第23話 アクシデント

「準備したら伺いますねー」


 アパートの下で瑞菜さんと別れる。

 カンカンカンと階段を昇っていく瑞菜さんをのんびり送って行く余裕はない。

 俺は自分の部屋に急ぐ、焦って鍵が上手くはまらない。

 乱暴に扉を開けて部屋を確認する。


「じょ、女性を部屋にとか、ハードル高すぎだろ……」


 上に聞こえるかも? という無駄な心配から独り言もなぜか小声になる。

 水回り、ほぼ使ってないし、コップ2個くらいしかない。セーフ。

 と、トイレ! な、なんもない、掃除も嫌いじゃないからセーフ。

 風呂、は使うわけない。中も問題ない。セーフ。

 部屋だ! 


「なにもないな……」


 改めてそういう視点で部屋を見ると、驚くほど何もない。

 テーブル、座椅子、ベッド、PC、テレビ、空気清浄機、以上。

 

「今回は、それに助けられた……」


 軽くカーペットにコロコロをかけて、窓を開けて網戸にする。

 部屋の中は空気清浄機のお陰で埃っぽくもない。


「これでいいのかも、よくわかんないな……」


 なんとなくリフクエのヘッドセットはPCの後ろに隠しておく。

 ちょうどタイミングよくピンポーンとめったに鳴ることのないチャイムが鳴る。

 いつもは新聞か、宗教と決まっているこの音でドキドキすることが起きるなんて……


「は、はーい!」


 急いで玄関に向かう、途中にベタなことをする。

 ガッ!


「い、イグゥ、いってー!」


 小指をテーブルの足にぶつける。


「だ、大丈夫ですか?」


 ドアの外から心配する声。


「だ、大丈夫レス……」


 痛みに悶ながらドアを開ける。

 瑞菜さんがなにやら紙袋を抱えて心配そうに立っている。

 

「ど、どうしたんですか!?」


「い、いや、小指ぶつけて……」


「あー……痛いですよね……」


「そ、そうなんですよ。あ、ど、どうぞ……」


 やっとこさ少し痛みが引いてきた……


「おじゃましま~す」


 お、俺の部屋に女性が……


「うわー、私の部屋より全然綺麗ですねー……

 同じ間取りなのに凄く広く感じちゃう」


「な、なにもないので……」


「食器ってありますか?」


「いや、出ているので全部です……」


「包丁がないって言ってたので、一応準備してきて良かったです。

 キッチン使わせてくださいねー」


「あっ、はい」


 もう、部屋で静かに待つしか無い。


「あっでも先にお弁当食べちゃいましょうか、冷めちゃったらせっかくの唐揚げがもったいないですもんねー!」


 紙袋からお弁当を取り出して笑顔で瑞菜さんがテーブルに向かってくる。


「あ、はい。こちら粗末なものですがお使いください!」


 思わず座椅子をうやうやしく勧めてしまう。


「お、お茶淹れますね」


 すれ違うように唯一あるコップ2つに買い置きのお茶を入れる。

 自分でも笑っちゃうほど緊張して手が震える。


「ど、どうぞ」


「ありがとーございますー!

 うわー、やっぱり店長の唐揚げはおいしそ~ですねー!」


 すでに俺の弁当も開けて準備してくれていた。

 

「唐揚げが6個も入ってるのが自慢なんですよ!」


 まるで自分のことのように弁当を誇ってくる。


「瑞菜さんは好きなんですね、あのお店が」


「はい。あのお店、店長と奥様には本当にお世話になっていますから。

 それに、なんといっても美味しいじゃないですか!」


「それには全力で同意します」


「ささっ! 食べましょ食べましょ!

 いただきます!」


「いただきます」


 人と一緒に食事を取ったのなんていつぶりかなぁ……そんなことを考えながら唐揚げを一つ口の中に放り込む。

 カリッとした外の皮の向こうに、ぐっと噛みごたえのある鶏肉、そして噛みしめると溢れ出る肉汁。


「う、うまっ!」


「でしょー!」


 俺のリアクションをニヤニヤしながら瑞菜さんは待ち構えていた。


「単純な味付けのようで、結構スパイシーで、鶏肉自体も凄く美味しい」


「うちの店長のこだわりですね! ホントはこんな値段で出しちゃいけない鶏肉を使って、そこに秘伝のスパイスで下味をしっかりと付けて、揚げる油にもあのお店は凄いこだわってるんですよー! 店長の趣味全開です!」


 えっへんと反り返っている。

 その体勢は、その、もともと素敵な物が強調されて……


「いや、ほんとに美味しい! これ、単品でもありますよね……やばいな、これからしょっちゅう買っちゃいそう……」


「にんにく醤油味とカレー味は本当に毎日たっくさん出ますね!」


 それも当然だろう。

 御飯のおかずとしても、お酒を飲む人のツマミとしても、この一品は極上と言える。


「これは、ツマミにもきっといいですね」


「よくビールぶら下げて買って帰る人いますよー。いいですよねー」


「瑞菜さんはお酒飲まれるんですか?」


「ちょっとだけ……最近は飲んでいないんですけど……

 琉夜さんはお酒……強そうですよね」


「いやー、実は、お酒を飲んだこと無いんですよ……」


「え!? そうなんですか?」


「機会がなくて、美味しいんですか?」


「美味しいかと聞かれると、答えに困ってしまいますが、なんとなく飲みたくなるときとか、飲んでたのしーなーって思うことはありますねー」


「なるほど、今度試してみようかな……」


「き、気をつけてくださいね。最初はちょびっとにした方がいいですよ!」


「ははは、そうですね。気をつけます」


 会話がある食事はこんなにも楽しいんだなぁ。

 気がつけば絶品の唐揚げ弁当も空になっていた。


「あー、美味しかった。

 ナシ、剥いちゃいますねー」


 ささっとゴミをまとめてキッチンへ瑞菜さんが立ち上がろうとする。

 

「あ、じ、自分がゴミはやりますよ」


 慌てて弁当の空き箱に手を伸ばすと、見事に瑞菜さんの手を握ってしまう。

 柔らかい。って……奇跡か!?


「ご、ごめんなさい!」


「気にしないでいいですよ~、ついでだからゴミも持っていきますよ」


 ささっとキッチンに行ってしまう。

 ……やらかした……

 その後はなんか変に意識してしまい、ナシを切ってもらったお礼を言うと、瑞菜さんは部屋に戻っていってしまった。心なしか瑞菜さんもよそよそしい……


「やっちまったーーーーー」


 瑞菜さんが帰ったあと、ベッドに飛び込み、枕に突っ伏すしかなかった……

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