合っておっての、早速で悪いが本題に入らせてもらうぞ」


 子供らしい声の高さでありながら、歴戦の猛者が持つ貫禄を併せ持った声質。ただただ四人は圧倒されながら、雨宮の言に耳を傾ける。


「新人類党の拠点が判明した。ついては、その戦いに、そなたたち四人を招集する運びとなった」


 予想だにしなかった話だったが、明確な反応を見せた中学生組と違いアイヴィーとユイは微動だにしなかった。普段の装いと違って動いやすい服装である時点で、事前に知らされていたことが伺える。


「シュラよ」


 一言。理事長が隣のシュラに声をかけると、一歩前に出て、手にしていた紙を読み上げ始めた。



 ☆ ☆ ☆



北方攻略組(理事会派)


小さな巨人スモールタイタン】雨宮奏:ビッグ4

 国際魔導機関理事長(元魔導研究機構最高責任者)


火精霊サラマンダー】グレン=ガルマ:七帝

 国際魔導機関理事(元世界政府上院議員議長)


【風神】ファナン=エグザエル:七帝

 国際魔導機関理事(元四宝の番人)


【竜王】橘流星:七帝

 賢人会第七席(元世界政府上院議員副議長・離反のち革命軍サブリーダー)


支配者の反乱リボルトルーラー】ロベルト=アルジャーノン

 賢人会第八席(元革命軍リーダー)



 ☆ ☆ ☆



西方攻略組(五英傑)


大天使アークエンジェル】七星美羽:ビッグ4

 賢人会第一席(大戦時無所属)


怒り狂う治癒師バーサクヒーラー】氷室ナギ

 賢人会第三席(マジックギルド・サブギルドマスター)


風精霊シルフ】緋鞠瑠璃:七帝

 大賢者(元魔導研究機構技術開発局局長)


記憶の記録メモリーズレコード】エミリア=バダムスキー

 賢人会第九席(大戦時無所属)


聖騎士ホーリーナイト】ラルティーク=セイキス

 賢人会第十席(元学徒連合総大将・魔導学園卒業試験歴代二位)



 ☆ ☆ ☆



南方攻略組(マジックギルド)


【氷雪の魔女】沢城美羽:ビッグ4

 賢人会第二席(マジックギルド・ギルドマスター)


【絡め手】ルース=アプリコット

 幹部会・付与魔法第一人者(マジックギルド)


【反魂の雪女】レベッカ=アルザッフィル

 幹部会・生属性第一人者(マジックギルド)


【深淵】ヴァネッサ=ルフィス

 幹部会・闇属性第一人者(マジックギルド)


【漆黒の十字】シャナル=グラディアナ

 幹部会・聖属性第一人者(マジックギルド)



 ☆ ☆ ☆



東方攻略組(人体実験被験体)


闇精霊シェイド】九条梓:ビッグ4

 大賢者


【浄化業炎】フレア=エストニック

 ライゼル国・女王


【神聖水】レディス=ニコルヌ:グランチェット国第一王位継承者(王女)

 幹部会・水属性第一人者(元魔導学園理事長娘)


【魔狼】ソフィア=バローネ

 幹部会・魔属性第一人者


【天空の支配者】レイス=マクレン

 幹部会・天属性第一人者



 ☆ ☆ ☆



後方待機組(A級大魔導士)


悪魔の人格シュラ】ルーザス=ジェネレイシス

 賢人会第六席(元血の精鋭総隊長)


射る者ヘカテー】南雲優衣

 ランキング一位(魔導学園卒業試験歴代三位)


戦乙女ワルキューレ】浅輝葵沙那

 ランキング四位


【暴風姫】テレサ=ヒメネス

 ランキング五位(魔導学園卒業試験歴代五位)


【心眼】柳生千狐

 ランキング六位


【地母神】モニカ=グラシア

 ランキング十位


【氷狼】クウェキト=ルフマン

 ランキング十二位(マジックギルド)


万能薬師エリクサー】アイヴィー=バセット:リグレイス国第一王位継承者(王女)

 ランキング二十五位(元精霊の使徒・第十二使徒)


完璧主義者パーフェショナル】ミハエル=アルバートン

 ランキング二十八位


【月詠】ドロシー=アルフォード

 ランキング三十六位(マジックギルド、魔導学園卒業試験歴代一位)


三日月セレネ】月城真奈

 ランキング四十二位


【】風間翔

 D級魔法使い



 ☆ ☆ ☆



「――以上三十二名による少数精鋭部隊を結成。一週間後の四月八日、土曜日、十三時〇〇分ヒトサンマルマル、新人類党の拠点であるヴェザリアンド山脈に強襲をかける」


 説明を聞き終えたところで、キサが手を挙げた。


「魔法が使えなくなった私に何かできるとは思わないけど、どうするつもりなんですか?」

「それなら問題ねぇ。魔法文字ルーン刺繍を施した下着インナーの作成を風精霊シルフの奴に手配している。他に何かあるか?」

「んじゃ、私からもいい?」


 代わってアイヴィーが声を発すると、雨宮が対応する。


「構わんよ。妾が答えよう」

「そう。なら、メンバー招集の基準は何? 実力的には他に相応しい人がいると思うんだけど」


「王国側に残す戦力との兼ね合いであるな。賢者と言えど、評議会とA級大魔導士では、それほど実力に差はない。そうであれば、各国の王帝を筆頭に、自国の守護を評議会に任せる方が確実だ。A級大魔導士のメンバーは、実力よりも戦略上のバランスを重視した人選であるな」


「なら次に、あえて魔導試験、それも賢者昇級試験に日程を合わせた理由は何?」


「先ほどの下着インナーの作成期間もあるが、敵の目を欺くためだの。試験を通常通り執り行えば、よもやこのタイミングで攻めてくるとは思うまい。招集メンバーは全員試験を午前中に割り当てるよう、すでに手配しておる。試験終了後は順次所定の位置に集まってもらう」


「なるほど。なら私からは、もうないかな」


 納得したアイヴィーが引き下がるのを受け、雨宮はシュラに目配せする。頷くシュラは続けて手にしていた資料をめくった。


「当日の戦術だが、本命はあくまで東西南北から攻め入る賢者たちだ。とはいえ、不測の事態、主に魔物の群れの対処が必要になってくる。暴君がこちらの混乱を狙って直接王国側に魔物を転移させるか、賢者の迎撃に当たらせるか読めない以上、対応が必要になってくる」


「それが私らの役目ってことだね」


「そうだ。敵の行動に合わせて、俺たち後方待機組は柔軟に動く。と言っても魔力の消費量から考えて転移魔法の乱発はまずねぇ。前回の大規模部隊の例もあるしな」


 魔王と遭遇する直前の魔物の群れ。通常ではあり得ない数の遭遇だったわけだが、障壁ゲートを用いない呪文スペルで発動したならば、魔力消費量も馬鹿にならない。

 ましてやこれから侵攻してきた賢者と一戦交えることを考慮すれば、無駄に魔力を消費するのは悪手だ。可能性としては、王国近郊への大規模転送が最も現実的であろう。

 もちろん市街地へ直接転移もなくはないが、レベル6の魔法にも耐えられる自動防御システムを有する魔法指輪マジックリングがある以上、それは考えにくい。魔貴や魔王級ならいざ知らず、ただの魔物程度なら十分逃げ切れるだけの時間は持つ。

 特に支障となるのは、障害物の塊である市街地だろう。魔王が地面をぶち破って出てきたように、転移先の座標次第では埋まる。魔王なら可能なことでも、ただの魔物ならそのまま埋まってあの世行きだ。


「つまり、俺たちは王国近郊へ転移された魔物を相手取る。まず起点となるのは、地母神モニカと氷狼クウェキト――」


 そこからシュラはたっぷり時間をかけて当日の戦術説明を始めた。

 最硬石アダマンタイトの生成に定評のある地母神モニカと、同じく聖金属オリハルコンの錬成が可能な氷狼クウェキトによる簡易拠点の生成。それを二つ名の由来にもなっている月詠ドロシーの特殊な魔石〝勾玉〟で補強し、ショウが付与魔法ルーンを施す。

 射る者ヘカテーユイを中心に、なんでもできる万能な戦乙女ワルキューレキサと完璧主義者パーフェショナルミハエルが長距離から攻撃を仕掛け、心眼チコと暴風姫テレサが制空権を確保。

 拠点が完成次第、氷狼クウェキトを含め、キサ、ミハエルも空中戦に参戦。地上部隊は主に、モニカの地形変化で敵を足止めしつつ、それでも突破してきた敵を、シュラとドロシーの二トップが各個撃破。

 ショウは防衛に専念しつつ、万能薬師エリクサーアイヴィーの広域殲滅魔法で一掃。攻撃の要にして、最終防衛ラインでもあるアイヴィーの守護として瞬発力、攻撃力に長けた三日月セレネ月城を配置する。


「――とこれが当日の流れだ。アイヴィー、事前に確認していたあれはどうなってる?」

「問題ないよ。ショウ坊の検査で採血は定期的にやってるかんね。本来の用途とは違うけど、まぁ、ストックは十分かな」

「ストックって何の話ですか?」


 突如、自身の名前が浮上したことでショウが困惑の表情を浮かべた。


「今回の強襲は速度が命だ。一気呵成に事を運ぶには、自前の魔法だけじゃ足りねぇ。そこで坊主には、てめぇも含めた三十二名全員に例の五重強化を施してもらう」


 シュラのとんでもない命令に、それがどれだけ大変なのかを知るショウは「げっ」と思わず言葉を漏らした。五重強化ともなれば、一人当たりの処置はゆうに一時間を超える。それを人数分だけ施そうとすれば、とてもではないが一日かけても終わらない。

 それどころか、間違いなく失血死できる血液量が必要となる。だからこその事前確認だったのだろう。自前の血液ではなく、検査で採取していた過去のものを流用すれば、血が足りなくなることはない。


「そういうことでだ、坊主には二日前の六日から処置に当たってもらう。血文字は落ちねぇよう風精霊シルフと絡め手が保護を担当するってことで話はつけてある」


 理事長が先ほど調節という言葉を発したように、すでに何もかもが決まったあとだった。こうなれば反論の余地はなく、了承するしかない。

 何より、シュラの読み上げている紙の表紙に当たる部分には見覚えがあった。

 計画の重要度からしても、ほぼ間違いなく最重要機密任務シークレットミッションであることに疑いの余地はない。


「そなたたちにとっては立て続けの任務になるわけだが、相応の報酬も用意しておる。特に今回のヴェザリアンド山脈強襲作戦に失敗があってはならん。そこで、戦力増強も兼ねて、前回の任務の報酬を今ここで与えよう。もちろん、今すぐ用意できるものに限るが、それ以外も即日用意させる。申してみよ」


 いまだ精霊文字ヒエログリフの解読が難航している状況だったが、進行度の確認すらせずに報酬の話を持ち出す。これだけでも今回の作戦の本気度が伺える。

 予想だにしない展開に、そもそも報酬がなんだったのかと視線を泳がせるショウだったが、女性組に迷いはなかった。


「んじゃー、私は第五世代魔法道具だね」

「議論の余地はないな。私もアイヴィーと同じく第五世代魔法道具を願いでる」


 新人類党との全面戦争、その矢面に立つ者として、至極真っ当な選択だった。命を懸けた戦いに、終末戦争級決戦兵器はこれ以上ないお守りだ。

 二人がそう申し出ることは既定路線だったのだろう。目を合わせるだけで返事を済ませる雨宮だったが、続くキサの言葉に、興味深げな反応を見せる。


「私は純聖金属クイーンズヴァニラを全身鎧が制作できるだけの量をお願いします」

「ほう。お主は二人と同じように第五世代魔法道具を選ばぬのか?」


「確かに第五世代魔法道具は魅力的です。ですが、今回の新人類党との戦いも、計画の規模から言って最重要機密任務シークレットミッションはほぼ確定。なら、その報酬として提示される物も同程度の可能性が高い。違いますか?」


「なるほどの。確かに、お主の指摘した通り、今回の任務の報酬も同程度を考えておる。しかし、良いのか? 第五世代の力は知っておろう? を開放せずとも、身に着けるだけで莫大な魔法力を手にすることができる。それこそ誰でも弩級レベル8を行使できるほどだ」


「わかっています。それでも次の戦いに必要なのは純聖金属クイーンズヴァニラだと思っています。それが魔王と戦い、自身の弱さを痛感した答えです」


 真っ直ぐ射抜くキサの決意に、雨宮は一度背中を椅子に預け頬杖をつく。


「よかろう。わざわざ素材を指定してくるのだ。何かしらの方針コンセプトあってのことであろう。シュラよ、この会談が終わり次第、純聖金属クイーンズヴァニラ制作任務の発行を頼む」


 シュラが短く応答すると、雨宮はショウに視線を向けた。

 それまで不審者ばりに落ち着きのなかったショウだったが、キサを一瞥いちべつすると何やらぶつぶつと呟きだした。


「どうやら、お主も第五世代ではなさそうだの」


 面白いとばかりに、雨宮の声が弾む。第五世代を報酬として提示した以上、選択の余地はない。そういう風に想定していた彼女にとって、予想外であり、しかし、若さゆえの突飛な発想に気分を良くさせた。

 同時に、キサもまたショウの反応を見て、思い当たる節があった。


「ショウ、もしかして例のあれ?」

「あ、うん。できるかもって」

「例のあれ? 申してみよ」


 雨宮に促され、ショウはダメ元だと覚悟を決め、弱弱しく口を開いた。


「第四世代一式って装備一式じゃなくて素材一式でも良いんですか?」

「構わんよ。どんな素材が欲しい」

「それじゃあ、その……剣を作りたいって思ってます。そのための素材一式は可能ですか?」


 これにはさすがの面々も、事情を知るキサ以外は大小はあれど明確な反応を見せた。


「はっはっは、剣を制作したいと申すか。これは愉快だの。確かに第四世代魔法道具一式という指定はしたが、そんな想定はしておらんかったの。それで、どんなものが望みだ」


「僕もキサと同じく純聖金属クイーンズヴァニラ、他に黒血硬石ブラッディキングス、浄化業炎、神聖水、月詠之勾玉の五つをお願いします」


「ふむ……。シュラよ、追加で手配を頼む」


 これに、もう一度シュラが頷き了承する。


「では、他に何もなければ此度の会談はこれにて終了とさせて――」

「ちょっといいか」


 遮った声に、さしもの雨宮も眉根を寄せた。招集した四人からではなく、事前に打ち合わせまで済ませたシュラからとなれば、訝しむのも無理はない。

 視線だけで言外に続きを促されたシュラは、身体の向きを変え、両者の間に立つような位置取りを取る。


「今回の件とは関係ねぇんだが、いい機会なんでな」

「それで、肝心の話は何かの」

「以前から議題に挙がってる魔導試験の魔法文字ルーンの件だ」

「その件か。何度も議会で否決されておるであろう」


 雨宮とシュラの間でだけ通じる内容に、事情を知らない四人はそれぞれ顔を見合わせる。それを待ってましたと、シュラは大仰に腕を広げた。


「現在魔導試験では公平を期すため、試合前に施された付与式魔法文字ルーンエンチャントの使用は禁止されている。だが、年々緩和の声がA級大魔導士の間で高まってきている」


 これに当事者であるキサ、アイヴィー、ユイの顔つきが変わった。

 伸びしろのなくなった賢者が戦術の幅を増やすために新たに修得する、極みの領域。それが魔法文字ルーンだ。しかし、何も使えるのは賢者だけとは限らない。年齢が三十歳を超えてくれば、必然と己の限界を悟る者が出てくる。それがA級大魔導士だ。

 賢者昇級試験にエントリーできないB級大魔導士以下では、そもそも限界を知ることは諦めに繋がる。賢者の高みには到達できないのだと。だが、A級大魔導士では話は変わる。

 あと一歩。ほんの少しの力さえあれば手が届く。そんな淡い期待を込め魔法文字ルーンすがりつく。


「それを踏まえての否決である。付与式魔法文字ルーンエンチャントは事前に施す以上、術者以外の介在が排除できぬ以上、制度上導入すべきではない。それが賢者へと至る試験での不正とあっては、尚更慎重にならざるを得ぬであろう」


「二次試験以降は集団戦だ。すでに試合中に付与魔法文字ルーンエンチャントを扱う奴らもいる。それを一次から適用しようってだけの話だ。対策として、事前登録の導入案だって出てんだろうが」

「ごく一部の人間のために制度変更をせよと申すのか? 現実的ではないな」


 言質を取ったと、シュラが薄ら笑いを浮かべる。


「なら一部じゃなければいいってわけだ。小さな巨人スモールタイタン、そこの坊主を招集するってことは、実力は認めてるってことだよな」


 ショウを指さすシュラに、雨宮は意図を察し嘆息する。


「なるほど、そう来たか……。つまり、シュラお主は、風間翔をにして世論を味方につけようという魂胆か」


「はっ、わかってんじゃねぇか。そうだ。幸い今は賢者昇級試験中! 民衆の注目度が最も高い祭りだ! これを逃す手はねぇ。賢人会第六席【悪魔の人格シュラ】ルーザス=ジェネレイシスの名の元に、風間翔に対し賢者昇級試験参加の特例を申請する!!」


 耳を疑う内容に、ショウたちが騒めく。

 特例がないわけではない。過去に一度だけ適用されたことがある。それは四年前の闇精霊シェイドたち実験体が賢者昇級試験に参加した時のことだ。当時、五英傑と渡り合った実力から、すでに賢者級とされたことで特例が許された。


「特例と言うがのシュラ。妾には風間翔が特例を認めるほどの実力があるとは思えん。少なくとも魔王討伐は評価に値するが、他の三名がいたからとも言える。仮に特例を適用させるために議会へ提出しても否決されるのがオチであるぞ?」


「だろうな」


 大人しく引き下がるシュラに、雨宮は彼の真意を量り損ねる。


「あんだろうがよ。でっかいが」


 全員が目を見開く。シュラは自身の計画に、新人類党との戦いを利用しようとしているのだ。次の戦いで議会を納得させられるだけの武勲を立てろと。確かにこれならば、特例が認められてもおかしくないという空気が漂う。

 あとは雨宮がどういう返答をするのかと注目を集める。


「よくわかった。だが、次の戦いまで待つ必要などない」


 返す雨宮も一筋縄ではない。シュラもこの返しは想定外だったらしく、眉間に力が入る。


「風間翔に特例を適用させるだけのがあるのかどうか、今ここで妾が判断してくれる」

「どういうつもりだ」

「言葉の通りである」


 立ち上がった雨宮は、次いで「ついて参れ」と四人の間をすり抜ける形で歩みを進めた。

 何が起こっているのか困惑する面々に、雨宮は振り返り、こう告げた。


「下の階にMSRがある。ハンデとして四人がかりで構わん。妾との模擬戦で一撃でも入れられたら、シュラと妾の連盟で特例を申請しよう」


 瞬間、ただでさえ息の詰まるような魔力を放っていた雨宮から、突き刺すような鋭い殺意が襲いかかった。

 二つ名に恥じぬ圧倒的存在感。まさに巨人としか形容できない様は、魔王と死闘を繰り広げた者たちを以てしてなお、それ以上にすら感じられた。

 想像することすら烏滸おこがましい。睨まれているだけで動けもしない相手とどう戦えばいいのか、呼吸することすら忘れそうになる圧力を受け、思考が鈍る。


「おいおい、本気でしゃしゃり出るつもりかよ」

「お主が言い出したことであろう。それとも撤回するかの?」

「……ちっ、しゃあねぇ」


 後ろ頭を掻くシュラが、四人の前にたち「行くぞ」と声をかける。

 いきなりの展開に戸惑いはあるが、考えようによっては魔法使いの頂点がどれほどの実力者なのかを見れる良い機会だ。何より、アピールのチャンスでもある。

 各々が気を引き締める中、シュラが口を開く。


「てめぇらよく見ておけよ。ロリババアあれは、だからな――」

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