第53話 日常への帰還

 瑞菜との旅は素敵なものになった。

 アクシデントでとんでもない部屋に泊まれることになったし、食事はどれも最高だった。大浴場も素晴らしいものだったし、思いもかけずプライベート温泉までついていた。これは、筆舌につくしがたいほど、色々と素晴らしかった。

 もちろんそれだけではない。

 大切な報告を、お義父さんにすることが出来た。

 俺は、二度目の人生を瑞菜と一緒に生きていくことを決意した。

 

 素晴らしい時間というものは、物凄い早さで経過していくもので、予定の宿泊の日々も飛ぶように過ぎてしまい、素晴らしい非日常から、毎日を過ごす日常の場所へと帰宅しなければいけなくなった。

 お世話になっている人々へのお土産をどっさりと抱えて、ほうほうの体で家に到着する。

 旅の疲れからか、その日は俺も瑞菜も泥のように眠ってしまった。

 

 そして今日、休日最後の日。

 役所への書類の提出。承認には惣菜屋の店長にして、俺を助けてくれた楽蔵先生の弟の遊蔵さんと、俺が働く動物病院の院長である海堂 熊之助先生に記入してもらった。ふたりとも自分のことのように喜んでくれた。

 そして、瑞菜を幸せにしないとただじゃおかないぞと脅されもした。

 もちろん、言うまでもない。俺は瑞菜を幸せにする。


 提出を終えたら次は二人の新しい生きていく場所の最終契約に向かう。

 同じ街の少し郊外の高台、街を一望できる場所に小さな家を買った。

 庭は広く、ここで保護犬を飼おうと二人で話した。

 一つだけこだわったのは、インターネットの通信速度だ。

 現状最高の回線を別回線で2回線、さらに、ゲーム用PCを二台。

 こんなアホな提案にノリノリで付き合ってくれる瑞菜に感謝である。


 瑞菜は可愛い原付き、俺は自転車でしばらく通勤していたが、まぁ、いろいろあって瑞菜は仕事を休職することになってしまい、車も必要になった。

 二人で行きていくつもりだった人生は、もう一人幸せにする対象が増えた。


 仕事は順調だ。

 こんなおっさんでも動物たちにとっては不思議な魅力があるようで、猛獣使いがいる病院として、そういう子たちで治療に困った飼い主さんの希望の星となっているらしい。インターネットなどで情報が広がって、どんどん忙しくなっている。

 院長は若い獣医さんを雇って鋭意教育中だ。

 俺のこの才能は、人に教えられるものではないので、まぁ、頑張るしか無い。

 毎日、倒れそうなほど忙しいけど。

 くらくらしてしまうほどに充実している。


 疲れた身体を引きずって家に帰れば、最愛の人がいる。

 俺の帰りを待ってくれる人がいる。

 まだこの世界には出てきていないが、もう一つの命もきっと俺の帰りを待っていてくれている。

 そう思うだけで俺は頑張れる。

 生きる活力が湧いてくるのだ。


 リフクエ、リライブファンタジークエスト。

 思えばこのゲームと出会って俺の終わっていた人生が再び動き出した。

 たかがゲームと思っていたが、そのゲームには世界があった。

 もう一つの世界だ。

 俺にとって最初はそちらの世界のほうが全てだった。

 しかし、そこでいろいろな人と出会い、触れ合う中で、現実の世界にも色が戻ってきた。

 奇跡のような偶然が、そのゲームを中心に起こっていた。

 ゲームの中も外も、みんなつながっている。

 二度目の人生、確かに俺はこのゲームからそれを貰った。


「瑞菜、体調は平気なの?」


「うん、今日も診察したけどすこぶる順調だって。

 なんかね、妊婦さんに人気らしいよリフクエ、1時間ぐらいで向こうでは4時間ぐらいリフレッシュできるし、なんかいいホルモンが出て体調も安定するんだって」


「へー、たしかに健康管理は妊婦用のモニターもあるくらい徹底してるもんね」


「まぁ、批判する人も居るみたいだけど、生むのは私ですから!」


「瑞菜も母親になって強くなったな」


「まあね! さ、みんなに会いに行きましょ!」


 体調に加味して仕事を終えて寝るまでの短い時間だが、二人でリフクエを楽しむ。

 向こうの世界では二人で飛び回って跳ね回って冒険をしている。

 ラックやケアとも相変わらず一緒に色々な新しい場所を目指して頑張っている。

 この間は二人が家に遊びに来てくれたり、リアルの方でも仲良くしてもらっている。

 ケアがごっついおっさんだったのにはびっくりしたが、日本でも有数の外科医で、しかも超凶暴なチワワを飼っているので、うちの病院の患者になっている。

 俺の前では可愛いんだけど、ケアの腕は傷だらけだ。

 指だけは外科医の宿命で死ぬ気でガードしているが、いつどんなときでも狙ってきてそれが二人のスキンシップになっているそうだ。不思議な関係だ。


 楽蔵先生は楽隠居されて旅にゲームに楽しい毎日を送っているそうだ。

 仕事をやめてからのセカンドライフ、サードライフ、いくらでも可能性があると、今度はクライミングに挑戦するらしい。

 遊蔵さんが無茶はやめて欲しいと頭を抱えていたが、なんとなくだけど、ラックなら平気な気がする。 


 人生、いつ何が起こるかわからない。


 そして、人生は沢山の人に支えられ、そして支えている。


 自分ひとりじゃないんだ。


 俺は、取り戻した人生を精一杯に生きていく。

 第二の人生はリアルの世界で。

 第三の人生はリフクエの中で。


 その全ての生活をこれからも生きていく。


 父さん。母さん。俺は今、最高に幸せです。


 星空を見つめながら、瑞菜の手を握り、俺はこれからの人生をこうして普通に生きていく。


 40歳、一つのゲームから新しく始まった人生を、精一杯に生きていく。

 

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初めてのVRMMORPGからの生き直し、39歳から始まる第二の人生 穴の空いた靴下 @yabemodoki

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