041 アーキトレーブ

 コルネを止めた! 此れでようやく、本当の始まり。


 「グぅっ――」


 ジェイムズが苦しい声を上げる。上げつつ、左手で保持しているツララを、両の足で挟み込む。左足をポジ、右足はトウフック。


 「――ゥラアッ!」


 そして、左手もコルネへ――挟み込んだ足が、思ったより安定していた。固めて、良いところに左手を出せている。

 右足。ヒールを右足の前に掛ける。――気持ちよく嵌まった。軽く右手をシェイクして。一度左手の隣に並べたら、先へ送る。

 次のホールドは、分かり易い天井の欠け。サイドで持てるだろう。左足先、コルネに置いて――掻き込む。そうしたら、サイドホールド、左手で保持してガストン。コルネとオポジションを上手く取れている。右足を振ってフラッギング、コルネの、取り分け大きいひだを、右手で。


 (意外と、悪い……!)


 其れでも。保持したまま。両足を切って、体の向きを回転させる。

 ――体幹が軋む。けれども、耐えきって、右足の手に足、成功させた!


 「ハッ――」


 息が漏れる。でも、力は抜けない……! 依然悪いままの右手に、神経を研ぎすませながら。左手も、伸びた! ツララ、まで――


 (此方は、意外と持てる……)


 一息付く。握り込んだ左手に、いっとう力を込めての一呼吸。付いたら、また体の向きを替える様に、トウフックを掛けた。 掛けるのが足でも。やはり悪い。滑らかな石灰岩。滑らないよう、トウラバーの摩擦を信じて。次手を、取った!


 「よしッ!」


 やはり、ガバ。右足、奥に伸ばしつつ、左手のツララに足を、置いた。此れで、キョンが入るだろう。

 左手を、右手を。交互に振って。そして――


 ――カチリ


 体からクイックドローを外す。左手を、奥に伸ばして。カナビナを、ボルトに掛ける。後ろに手を回して、ロープを掴んで。やっとの思いの、セカンド、クリップ――


 「フ、フ――」


 体から、少し緊張感が抜ける。落ちるつもりは無いとは言え。先程までのパート、落下フォールは即ち壁への激突だったのだから――。

 深呼吸、幾つかして。腕に血流を下げる。もう、かなり強張ってきた。それを全て取る事は敵わないから、程々で止めて、次手へ向かう。

 先ずは、左手を取って。其処から――


 ――只管ひたすらの、コルネパート。掴んで、固めて。足を上げて、出して。

 単純である。けれど、分厚いピンチの応酬で、腕には疲労が押し寄せて。


 「ハアアァッッ!」


 堪らなくなって、ジェイムズが声を上げた。

 其れで、回復するわけなんて無い。でも、落ちるものかと、気合を込めて、一手一手、進める。




 ――そうして。


 ジェイムズは、ルートの九割を終えた。それでも、アレンの握るロープは、汗で滲んでいた。何故なら――


 「このルートの核心は、疲労じゃない……」


 アレンは、一度として辿り付くことの無かったパートだけれど。でも、其処が核心である事は明白であった。

 三手程、悪い手を取りつつの、ランジ、デッド、デッド――超えなければ、終了点には辿り着かない。


 「頑張れ……ジェイムズ……!」


 振り絞る様に、アレンが声を漏らして。遂に、ジェイムズが。核心部に到達する――




 ジェイムズが感じたのは、恐怖であった。もう、随分と支点から離れた。此処で落ちてしまえは、只じゃ済まない。

 それでも、分かっていながら、設置しなかった。残り二つのクイックドローは、終了点のためのもの。だから、危険でも、行くしか無くて……


 「ハーー」


 息を、吐いた。先ずは、ランジ。ルーフ出口のピンチを取って、上へ向かう。

 もし、止めても。ホールドが欠けたりしたら、終わり。誰も登っていないルートである。その危険性は、常に有って。でも――


 ――出口から差し込む光に、ジェイムズの目が反射する。相変わらずの輝き! 怯えても、落ちるとは思っちゃいない!

 そう、怖くても。危険でも。それでも征くのだ。今までのジェイムズには無かった感情。でも、今のジェイムズが確かに至った境地!

 さあ、左手。ピンチ取りのランジ。止められるか。止められなければ、振り子のように振られた肉体は、壁に激突する!

 けれど、だけれど! 飛ぶと決めたから、左足に力を込めて――




 ――足が切れる。当たり前だ。はなから残そうとは思っちゃいない。

 ――左手が、ホールドを触る。ピンチ、取り敢えず、掴む。

 ――切った足が、体が、振られる。その力は、指を、壁から引き剥がそうと働いて。結果――


 「オオオオオオオッ――!!」


 ジェイムズが、吼えた。詰まり、ソレは。体を、ホールドを。止めきった証の咆哮であった。




 ――未だ、終わらない!!


 渾身のダイナミックムーブで、全身はよれ切っている! 一瞬も気は抜けない!

 足を替えて、左腕を引き付けて!


 「アアアアァァッッ!!」


 必死の、デッドポイント! 右手を止める。でも未だだ。後一手、否、二手! 核心を越えなければ、安心は出来ない!


 「ッダアアアァッ!」


 左足を上げる。正対になる。一手、一行動。全てを叫んで。落ちるものかと、振り絞って!


 「アアアアアァァァッ!!」


 再びのデッドポイント! 悪い、悪いカチを、止めきる。親指を巻き込む!

 その様相を、嗤うものなんて居ない。居るものか、居てたまるものか! 下で待つ兄アレンだけじゃない、誰が見たとしても、嗤わせちゃあならない!


 左手、爪が割れる。それでも構わず、体を引き付けて、次手を出し。


 ガバを、取った! けれど、後二手、残っている。終了点。ソレを、簡単とばかりに、続けて取って……


 「フ――」


 先ずは、一個目のクイックドローを、ボルトに掛ける。――次、先に二つ目のクイックドローを、もう一つのボルトに掛けて、そして――




 ――カチリ、カチリ。




 二回、音を立てて。最後のクリップ。詰まりーー


 「「――ッシャアアアアアアアアアッッ!!!!」」


 ジェイムズと、アレン。二人の声が重なる。

 勝敗は決した。ジェイムズは勝ち、アレンは負けた。ーーけれど、嘆くものなど居ない。


 ――此処に、初登は成された。







 課題名:『アーキトレーブ』5.13c

 初登者:ジェイムズ・マーシャル コルネを止めた! 此れでようやく、本当の始まり。


 「グぅっ――」


 ジェイムズが苦しい声を上げる。上げつつ、左手で保持しているツララを、両の足で挟み込む。左足をポジ、右足はトウフック。


 「――ゥラアッ!」


 そして、左手もコルネへ――挟み込んだ足が、思ったより安定していた。固めて、良いところに左手を出せている。

 右足。ヒールを右足の前に掛ける。――気持ちよく嵌まった。軽く右手をシェイクして。一度左手の隣に並べたら、先へ送る。

 次のホールドは、分かり易い天井の欠け。サイドで持てるだろう。左足先、コルネに置いて――掻き込む。そうしたら、サイドホールド、左手で保持してガストン。コルネとオポジションを上手く取れている。右足を振ってフラッギング、コルネの、取り分け大きいひだを、右手で。


 (意外と、悪い……!)


 其れでも。保持したまま。両足を切って、体の向きを回転させる。

 ――体幹が軋む。けれども、耐えきって、右足の手に足、成功させた!


 「ハッ――」


 息が漏れる。でも、力は抜けない……! 依然悪いままの右手に、神経を研ぎすませながら。左手も、伸びた! ツララ、まで――


 (此方は、意外と持てる……)


 一息付く。握り込んだ左手に、いっとう力を込めての一呼吸。付いたら、また体の向きを替える様に、トウフックを掛けた。 掛けるのが足でも。やはり悪い。滑らかな石灰岩。滑らないよう、トウラバーの摩擦を信じて。次手を、取った!


 「よしッ!」


 やはり、ガバ。右足、奥に伸ばしつつ、左手のツララに足を、置いた。此れで、キョンが入るだろう。

 左手を、右手を。交互に振って。そして――


 ――カチリ


 体からクイックドローを外す。左手を、奥に伸ばして。カナビナを、ボルトに掛ける。後ろに手を回して、ロープを掴んで。やっとの思いの、セカンド、クリップ――


 「フ、フ――」


 体から、少し緊張感が抜ける。落ちるつもりは無いとは言え。先程までのパート、落下フォールは即ち壁への激突だったのだから――。

 深呼吸、幾つかして。腕に血流を下げる。もう、かなり強張ってきた。それを全て取る事は敵わないから、程々で止めて、次手へ向かう。

 先ずは、左手を取って。其処から――


 ――只管ひたすらの、コルネパート。掴んで、固めて。足を上げて、出して。

 単純である。けれど、分厚いピンチの応酬で、腕には疲労が押し寄せて。


 「ハアアァッッ!」


 堪らなくなって、ジェイムズが声を上げた。

 其れで、回復するわけなんて無い。でも、落ちるものかと、気合を込めて、一手一手、進める。




 ――そうして。


 ジェイムズは、ルートの九割を終えた。それでも、アレンの握るロープは、汗で滲んでいた。何故なら――


 「このルートの核心は、疲労じゃない……」


 アレンは、一度として辿り付くことの無かったパートだけれど。でも、其処が核心である事は明白であった。

 三手程、悪い手を取りつつの、ランジ、デッド、デッド――超えなければ、終了点には辿り着かない。


 「頑張れ……ジェイムズ……!」


 振り絞る様に、アレンが声を漏らして。遂に、ジェイムズが。核心部に到達する――




 ジェイムズが感じたのは、恐怖であった。もう、随分と支点から離れた。此処で落ちてしまえは、只じゃ済まない。

 それでも、分かっていながら、設置しなかった。残り二つのクイックドローは、終了点のためのもの。だから、危険でも、行くしか無くて……


 「ハーー」


 息を、吐いた。先ずは、ランジ。ルーフ出口のピンチを取って、上へ向かう。

 もし、止めても。ホールドが欠けたりしたら、終わり。誰も登っていないルートである。その危険性は、常に有って。でも――


 ――出口から差し込む光に、ジェイムズの目が反射する。相変わらずの輝き! 怯えても、落ちるとは思っちゃいない!

 そう、怖くても。危険でも。それでも征くのだ。今までのジェイムズには無かった感情。でも、今のジェイムズが確かに至った境地!

 さあ、左手。ピンチ取りのランジ。止められるか。止められなければ、振り子のように振られた肉体は、壁に激突する!

 けれど、だけれど! 飛ぶと決めたから、左足に力を込めて――




 ――足が切れる。当たり前だ。はなから残そうとは思っちゃいない。

 ――左手が、ホールドを触る。ピンチ、取り敢えず、掴む。

 ――切った足が、体が、振られる。その力は、指を、壁から引き剥がそうと働いて。結果――


 「オオオオオオオッ――!!」


 ジェイムズが、吼えた。詰まり、ソレは。体を、ホールドを。止めきった証の咆哮であった。




 ――未だ、終わらない!!


 渾身のダイナミックムーブで、全身はよれ切っている! 一瞬も気は抜けない!

 足を替えて、左腕を引き付けて!


 「アアアアァァッッ!!」


 必死の、デッドポイント! 右手を止める。でも未だだ。後一手、否、二手! 核心を越えなければ、安心は出来ない!


 「ッダアアアァッ!」


 左足を上げる。正対になる。一手、一行動。全てを叫んで。落ちるものかと、振り絞って!


 「アアアアアァァァッ!!」


 再びのデッドポイント! 悪い、悪いカチを、止めきる。親指を巻き込む!

 その様相を、嗤うものなんて居ない。居るものか、居てたまるものか! 下で待つ兄アレンだけじゃない、誰が見たとしても、嗤わせちゃあならない!


 左手、爪が割れる。それでも構わず、体を引き付けて、次手を出し。


 ガバを、取った! けれど、後二手、残っている。終了点。ソレを、簡単とばかりに、続けて取って……


 「フ――」


 先ずは、一個目のクイックドローを、ボルトに掛ける。――次、先に二つ目のクイックドローを、もう一つのボルトに掛けて、そして――




 ――カチリ、カチリ。




 二回、音を立てて。最後のクリップ。詰まりーー


 「「――ッシャアアアアアアアアアッッ!!!!」」


 ジェイムズと、アレン。二人の声が重なる。

 勝敗は決した。ジェイムズは勝ち、アレンは負けた。ーーけれど、嘆くものなど居ない。


 ――此処に、初登は成された。







 課題名:『アーキトレーブ』5.13c

 初登者:ジェイムズ・マーシャル

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