第一章 その名をエクスレイガ

黄昏の巨人




『え?映ってる?喋っても良いのコレ?


 地球に住まう皆々様。どうか不躾な訪問をお許しください。


 我々はルーリア。【ルーリア銀河帝国】。


 僕…じゃなくて私の名はルーリア銀河帝国皇帝ヨハン・コゥン・ルーリア3世


 早速ですが…我々は地球に我がルーリアへの被属を、そして、その為の戦争を要求します。


 地球人の皆様、我々と共に、どうか有意義で楽しい戦争を…。……!』







 宇宙からのメッセージが地球全土を席巻したこの日、人類の自らに対する価値観は急激に、確実に、変革を遂げた。


 異星人からの宣戦布告。


 


 自らに霊長の名を冠していた地球人は、見知らぬ訪問者の登場に、あっさりとその緩慢な鼻柱をへし折られた……。





 ****





『大英帝国、紳士淑女の皆さん!見えますでしょうか!?ビックベン真上の奇妙な飛行体を!これはCGではありません!異星人!異星人の襲来です!!あのメッセージは本当に……!あ!今防衛軍の戦闘機が!あ、え?何だアレ!?ああ…!?』



『ええい黙れ報道屋風情が!ルーリアめ!獣の耳と尾を生やした気色悪い×××め!我々地球防衛軍はルーリア銀河帝国に断固戦う!奴等を皆殺しにし、我々地球人の強さを宇宙に知らしめるのだ!』


『インタビュー中、不適切な発言がありました事をお詫びいたします』



『エイリアン……じゃなくてルーリア銀河帝国に対し、本日、ドイツのマルカル首相は無条件降伏を提示しました。尚、ベルリン占領区ルーリア統制官のナリヴァラ氏は"もうちょっと粘って欲しかった……これから面白くなる筈だったのに……"と不満を露わにしています』



『ルーリアに撃墜された時ですか?そりゃあ覚えてますよ!あんな不思議な体験忘れられません!自分が乗ったサンダーウイングは燃えてるのに僕は全然熱くないんです。気がつけば緑色の光に包まれてぷかぷか浮いてました!』



『地球防衛軍による月面基地奪還作戦、【オペレーション・エンデュミオン】は失敗、防衛軍の大惨敗に終わりました…』



『民間人の避難が終了していないにもかかわらず、核ミサイルの発射を敢行した米国フランプ大統領に世界中から非難が殺到しています。尚、ミサイルは全てルーリアに無効化され、市民の中にはルーリアの侵略行為を応援する声も出ています』


『イェア!愛してるぜルーリア!フゥーッ!』


『守ってくれてありがとう!オレ達はルーリアを歓迎するぜ!』



『ルーリアの捕虜生活、もう最高でしたよ!部屋も豪華だし、ルーリア人は皆優しいし、ティセリア姫も可愛いかったですし……。地球に帰されたのは嬉しいですが、しょうじきもう少し捕虜でいたかったですね。明日からまた軍務です。憂鬱だなぁ……もう一回撃墜されようかな……』




 四月。ルーリア銀河帝国が地球に宣戦布告を行なって、早くも二ヶ月が経過しようとしていた。


 ルーリアの不可思議なエネルギー兵器によって尊い血が流れること無く、地球はその三分の二に及ぶ地域をルーリアに占領された。


 しかし、人々はこの侵略者を、可笑しな来訪者を、緩やかに受け入れている。


 都市を破壊し、人類を殺戮する……自分たちが想像していた"侵略者"とはまるで違うからだ。


 戦いながらも、対等に接し、敗北者を暖かく迎え入れ、自ら地球の文明も学ぶ。真面目で紳士的で……好戦的な侵略者に、苦笑を混ぜて……。


 地球はルーリアと、今も戦っている。




 ****





『磐越西線、会津若松駅発郡山行キ、発車シマス』



 無機質な電子音声が響く電車の中の、ボックス座席に腰を掛けて……。


 〈椎名 時緒しいな ときお〉は手にした携帯端末を眺めていた。


 時緒は独りだ。


 今日は高校の入学式。学校は午前中で終わったのに、会津若松駅前で目的地が分からないお婆さんに道案内をしていたら、いつの間にか夕方になってしまった……。


 独り寂しく、観る端末の画面に映るのは、ルーリア銀河帝国が地球に襲来してからのニュースの数々だ。


 それらは動画サイトから拾って来たもので、中には画質の悪いものや視聴者の書き込みに埋め尽くされて見えづらいものまである。


 


 今、この地球は異星人との戦争を行なっている。


 時緒はゆっくりと、車窓の外に目を遣る。


 会津の豊かな緑の木々が、清流が輝いていた。


 午後の陽を照らす緑の彼方に、澄み渡る蒼い空を背負った名峰、磐梯山が映える。


 あの空の向こうで戦争が行われているなんて、想像も出来ない。


 そう思う程に、齢十五歳になり、晴れて高校一年生となった時緒少年の世界は穏やかであった。


 電車の振動が心地良い。


 いつしか、暖かな睡魔が、時緒を包み始めた。


 時緒は座席のシートに身を委ね、瞼を閉じる。


 

 ……何処からか子守唄が聞こえてきたような気がした。

 


 その唄は、果たして時緒の微睡みが引き起こした幻聴だったのか。


 それとも……。





(さあ…トキオ…。貴方の番なのだわ)











 ****




 ”トキオくん…トキオくん…”


 ”やくそく…わたしは…”


 ”ずっと…ずっと”




 ”トキオくんのことが…だいすき…”


 ”たとえ…トキオくんが…わたしを……”






 


「んん…?ん……?」



 暖かい微睡から、時緒はゆるりと目を覚ます。


 電車の中で眠ってしまったことを思い出した時緒は、指先で口元の涎を拭いながら周囲を見回した。


 誰もいない磐越西線の車内が、夕陽の濃いオレンジに染められていた。


 窓から見える駅ホームには【猪苗代駅】の看板が。


 時緒の降りる駅。時緒の故郷、【猪苗代いなわしろ町】だ。



「……?」



 はてと、時緒は首を傾げた。


 ――変だ。


 違和感。人の声が聞こえない。


 開け放たれたままのドアから侵入してくる風は、人の気配を運んでくれず、寂しくて気色悪い。


 微かな恐怖を感じた時緒は跳ねるように起きて、駅のホームへと飛び降りる。


 酷く、誰かに会いたくて、会話をしたくて堪らなかった。


 時緒は、お気に入りのアニメキャラが描かれたパスケースをかざして、猪苗代駅舎内に入る……。


 やはり、誰もいない。


 窓口にも。待合室にも。売店にも。


 人の形をしているのは、猪苗代が誇る偉人、野口 英世博士の等身大パネルのみだ。


 薄暗い駅舎内で唯一煌々と輝くジュースの自動販売機が、返って不気味だった。


 駅舎の外も、駅前も同様だ。


 ロータリーにも。そこに停められたバスにも。


 人っ子一人見当たらない。


 夕景の猪苗代町に、ひゅうひゅうと、風の音だけが淋しく響き渡る。


 無人の町――。



「な、なんでよ…?」



 孤独感を紛らわすかのように、時緒は独り言ちた。当然、返ってくる言葉は、無い。


 自分が電車内で昼寝している間に何かあったのか?


 女友だちに勧められて読んだスティーブン・キングの小説を思い出して、時緒は恐怖に身慄いをした。



 ――さっさと……帰ろう。帰れば……今日は母さんパート休みだから……晩御飯の支度をしてる筈。僕は風呂の掃除をしてからゴジテレを見るのさ。



 駅前に誰もいないのはたまたまの偶然だ。きっと皆、今日は早々に家に帰って団欒をしているに違いない。


 恐怖を振り払うよう、そう懸命に思い込み、時緒は急いでロータリーを渡る。


 買ったばかりの革靴が、かつんとアスファルトを叩いて――



『そこのかた退!!』

「はいっ!?」



 突如、声がして、驚いた時緒は飛び跳ねた。


 清流の様に透き通った、少女の綺麗な声だったが、拡声器を通したかのように大音量で、時緒の鼓膜をびりびりと叩いた。



「誰!?何処!?」



 慌てて時緒は周囲を見渡す。


 やはり、誰もいない。


 声の主は……何処に……?



『おらぁ!そこのお前ぇ!とっとと退きやがれ!じゃぁねぇと踏み潰すぞぉ!!』



 また声が聞こえた。


 女の声だ。だが先程の少女のものではない。


 怒気をはらんだ女の叫び声。


 時緒は、この女の声を聞いたことがあった。



「この声…。もしかして…かあ、」



 そう言いかけて、時緒はふと空を見上げる。



 影があった。



 ヒトの形をした影が浮かんでいた。



 ごうごうと、風を切る音。巨大な影はぐんぐん大きくなっていく。


 時緒の目の前が影のでいっぱいになり――




 落着ズンッッ!!!!!!!!!




 凄まじい轟音を響かせて、影は地面へと激突した。



「いーーーーーーーーーー!?」



 弾ける衝撃波が、時緒の身体を容易く吹き飛ばす。


 時緒はボールのように地面を不様に転がって、駅舎の壁へと叩きつけられた。



「いっ…いってえぇぇぇぇ……!!」



 背中に疾る激痛に、時緒は涙を浮かべ暫く悶え苦しんだ。



「う、うあぁ……」



 数秒経ち、やっと痛みが引いた時緒はゆっくり立ち上がる。


 新品の学生服が土埃まみれになっていて、時緒は痛みと相まって悲しい気分になった。



「何?…何なのよ!?」



 時緒は混乱すると女口調になる。


 涙をハンカチで拭きながら……時緒は見た。


 見てしまった。




 バスロータリーの向こう、濛々と立ち込める土煙の向こうに。


 影が、スキー場の看板を支えに、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。


 土煙が晴れていく。


 影の全貌が、明らかになっていく。



「……ぁ…ああ…?」



 時緒は目を見張った。


 影の正体は、『それ』は……。


 『巨人』だった……。


 太く長い四肢。肩は大きく天を突くが如く張り出し、左右一対の羽根飾りじみた角を携えた頭部には鋭い翡翠色の双眸が、土煙を斬り裂くように瞬く。


 目測にして二十メートルはあるだろうその巨体は、メタリックな白と青に彩られ、夕陽を反射して輝いていた。


 漫画、ライトノベル、アニメ、映画、ゲーム、プラモデルに超合金の玩具。


 現代いまを生きるオタクな時緒にとって、『それ』を形容する言葉は、たった一つ。



……!!」



 時緒は興奮した。鼻息が荒くなる。


 子供の頃から大好きだった、テレビ画面の中だけのヒーローだった巨大ロボットが、今まさに、目の前に存在しているからだ!



『げほっ!おえっ!畜生!芽依…無事か!?』

『は、はい、おばさま。この子、何だか調子が悪くて……。動力レヴの出力が安定しません…』

『一昨日の起動実験では上手くいってたのにぃ!自分で造っておいて何だけど、空気読めよコイツ!?』



 先刻の女達の声が、再び響き渡った。


 どうやら、声はロボットから発せられているらしい。


 時緒は、鈍痛が残る背中を摩りながら、おずおずとロボットを見上げ、声を掛けてみた……。



「あ、あの……すみません!」



 ロボットの頭部が滑らかに稼動し、その光る双眼で足下の時緒を見下ろす。



『あぁ!?テメエまだいたのかよ!?』女の怒号が響く。



『避難警報聞いてなかったのかよ!?皆もうシェルターに避難して………あ?』

 


 暫しの静寂。



『お前…と、時緒じゃねえかぁ!!?』



 女の声が怒号からスットンキョウに変わる。街道に立て掛けられた『会津名物ソースカツ丼』と印された旗が揺れた。


 やはりこの声!時緒は確信した。



「その声!やっぱり母さんか!?」



 声優みたいな綺麗な声なのに、男勝りで乱暴な物言いをする。しかも、自身の名前を知る者といえば、時緒にとっては一人しか思い浮かばなかった。


 自分の母親、椎名しいな 真理子まりこしかいない。



『ちょ!?おま!?こんな所で何してんだぁ!?警報は!?避難は!?』

「何でロボットの中から母さんの声が聞こえるのよ!?」

『質問を質問で返すんじゃねえ!!』

「ひぃぃっ!?」



 怒鳴られて、時緒は混乱して後ずさった。この圧倒的な威圧感は……まさしく母だ。




『時緒…………くん?』



 今度は、少女の声がした。


 ロボットが、ゆっくりと膝をついて……その双眸で時緒を見つめる。



『と、時緒くん?…本当に?時緒くんなのですか!?』



 どうやら少女の声は、時緒を知っているらしい。



「は……はい」



 だが、時緒は、この少女の声に覚えは無い……。


 誰だろう……?物覚えは良い方なのに……。時緒は何やら罪悪感を感じた。



『時緒くんなのですね…!?あ…あぁ…!!』



 どうやら、少女の声の主は感嘆している様子。


 いつまでも知ったかぶりは出来ない……。


 時緒は無礼を覚悟で、少女の声の主に尋ねることにした。



「あの……貴女は、誰で――」



 カッッ!!!!!!!!!



 突然の閃光が、時緒の質問を遮る。


 見上げれば、鮮やかに光る数条の粒子ビームが、猪苗代の黄昏を、灼いていた。



「アレは……!?」

『来やがったな……ルーリア!』


 

 母の声を発しながら、ロボットは鋼の拳を握り締めた。




 続く

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