第45話 懐かしくも新しい風景

 駅を降りると、見慣れた駅前の風景。

 高校生までの時間を過ごした街の風景だ。


「……変わったなぁ……」


「そうだね……」


 俺の腕をしっかりと持ってくれている瑞菜の手に力が篭もる。

 

「大丈夫だよ。想像よりも、ちゃんとしている」


 その言葉は強がりではない。

 オレの心は驚くほど穏やかだった。


 駅前のロータリーを抜けて二人で商店街を歩く。

 この先の十字路を曲がれば……親父の店が見える。


「……ふぅ、やっぱり緊張するね」


 流石に事故現場が今から目の前に広がると思うと、緊張する。


「大丈夫?」


 心配そうに覗き込んでくる瑞菜。

 それだけで俺の心が強くなる。

 

「行こう」


 十字路を曲がり、目の前に事故現場が広がる。はずだった。


「……ほんとうに公園になっているんだね……」


 ちょうど親父の店があった一画は、広々とした公園になっていた。

 凄惨な事故を忘れないために慰霊碑が設置され、公園が作られていた。

 

「ちょっとだけいいかな?」


 瑞菜が公園の手前を曲がり、道路の真ん中で立ち止まる。

 その場の風景を見ると、俺の鼓動が早くなっていく……

 俺は、この場所を、知っている。


「瑞菜……ここって……」


「……うん。ここは琉夜が助けられた場所。私のお父さんが琉夜を助けた場所」


 ドクンと大きく心臓が鳴る。

 自然と手を合わせる。


「龍也さん。貴方のおかげで、また僕はここに来ることが出来ました」


「……お父さん。後で会いに行くけど、お父さんのおかげで私は大事な人が出来ました。お父さんが守ってくれたから……」


 瑞菜の頬を一筋の涙が流れる。

 二人で静かに祈りを捧げた。

 横道から公園に入ることにした。

 緑も多くとても開放感のある公園になっている。


「うーん。ここまで変わっていると、感慨もなにも無かったなぁ……」


 たぶん、家とお店があった場所に立ってみたが、そこから見える景色は過去の記憶に無い新しい景色だ。


「ここにお父様のお店があったの?」


「うん。ここから、ここらへんがお店で、こっから家になってたんだよねー」


 俺は身振り手振りで瑞菜に教えていく、そうしていると、あの頃の記憶や生活の色を思い出してくる。


「よくホテルとかの犬の散歩とか行かされてたけど、まぁかわいくてねぇ。

 あの頃もよく考えれば親父によく使われてたなぁ……」


「琉夜、大丈夫?」


「ん? 何が……、ってあれ?」


 気がつけば俺の目からは涙が溢れていた。

 事故以前のことを、きちんと思い出したのは、初めてだった。

 自分が泣いていることに気がつくと、溢れ出す涙を止められない。

 ごまかすように空を見る。

 涙で歪んでいるが、青く美しい空だ。


 瑞菜はそっと俺のことを抱きしめたまま、俺が落ち着くのを待ってくれていた。

 背中に感じる瑞菜のぬくもりは心地よく、俺の心が泣いているのを癒やしてくれているようだった。


 心の中で親父と会話する。

 あれから長い時間を無為に過ごしてしまったこと。

 きっかけはゲームだったけど、人生が再び動き出したこと。

 無為に過ごしたと思っていた時間もたくさんの人に支えてもらっていたことに気がつけたこと。

 命を救ってもらった人に、最愛の人に巡り合わせてもらったこと。

 そして、今まで会いにこれなくてごめん……


「……ありがとう。もう大丈夫」


「……うん」


「でも、公園になってくれていて、良かったな。

 ちょっと、家があったら思い出がきつすぎたかも……」


「……うん」


「……瑞菜さん。すっごく見られてます」


「もう、大丈夫?」


「大丈夫。ほんとにありがとう」


「よかった……」


 瑞菜のぬくもりが離れていく。

 周りであらあらまぁまぁって見ていた人たちの視線も離れたようなきがする。

 ゆっくりと確認するように公園を一周して、俺にとっても瑞菜にとっても大事な場所を後にする。

 心の何処かに溜まっていた物が、涙と一緒に洗い流されたような、そんな気持ちだ。


 その後、親父の墓に向かい、墓前でもう一度、仕事の事とか色々なことを報告する。

 あんまり記憶にない母親のことをスゲー自慢してきた親父に、瑞菜のことをスゲー自慢しておいた。

 きっと空の上で喜んでくれているだろう。


「行こうか」


「うん……」


 隣で静かに手を合わせてくれていた瑞菜の手をにぎる。

 

「新幹線の時間には余裕あるね。駅でお弁当でも買おうか」


「そうだね。もうすぐお昼だもんね」


 駅へと向かうタクシーの中で、遠ざかっていく生まれ育った街へと別れを告げる。

 今までは親父のお墓の管理とかは全てお寺に任せていたが、これからはちゃんと顔を出そう。

 俺がちゃんと仕事して生活していることを親父に見せないと。

 安心して、親父が眠れない。


「時々は、琉夜と一緒にお父さんの墓参りに行こうね」


「俺も今、そう考えていた」


「うん……」


 繋いだ手に力を込める。

 俺は、瑞菜と共に生きていくよ。


 親父……



 

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