第4話 ういういしい休日


エルペ股間濡らし事件から一夜あけた今日は念願の休日である。

昨日はこっぴどく怒られた後に言語物理学詠唱の影響で普段はくるくるした潤いのある髪の毛がパッサパサになり爆発した頭のエルペに誠心誠意謝った。


「ふぅ、とんだ週末の1日だったなぁ」などと布団から体を半分起こした状態で一人ごちた。


「メレク起きたのー?起きたなら片付かないから朝御飯食べてちょうだいー」

「わかったよ母さん今いくよー」まだ布団から離れたくなさそうな体を無理やり起こして眠気眼を擦りながら僕は居間へと向かった。

居間ではすでに朝食を食べ終わり食後のお茶を飲んでいる父親のセフと食べ終わった食器を洗っている母親のケエルが「メレクおはよう。」と健やかな笑顔で迎えてくれた。


「昨日またお前イタズラしたんだってなメレク?」昨夜は天命の仕事が遅くなり夜中になって帰ってきてからその事情を聞かされたであろう父親が何故かニヤつきながらそう問い掛けてきた。

少し冷めてしまった朝食を食べながら僕は「あ~、うんまぁそんなとこ」とばつの悪そうな顔で答えた。

「ちょっとあなた真面目に叱って下さいって昨日言ったじゃないのぉ!」と母親が洗い物が終わりエプロンで手を拭きながら強めの口調で父親に言う。

「まぁまぁ子供は元気があるぐらいが丁度いいんじゃないか?またどうせいつものズッコケ四人組で悪巧みしたんだろ?」

「そーだね、提案したのは僕だったけど」

「そーなの!?もうそういう悪知恵働かすのはやめなさい!」

その掛け合いをみて笑いだす父親、実によくある平和な休日の朝だなと感じながら朝食を食べ終えた僕は「今日はそのズッコケ四人組で言語物理学の基礎の復習会をやる予定だからそろそろ支度してくるよ。」と一言言い残し食卓を後にした。


支度を終えた僕は待ち合わせ場所である北西の森の開けた野原へと足を運んだ。

この北西の森にある野原にはほとんど樹木がなく、近くには池や鉱物がある洞穴などがあり言語物理学の詠唱練習にはもってこいなのであった。

唯一気になるオブジェクトとしては野原の隅にある"肉の木"という幹から肉が実る木が二本生えている事ぐらいだろう。

この"肉の木"は実に不思議な木で幹のヒビのような隙間からミチミチと少しずつ動物の肉のような物がせり出してくるのでそれをナイフ等で切り出して焼いたり煮込んだりして食べると脂がのっていて実に美味なのである。

通は生で食べるらしいが僕はやはり厚めにスライスして塩コショウで焼いて食べるのが一番好きだ。集落のなかでもとある一人の長老はこの"肉の木"から実る肉が群を抜いて大好物らしい、とても無駄な情報だ。


どうやら僕以外の3人は既に野原に集まっているようで池の近くで各々好きなことをして暇をもて余している様子だったので急ぎ足で三人のもとへと向かっていった。


「あーきたきた!もぅ遅いよメレクー!すっかりアレスが池のほとりの雑草に擬態しちゃってるよぉお~」冗談まじりにアレスを一瞥しながらトゥルエがいうとアレスが雑草の中から体を起こして言い返す。

「うるせーぞトゥルエ!こちとら昨日は夜まで親に説教くらって眠いんだよ!メレクはその様子だとたいした大目玉はくらわなかったのかぁ?」

「お前の家は結構うるさそうだもんな、あんな厳格な両親からアレスが生まれるんだから遺伝子というのは不思議なもんだよ本当に。」

「それ良く言うよなうっせーよ!」

「うちは父さんの帰りが遅いしそもそもユルい父親だからな、朝はむしろ母さんから庇ってくれたよ。」

「なんだそりゃ!羨ましい限りですねぇ~」嫌味な薄目をしながらアレスが言う。


「アレスと違ってルムヤは成績優秀の頭脳明晰だからね!そりゃお父さんお母さんもうるさく言わないでしょーよ!」

「なんでお前が偉そうに言うんだよ?頭脳明晰って最近覚えたことば言いたいだけだろ。」

と、その嫌味な薄目を今度はトゥルエに向けながらアレス。

「エヘヘェ~」

「なにはにかんどるか!」

見事な手刀がトゥルエの額をとらえた。

「あいた!」と額をおさえながらトゥルエが叫ぶ。

などとどうでもいいやり取りを一頻り見た後にルムヤに視線を向けるとこっちの事などどこ吹く風で一人で虫を観察していた。

「ルムヤはずっとあんな調子で虫を観てるよ~、何が楽しいのかなぁ????」

首を傾げるトゥルエを横目におそらく単純な生物の行動原理でも観察してるんだろうなと思いつつ「たぶんあーいうの俺も好きだぞ」とトゥルエに返す。

ますます頭の上にハテナを増やしてこれからの言語物理学の復習に支障をきたすのもめんどくさいので本題に入ることにしたのだった。


「───という、って事でここまではわかったか?」

野原の池の側にあった大きな平らの岩の周りに円になって座りながら、言語物理学の基礎知識を言葉で分かりやすく説明をしたもののアレスとトゥルエはやはりあまり理解出来なかったようで岩に突っ伏して痙攣していた。

「メ、メレク先生、せ、専門用語を使わないで下さいわかりません!」

「いやそんなものは一切使わないで説明したつもりなんだが、そもそも理解するきないだろお前たち二人…みろよルムヤはもう当たり前の事過ぎてまた虫の観察してるだろ?なールムヤ分かりやすかったよなー!!?」

ちょっと離れたところで虫の観察を再開したルムヤに少し大きな声で問いかけるとこちらも見ないでグッッと腕を天に突き上げながら親指を立てた。

「ほらな?」

「ルムヤと比べないでェ~頭の作りがそもそも違うんだよ私たちとは~」

「頭に入ってる有機物で構成された物質は同じはずなんだけどなぁ」

「煩わしい言い方しないでくらはい頭いたいレス」

アレスが頭に手を当てながら唸っていた。


「まぁこの段階で二人が理解できるとは思ってないけどな、そんな二人は実践を交えて体で覚えてもらうのがおそらく一番手っ取り早い!」

「お、体使うのか?待ってました!」と急に元気になるアレス。

「ふぇ~私はそっちも苦手だよぉ」トゥルエは何が得意なのかと思いながら続ける。


「では昨日のエルペの股間を濡らした詠唱を実践してもらおうと思うのだが」「あ!それ俺昨日できたやつか?!楽勝じゃねーか!」

「いやアレス、詠唱間違ってたから指揮をしていただけで厳密には昨日何もやってないぞお前、実行犯はある意味俺一人だな。」

「え、じゃーなんで俺の方があんなに怒られたの…??」

「詠唱失敗してたって俺が先生に弁明しなかったから?」ものすごい絶望的な顔をしているアレスはほっておいて続きを説明していく。


「まずさっき説明したように我々人間には普通の声を出す声帯と詠唱の時に震わせて詠唱に必要な"音"を出す"声帯幕"の二種類がある事は理解したか?」

ギリギリ首を縦に降るアレスとトゥルエ

「その"声帯幕"を使い言語物理学の詠唱をすることで万物の法則や性質を利用することが出来るのだが」「だから合唱や歌の授業が多めなんだよね!」とトゥルエがすかさず自慢げに言ってのける。

「まぁそうなるな、普通の声帯と"声帯幕"は近い位置にあるから歌により声帯を鍛えるとおのずと"声帯幕"も鍛えられるわけだ。」

「「ふむふむ」」二人が声を揃えて頷いた。

「そして言語物理で一番大事なのが詠唱の暗記と発音になってくるのだが、詠唱には大まかに原子などの物質の"真名"と"ベクトルの向きと強さを決める言葉"が大切になってくるのだがさらに"原子の運動量"や術者を起点とした"座標位置"なんかも必要になってくる。後者においては基本必要ないのだがより高度な魔法(言語物理)を使いたかったらその四つは必須事項となってくる。」

「え、そんなの授業で習ったっけ??」アレスが問いかけると「これはまだやってない、おそらく青年期ぐらいの授業内容」といつの間にか輪の中に加わっていたルムヤが答えた。

「ご明察、今日は復習だけじゃなく君達のために予習もしておこうと思ってなフハハハ」と悪意を含めて言うとアレスとトゥルエが「ンギョラァ」と心底嫌そうな声を発していた。


「まあとは言っても今日その4つを使った高度魔法は実践してもらうつもりはないから安心してくれ、そんな事してもらおうと思ったら俺らが長老達と同じぐらいの年齢になるまでかかるもしれないしな。」

「おいそれは馬鹿にしすぎだろ!まぁ間違いないけどな!アッハッハ」と開き直るアレス。


「冗談はさておき…では早速、水を生成する詠唱を唱えて貰うわけだが詠唱内容覚えてる人挙手!」

お互い別の方向を向きしらばっくれるアレスとトゥルエ、それとは別に真っ直ぐに手を挙げるルムヤ、そりゃまぁこうなるよな。

「はい、ではルムヤ先生お願いします。」

何故か照れながらルムヤが発言する「はい!水素の真名"ハー"2つと酸素の真名"オ"を1つそれにベクトル詠唱の"ベクト"を最後に付け加えて"ハーフオ ベクト"です!」

「はい正解良くできました~」といい頭をワシャワシャしてやるとルムヤは幸せそうに満足げな表情をしていた。


「因みにエルペの股間を濡らした時はそれにプラスして座標詠唱とベクトに単位を1つプラスして"シゴセ ヒゼメータ ハーフオ キレクト"となっていた訳なんだが、今日は実践勉強として"ハーフオ キレクト"の詠唱を完璧にこなせるようになってもらうので宜しく。」

「ちょちょちょ!メレク!早い早い!なんだシゴセなんちゃらとかいうのは??あと真名の"ハー"と"オ"はわかるんだがなんで"ハーフオ"になるんだ?あとあとベクトに単位を1つプラスしてキレクトになるのかもさっぱりわからん!」手を顔の前でヒラヒラさせながらアレスが質問してきた。

「お前本当になんもわかってないんだなぁ…とりあえず1つずつ説明していくから良く聞いとけよ?」コクコクと頷くアレス。横ではトゥルエもコクコクコクと頷いていた。


「まず"ハーフオ"になる理由としては"ハー"は水素の真名"オ"は酸素の真名ってとこまでは理解してるよな?」

「はい、メレク先生!」

「よしよし、それで水を生成するには水素が2つ、酸素が1つ必要ってこともわかるよな?ってことは水素の真名"ハー"が2つ必要ってことだ。そこでその個数2を現す真名がそのハーフオのフに当たる部分な訳だ、つまり水素の真名、個数2を現す真名、酸素の真名で"ハーフオ"になる、ここまでついてきてるか?」

「はい、メレクせんせい!」

「んでそのあとのベクトがキレクトに変わった理由は、単位を現す真名が頭についてベクトの頭文字が省略されたことによりキレクトに変わったわけなのだが、その単位の真名が下からキレ、メゴ、ギゴ、テレ、ペト、エクセ、とまだまだ続くのだが上に行けばいくほど前半の物質詠唱部分の物質生成量と威力が上がっていく。今回は何も付加してないベクトにキレを追加し、頭文字のベが省略されキレクトになったって事なんだが…大丈夫か二人とも?」

「ひゃい!メレクしぇんしぇい!」

「…で、ここから先は別に覚えなくてもいいんだが"シゴセヒゼメータ"とはどこに魔法を出現させたいかっていう座標詠唱になるのだがこの場合10メートル離れたエルペの股間にダイレクトアタックをしたかったので"シゴセヒゼメータ"と、唱えたのだね。」

「…」


「さらにここから、もしもただの水ではなく熱湯に変えたり凍結させたかった場合、最後に物質の振動値を変える事のできる"ルシオ"の詠唱を付加させることになるのだが、100度ぐらいの熱湯を発生させたい場合は"ハンドルシオ"逆に凍結させたい場合は"ティブゴゼルシオ"を詠唱の最後に付け加える必要があり、さらに凍結上位魔法になると"ケルビ"ってのも存在するのだが"ゼケルビ"で絶対零度詠唱が可能になるんだが相当な訓練が必要らしいのと、まぁ使い所も無いから習得する意味はないだろうなぁ…」

「…」


と思わず楽しくなってしまい不必要な事を喋っていたら目の前に魂の抜けた屍が2体出来上がっていたので焦ったのは言うまでもないであろう。


「と、まぁ気を取り直して。とりあえず後半2つの事は忘れてくれ、君たち二人は"ハーフオ キレクト"で水生成することだけを考えてくれればいいから。」

「はい!メレク先生!」

二人の元気な返事を聞いて頷くと共に、本当は周期表にあたる原子のそれぞれの真名とか電子やクオークとか素粒子の複雑な真名とかの話もしたかったと思ったのだがこれ以上二人を追い込むと本当に天に召されそうだったので自重しておいた。


気付けばルムヤがまた虫の観察を開始した爽やかな夕暮れ時だった。

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