023 私のお終い

 飛び付いた先の開始点。両手できっちり掴んで、足も置く。

 一息ついて、左側にもう一回、飛ぶランジ


 (うん)


 綺麗に指が掛かる。そうしたら、右手を返して。掌を置いて、押すプッシュ。左手も十分に引き付ければ、右足が上がった。裸足の爪先が、岩肌を捉える。親指一本の、先だけで。


 (足。痛くなくなったな……)


 思えば、最初は痛くて堪らなくて。ずっと置いてなんかいられなかった。今では、足の指先で掴むような、そんな感覚すらある。

 そのまま、膝を伸ばしす。体に染み付いた、ダイアゴナル。その伸ばされた腕の先。二手目を掴む。


 (ああ、こんなに簡単だったんだ)


 三週間前までは、此処まで来るのすら精一杯だった。其れが、こんなにも滑らかな動きで。


 (取れるかな――)


 先を見る。三手目。クロスで取るべき場所。未だ、一度として届かなかった場所。


 (――取るんだ)


 左足に載せ替えた。十分に膝を曲げる。右手が伸び切る手前まで。

 そして――




 ――飛んだ。十分に蓄えたエネルギーを、一気に開放する。下半身から得られた推進力を使って、右腕を引き付け、押し出す。


 (届け――)


 飛距離は十分の筈。左手は、一直線に向かう。あのホールドへ――


 (――届け!)


 そして。左の指先は、あのホールドを。今まで触れもしなかった場所を、確かに捉えて――




 (あ――)


 無理だと、悟った。中途半端に引っ掛けた左手を支点に、足が振れる。背中から落ちる。

 落下する体が、ジェイムズさんに受け止められた。


 気付いてしまった。私じゃあ、持てない。


 (触ったのに……)


 触れた場所は完璧だった。でも、飛んでじゃあ、止められない。


 (届いたのに!)


 ジェイムズさんが、覗き込んでくる。反射的に、目を腕で隠す。いつもみたいに、目を見るの怖いわけじゃない。

 ただ、恥ずかしかった。


 「ジェイムズさん……」


 涙が止まらなかった。悔しかった。

 今回は、いつもどおりじゃなくて。私の、最高の登りだったのに!


 「無理でした……」


 悲しんでも、仕方なかった。此れが最後だと、決めたから。もう、諦めるのだから。

 だから、ジェイムズさんに頼む。泣きじゃくったままで、失礼かもしれないけれど。


 「おねがい、します……!」


 腕を下げた。作業服の襟を、握りしめて。震える声で、言う。


 「わたしの、かわりに。のぼってください……!」


 ジェイムズさんは、真剣な顔のまま、見つめ返してくる。私は、目を逸らさない。逸らしちゃ、いけない。


 「任せろ」


 短く言った。普段の柔らかい口調じゃない。

 私をシュラフの上に降ろして、岩に向かう。


 (ああ――)


 なんて、頼もしいんだろう。 

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