第44話 取り戻した日常

「琉夜さーん、すみません猫出してもらってもいいですかー?」


「すまん琉夜君、それ終わったら診察入ってもらえる?」


「琉夜さん! 待合室で猫がキャリーから飛び出しちゃってワンちゃん見てパニックに!」


「すぐ行きますー!」


 俺は毎日、充実している。

 結局そのまま動物病院に正式に雇用された。

 動物たらしと呼ばれながら日々便利に使われながら仕事をしている。

 まさか自分が動物の医療に携わる日が来るなんて、あの日々を過ごしていた頃からは想像もできなかった。

 動物と触れ合い、動物にかかわる人々と触れ合い、俺の心は徐々に豊かになっていることをはっきりと感じる。

 悲しいこともある、辛いこともある。

 それでも、何もないことよりは素晴らしいのかもしれない。

 それに、嬉しいこともたくさんある。

 想像以上に『いいこと』っていうのは日常に溢れている。

 そこになぜか人は気が付かなくなっていく、気が付こうとしなくなっていく。

 そんな気がする。

 何もない日々を過ごしてきた俺だから、それをより強く感じるのかもしれない。


「おにーちゃん、どうしたらモコと仲良くできるの?」


 俺に話しかけてきているのはモコちゃんっていう猫を飼っている家のお子さんだ。


「莉奈ちゃんはモコちゃんと仲良くしたいの?」


「うん。でも、モコは触ろうとすると怒るの……」


「そーだね。モコちゃんはまだ小さいから、大きな莉奈ちゃんから、わ――って来られるとびっくりしちゃうかもね。触りたい気持ちをぐっと我慢して。

 大丈夫だよー平気だよーって心の中で思いながら、モコちゃんに自由にさせてごらん? 近づいてきてもぐっと我慢して、こっちからは動いちゃダメ。

 モコちゃんがこの人は安心できる人なんだーってわかったら。ちゃんと甘えてくれるから……」


「わかった! 莉奈頑張る!」


 数日して満面の笑みでモコと一緒に寝てることを報告してくる莉奈ちゃん。

 こんな喜びは、どこにでも転がっている。

 動かないことで気が付けなかったんだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「お疲れー琉夜!」


「ごめんね、お待たせー」


「瑞菜ちゃんごめんね、彼氏こき使っちゃって」


「いいんですよ先生。どうせ琉夜がやるって言ったんだと思いますから」


「流石、それじゃぁ琉夜君、お休みゆっくりしてね。

 僕にお土産はいいけど、看護師さんには買ったほうが良いと思うよ……」


 ヒソヒソと院長がアドバイスをくれる。

 院内でのパワーバランスがよくわかる。

 院長は本当に素晴らしい人で、俺も一生懸命仕事をしようという気持ちになる。


「はい院長。また来週!」


 明日から5日ほど、瑞菜と旅行へ行くことになっている。


「……琉夜、大丈夫? あれから一度も現場には行ってないんだよね?」


「うん……でも、どうしても親父に瑞菜のこと、それにきちんと仕事をして生き始めたことを伝えたいんだ。それに、瑞菜のお父様にも……」


「父のお墓が父の地元で遠くてごめんね」


「いやいやいや、全然。むしろ瑞菜と旅行できるから嬉しいよ」


「えへへ、私も楽しみ」


 瑞菜と付き合いだして半年。

 俺は定職にもつけたし、仕事の収入できちんと生活を成り立たせることができるようになった。

 上下とはいえ、お互いの家を行き来している生活もいつまでも続ける訳にはいかないかと考え、俺は、瑞菜にプロポーズした。

 正確にはプロポーズをするという意志を伝えた? の方が正確かもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ふぅ……

 リフクエを終えて一息ついているとアパートの扉が開いて瑞菜がやってくる。


「おつかれ~、いやーやっと20階行けたねー」


「やること増えて目が回りそうだよー」


「ほんとケアちゃん凄いよねー、あの作業量ずっとこなしてミス一つ無いんだから」


「あんなに喋りながら動いて舌噛まないのかねー……」


「まぁラックさんとの漫才がないと雰囲気暗くなっちゃうからね!」


 いつもこんな感じで夜は話している。

 

「そういえば瑞菜明日から5日も休んでお店は平気そう?」


「大丈夫! 店長も行ってこいってなんか喜んでたよー」


「お、俺もちゃんと瑞菜のお父様に、命を救ってもらったお礼と、む、娘さんとのことを報告しないと!」


「ははは、緊張しすぎだよー、気負いすぎないで自然にしててくれればいいよー」


「う、うん」


「私も……事故現場に行くのは久しぶりだから……」


「うん……俺は、あそこと向き合わないとホントに進めたとは言えないと思うから……」


「そっか。でも、無理はしちゃ駄目だよ。しんどかったらすぐに言ってね」


「頼りにしてます」


 ラック達には明日からイン出来ないことは伝えてある。

 ラックも予定があって入れないらしくちょうどよかった。


「……泊まってく?」


「だーめ。まだ準備終わってないもーん。じゃ、おやすみ」


 優しくキスをしてくれて瑞菜は部屋に戻っていく。

 二人で住む家も考えないとな……

 俺の人生を取り戻す旅も、そろそろゴールが見えてきていた。

 




 

 




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