第1話 ショッピングモールかき氷事件

 2040年。空雲町の中心にある空雲小学校に一つのうわさがたった。小学五年生の寺川てらかわ 歩美あゆみは、彼女の友達からその話を聞いた。


「―えっ?名探偵くんが?」


「そうなの!しかも、うちのクラスに!」


日菜子ひなこは勢い込んで言った。名探偵くんが歩美たちのクラスに転校してくるというのだ。


「これは…あんずたちが七不思議のひとつ解決しちゃうかもー!」


「杏ちゃん、それはムリだと思うなあ…ウチも七不思議を全部解決してみようと思ったんやけど、七番目の『名探偵くんの正体』だけは解決できんかったんよ…」


杏がわくわくしているそばで、自信なさげにひかりが言った。七不思議を全部解決してみようと思ったら、それなりのお金がいるので、この町でも有名なお嬢様の光ぐらいしかできないし、しようとも思わない。それでも、未だに『名探偵くんの正体』を暴いた人は町中探しても、誰もいない。


「…杏はどうして解決できるって思うの?」


「え?簡単なことじゃん。名探偵くんに正体教えてって言えばいいんでしょ?」


歩美たちは一斉にため息をついた。


「…それができないから、七不思議になってるんじゃないかなあ…」


歩美がそう言うと、杏は「あ」と小さく言って顔を赤くした。みんなで笑っていると、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴って、担任の先生が教室に入ってきた。


「みんなー席につけーホームルーム始めるぞー」


先生がそう言いながらドアを開けた瞬間、先生の匂いとは違う、カモミールのような匂いが教室に入り込んだ。


(誰だろ…本当に名探偵くん?)


入ってきたのは名探偵くんではなく、背の低い女の子だった。先生の横に立って、お辞儀をして、


「あ、安条あんじょう 紗由さゆです。よ、よろしくお願いしますっ」


と丁寧に自己紹介をした。辺りがシーンと静まりかえった後、杏が先生に言った。


「先生ー、名探偵くんはー?」


先生は困った顔をして、その質問には答えず、紗由と目を合わせると、


「まあ、それはおいといて。安条さんは、あそこの一番後ろの席に座ってくれるかい?」


「…はいっ」


紗由は歩美の隣の席に座った。


(近くで見ると結構かわいいなあ…名探偵くんが来るとかいう噂は日菜子の勘違いだね、きっと)


歩美は内心ほっとして、紗由に話しかけた。


「えっと、紗由ちゃん。私、寺川 歩美。これからよろしくね」


「う、うん。よろしく…歩美ちゃん…」


 ホームルームが終わった後から、杏が紗由に「名探偵くんはー?」と訊き続けていたのはいうまでもないだろう。


 次の日、歩美たち四人は紗由を連れて、大型ショッピングモールに遊びに行った。そこで、イチゴ、オレンジ、レモン、メロン、グレープの五つの種類のかき氷を買って、みんなでどれを食べるか選んだ。そして、じゃんけんの結果、歩美がイチゴ、日菜子がオレンジ、紗由がレモン、光がメロン、杏がグレープのかき氷を食べることになった。

 かき氷を各自受け取って、食べ始めた直後に、歩美と紗由がトイレに行き、数分後、歩美だけが先に帰ってきたとき。


「…あれ?」


歩美は異変に気づいてそう言った。歩美のイチゴのかき氷が空っぽになっている。杏のところのカップが二つになっていて、紗由のレモンのかき氷を含めると、最初は五個だったカップが全部で六個に増えている。


「…私のかき氷、食べたの誰?」


光、日菜子、杏の三人は知らないという素振りをして黙り込んでいた。そのとき、ちょうどトイレから出てきた紗由は、何だか気まずい空気を感じて、柱の陰に隠れて、そっとメガネをかけた。



 十分程沈黙が続き、みんなの食べかけのかき氷も溶けてしまったころ、さすがに気まずいと感じた歩美が口を開こうとした。


「ねえっ、みんな―」


「ごめん、ちょっといい?」


その瞬間、誰かが歩美たち四人に話しかけた。


「悪いけど、今ちょっと忙しいから…って、名探偵くん!?」


目の前に立っていたのは、茶色い帽子をかぶって、白いシャツの上にケープを着ていて、サスペンダーのついたズボンをはいているメガネをかけた男の子、名探偵くんだ。


「うそー!名探偵くんじゃん!こんなに近くで見たの初めて!本物?夢じゃないよね!?」


杏が名探偵くんに近寄って飛び跳ねていた。光もかばんの中から色紙を取り出してうずうずしていた。歩美はこんな状況なのに二人を見て少し呆れた。


「…ど、どうも。夢だと思うなら自分の頬をひっぱってみるといいよ」


その反応に名探偵くんが少し驚きながらそう言うと、杏は自分のほっぺたをひっぱって嬉しそうに叫んだ。


「…痛い。夢じゃないんだー!!だとしたら、もうこれは運命じゃない!?名探偵くんが杏たちと同じショッピングモールに来ているなんて!運命だとしか言いようがないよ!!」


名探偵くんはコホンと咳払いをして、


「…で、何があったの?」


とたずねた。歩美たちは顔を見合わせて、何があってこんな状況になっているのかを話した。


「ふーん…かき氷か…」


名探偵くんは、テーブルの上をちらっと見てから、考え込む素振りをした。


(…だいたい分かった。でも、このまま『犯人はこの人です。』って言っても面白みがないなー…)


「分かった。その事件、僕が解決してあげるよ」




 「じゃあ、まずは状況を整理しよう。歩美がイチゴ、日菜子がオレンジ、光がメロン、杏がグレープのシロップがかかったかき氷を選んだんだよね。このレモンのは?」


「それは紗由ちゃんの…」


名探偵くんは一瞬目を見開いたが、何事もなかったかのように、すぐに元に戻って、


「…そう。それで杏のところになぜかカップが二つあって、歩美のかき氷が空っぽになっていたということだね」


歩美たちはうなずいた。名探偵くんも小さくうなずくと、


「この事件はすごく簡単な証拠で解決できるんだ。特にシロップのかかっているかき氷はね」


「どういうこと…?」


「舌を見るんだ」


歩美たちはお互いに目を合わせた。そして、首をかしげて名探偵くんを見た。名探偵くんは大きなため息をつくと、


「かき氷を食べると、そのシロップの色が舌についちゃうんだ。しかも、今回に限って赤、橙、黄色、緑、紫と全ての色が違う。だから、食べた味の色と違う色が舌についていれば、その人が犯人ってこと」


みんなは自分の舌を確認した。歩美、日菜子、光はもちろん、赤、橙、緑だったが、杏は紫でなく赤だった。


「杏なの?私のかき氷食べたの」


歩美がそう言うと、杏はすごく慌てて、


「杏、新しくもう一個買ってきたの!ほら、カップも二個あるし。レ、レシートもあるし!」


「でも、杏ちゃん、そのレシート、日付が今日じゃないよ」


光が言うと、杏はしゅんとしてしまった。


「…ごめんなさい。イチゴのシロップのかき氷、どうしても食べたくって…。歩美のとっちゃった…」


「もういいって…。次からはちゃんと言って欲しいな」


「うん。本当にごめんね、歩美。…それより、紗由を探しに行かなくていいの?いくらなんでも、トイレ長すぎじゃないかなあ…」


歩美は杏に言われて紗由のことを思い出し、慌てて言った。


「そうだった!光、日菜子行こっ!杏は私達の荷物見張ってて!」


 歩美たちが紗由を探しに行って、テーブルには杏と名探偵くんだけが残された。


「ねえ、名探偵くん。多分だけどさ、杏が犯人だってこと、最初から気づいてた?」


「…なんでそんなこと言うの?」


「なんとなく」


「…それを聞いてどうするの?」


「なんかする」


「なんかって…」


名探偵くんは困った顔をした。そして、あきらめたように杏に向かって言った。


「まあ、言っても減るものじゃないし…。だってさ、キミの所にある二つのカップのうち一つは中に何も入っていなかったのがすぐに分かったよ。仮に洗ったものだとしても水跡が全くない。多分、お店の人にかき氷を分けるとか言ってもらって来たんだろう?不自然な証拠を残せば、疑われるのは当たり前だよ。まあ…みんなは特に気にしてなかったけどね」


杏はそれを聞いて、ちょっと悔しそうに言った。


「ちぇっ。バレバレかあー。名探偵くんの目はごまかせないね」


名探偵くんは微笑むと席を立ち、杏の方を向いた。


「じゃあ、またどこかで。僕はそろそろ帰らないと…」


「うん。じゃーねーっ名探偵くんっ!」



名探偵くんはショッピングモールのバルコニーにいた。春の暖かな風に吹かれながら、名探偵くんは微笑んでいた。


「任務完了。こっちの僕でもあの子達に接触することができたし、結果としてはよかった…かな」


名探偵くんは周りに人がいないのを確認して、そっとメガネを外した。



「紗由ー!」


歩美たちはようやく紗由がバルコニーにいるのを見つけて、大声で呼びかけた。それに気付いた紗由はゆっくり歩美たちの方を向くと、


「…あ、歩美ちゃん・・・」


「もうっ!トイレ長すぎるから心配したんだよ!」


「…ご、ごめんね。ちょっと外の空気にあたりたくって…光ちゃん、そんな嬉しそうな顔して、どうしたの?」


光はびっくりするくらいの笑顔で微笑んでいた。


「ウチなー間近で名探偵くん見てしもうたあーサインもらいたかったなあ…」


首をかしげている紗由に歩美が説明した。


「あのね、私達がちょっともめてたら、名探偵くんが助けてくれたの」


「名探偵くん…」


紗由は目を伏せて、


「そう…よかったね…」


とつぶやいた。


(そういえば、名探偵くんも紗由と同じような反応をしていた。二人には何か関係があるのかなあ…?)


歩美はそう思ったが誰にも言わなかった。その日はそれっきり、何の事件も起こらなかった。



 その日の夜、紗由の元に一本の電話がかかってきた。


「もしもーし、紗由?」


「あ…こんばんは…所長さん…」


『所長さん』と呼ばれたその人ははきはきとした声で紗由に言った。


「今日はオフだって言ったじゃない。任務のためとはいえ、無理してあの姿にならなくてもよかったのに」


「いいんです…私、なかなかこういうのってチャンスをつかめませんから…」


「それにショッピングモールでだなんて…人が多いから正体バレちゃうわよ?控えなさいね」


「はい・・・」


「それだけ。体には気をつけなさいよ、紗由…いや…、名探偵くん。おやすみ」


「…おやすみなさい…」


紗由は小さく微笑んだ。月の光が机の上にあるメガネに反射して、キラキラ輝いていた。

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