第3話 おおきな不安感



「すまん待たせた!」


後頭部に片方の手をあてがいながら3人のところに走りよるとアレスとトゥルエが複雑な表情で迎え入れてくれた、悪態をつきたいのだけど捕まっていた相手が相手だけに共に何も言い出せないことが感じ取れた。

ルムヤだけは両の頬を膨らませて森にいる頬袋に食料を溜め込んでいる小動物のようになって怒りを露にしていたのでその両頬をとりあえず手のひらで押して潰しておいた。


四人はお祭りに行ってしまって誰もいなくなった集落を抜けて西の森へと向かっていく。

遠くでは祭りの仄かな光と御神木が微かにみてとれるぐらいの距離まで誰にも見つからず無事に到達することが出来た、ここから道なりに進んでいけば森の図書館が見えてくるだろう。

歩きながら3人に最後の確認のために一言語りかける。


「確認するが柵を越える覚悟はできてるか?」

少し怖い顔をしながら振り返ってみる。

「お、おう!今さら引き返せるかよ!」

引きつった顔でアレスがそう答える。横ではトゥルエがすごい勢いで頷いているが顔はやはり少し強張っている様子で落ち着かない。

「大丈夫。」

珍しくルムヤがトゥルエの手を取って真顔で答えた。

ルムヤは何か胸に一物を抱えてるように思えたが特に言及はせずにおいた、どうせ聞いても答えてくれないと思った事もあるが柵を越える話を提案してからのルムヤは何かを確かめるんだという決意を察していたのが一番の理由だった。恐らくルムヤも僕自信がそう思っていることを感じているのだろう。


そうこうしてるうちに森の図書館に辿り着くことが出来たのだが何故柵越えをわざわざ西の森で行おうとしているのかは何点か簡単な理由があった。

一つ目は森の図書館の周辺には民家が無いこと。もう一つは図書館の裏手から森に入れば集落から森の図書館が邪魔をしてくれて見つかりづらいという点だった。


なので西の森にある柵の場所は子供達がよく度胸試しに使っている場所で、夕方の日が落ちる直前に柵の上に立ち両手を上に上げるという度胸試しを大人達に隠れて実行しやすい場所であった。

自分達はそれ以上の、しかも"掟"に違反する事をこれからやろうとしているのだが。


森の図書館を越えて暫く歩き続けると言語物理学の副産物として精製される物質から作られた灯火も無くなり静寂な暗闇が訪れる。

夜の森はとても不気味で皆の心を不安にさせた。

悪魔の存在は全く信じていないつもりの僕でさえ木々が風に揺れておこるざわめきがまるでその悪魔がせせら笑うように聞こえてしまうほどにその森の暗闇が全身を蝕んでいく。

子供の頃から親や学校の先生達から聞いていた悪魔の存在は無意識のうちにこの集落の人間の脳内に深く根付いてしまうものなのだとその時とても恐ろしく思った。


ランタンから生まれる心もとない灯りで照らされた道の無い森を進んでいくとようやく目の前に木でできた柵が現れた。

その柵は大人の腰ほどに位置するぐらいの高さで自分達にとっては肩ぐらいまであるため暗闇のなか乗り越えるのは多少慎重になる。

綺麗に手入れされたその柵は数年掛けて柵の補修を天命にされた集落の人間が解体、作成しており常に変わることなくそこに存在していた。

この西の森の柵はつい最近作り直されたばかりで手をかけてみるとしっかりしており軋みさえもない様子だった。


柵に触りながら生唾を飲み込む。

緊張と恐怖からか変な汗がにじみ出て心臓は高鳴っていた、そんな心情を払拭するように僕は言葉を絞り出した。

「よしトゥルエ、行ってみるか。」

「ななななななな、なんで私からなのよ!!」

すかさずトゥルエが言い返す。

「うむ、やはりここはトゥルエが適任だろうな。だろ?ルムヤ?」

アレスがトゥルエの発言の直後に問いかけた。

先程まで神妙な面持ちだったルムヤが少しニヤケながら「うん」と答える。

その言葉を聞くとトゥルエが本気で足を内股に折り震わせながら「ルムヤまでえええ」っと半泣きになりながら声にならない声を上げた。

その発言を皮切りに3人が笑いだす、それにつられてトゥルエも泣きながら笑いだす。

さっきまで暗闇と不安に押し潰されそうだった四人の心に多少の余裕が出来ると共に場が和んだ。


もしも悪魔を見たという証言が恐怖にとらわれた誰かの幻覚だとしたらもう僕たちはもう大丈夫だろう。

笑いながら出た涙を人差し指で拭うと「ちょっとこれ持っててくれ」と一言言うと僕はランタンをトゥルエに渡し「あ、ちょっとなんっ」と咄嗟の事に慌てるトゥルエを横目に片手で柵に手をつくと軽快に柵を飛び越えてみせた。


「危ないじゃない落とすところだよぉ!」と発言するトゥルエが顔を上げながら柵越しに僕を見たあとに頭の上に?を浮かばせる表情をしたのちすぐさま状況を理解し「ちょちょちょ!」っとまたランタンを落としそうになっていた。

「相変わらずトゥルエは騒がしいなぁ」とやれやれのポーズをしながらため息混じりに聞こえるぐらいの大きさで呟き「ほら!皆も飛び越えて早くこっちにこいよ!」と促した。

「よっしゃ、い、今いくぞ!」とアレスが柵をよじ登りながら言うのを見ていたらルムヤはいつの間にか既に横にいて少し驚いた。

少し状態を仰け反らせながら「ルムヤは本当に気配がないな…」と僕が言うと何故だか照れたように下を向いた。「いや、誉めてはいないぞ?」と言うや否や足をフミフミされた。


そうこうしているうちに柵の内側にいるのはトゥルエ一人となっていた。

何故か潤んだ瞳でこちらを見つめてくるトゥルエ。

それを無言で見つめ返しながら立ち竦む3人。

何か言いたそうにこちらを見たところで特に仲間にするかしないかの選択肢は出てこないぞ、と心のなかで思いながらもとりあえず柵越しにランタンを受け取り「よし行こうか。」とアレスとルムヤに言うと柵に背を向け歩きだした。

それに続くアレスとルムヤ、するとすぐに後方からダッッターッン!シュバ!カサカサカサカサ!と音がしたので軽く振り向くとルムヤにくっつくようにトゥルエがパーティーに加わっていた。


どれくらい歩いただろうか、すっかり柵は見えなくなっていた。

相変わらず続く道のない森は永遠に続くのではないかと思うほどに変わらない表情で僕たちに干渉しないように存在していた。

夏祭りは夜中から始まり朝方に終わるからとはいえ家にいなくても不自然じゃない時間は限られていた。正直今夜だけで"外の世界"を見られるとは思っていなかったのだが少しでも、何か"外の世界"の片鱗だけでも見つけられればと期待はしていたのだがその期待を裏切るようにただ森が続くだけだった。


そろそろトゥルエがグズる頃かなと思った矢先に「あいたぁ!!」とすごい音をたてて(トゥルエの目の前にはルムヤがいたはずなのだが何故か)アレスを巻き込みながらトゥルエがスッ転んでいた。

「おい大丈夫かトゥルエ?」と駆け寄ると、結構盛大に転んだトゥルエの両膝からは血がでており大した怪我ではないのだがこれ以上森の奥深くを子供達だけで探求するには不可能な事を物語っていた。


「んぬぐぬぅうう」と下唇を噛み締めるトゥルエは痛みを我慢していると共に自分のせいでこれ以上先に進めないと悟った表情をしており間抜けな面白顔だったので笑いそうになった。

「大丈夫トゥルエ、お前のせいじゃないよ。もともと子供だけで柵を越えて、ましてや"外の世界"に辿り着くことなんか不可能だったんだよ。」と肩に手をおき語りかけた。

「でもぉおおおぉ」とさらに顔が歪むトゥルエ。頼むからこれ以上笑わせないでくれ。そう思っているとルムヤもトゥルエの肩に手をおき「トゥルエ気にするな。」と声をかける、その歪んだ顔がさらに歪みポロポロと大きな涙をこぼしながら泣き出すトゥルエだったので僕は笑った。


「いったいトゥルエは何に躓いたんだ?」とトゥルエの足下をランタンで照らすとアレスが溝に嵌まってピクピクしていた。

あ、忘れてた。と思いとりあえずアレスを抱え起こす。


その後よくその周辺の地面を確認してみると思わず「なんだこれは…」と呟いていた。

「どうした?」と近付いてきたルムヤと共に奇っ怪な気分に襲われた。

その地面周辺は大人の足程の太さの大小様々な溝が複数あったのだ。

どうやらその一つにトゥルエは躓いたらしい。

地面だけじゃなくその周辺をよくランタンで見回してみるとおかしいのは地面だけではなく所々の木が燃えて朽ち果てているのが見受けられた。

「なんだよこの辺は?」と困惑しているとルムヤが「雷でも落ちたのか?」と質問してきた。

「確かに落雷によって木が燃えているのは集落の外れで見たことはあるけど…でもこの辺だけに燃えた木が密集している説明がつかない…」と困惑しながらもルムヤの問いかけに応じた。

「おーいこっち来てくれー!」いつの間にか復活していたアレスがこちらに手を振りランタンで自分の顔を照らしながら呼び掛けていた。

呼ばれた方に早足で向かうとどうやらトゥルエが転んだ場所のすぐ横の木に何か異変があったらしく「これどう思う?」とアレスにしては珍しい真面目な面持ちでその問題の場所をランタンで照らし出した。


その木は一見なんの変哲もないただの木のように思えた。しかしアレスが照らしてる木の一部分をよく見てみると多少厚みがありしっかりとしたその木の側面部分が拳一つ分ほどエグれていた。エグれているというよりはどちらかというと溶けているという表現が一番近かった。

その木に触れてみると御神木のように少し温かくその溶けたようにエグれている部分を何も気に止める事がないように立派な葉をつけて枯れる様子もなかった。

「いったいどうしたらこんな風に木がえぐれるんだよ…?」とアレス。「さっぱりわからないな、こんな事になっている木は僕も御目にかかったことがないよ。」とアレスに返した。

さっきからルムヤは黙ったまま何かを考えているみたいだが答えが出ないのか眉間のシワを一層深くするだけだった。


このままここにいてもこの場所がどういった理由でこうなったのか分かる術も無く埒が明かないだろう事とトゥルエの膝の出血が止まらないのということもあってこの場を後にする事を提案した。

3人はそれ以外の選択肢が無いことを理解してか渋々首を縦に振りその提案を飲んでくれた。

自分からこの柵越え作戦を持ちかけておきながら僕には一刻も早くこの場を離れなければいけない理由が出来てしまったのだ、この3人にその理由を気づかれる前に何とかその場所を早急に離れることが出来て内心胸を撫で下ろした。


何故あの時一刻も早くその場を離れなければいけなかったのか・・・木の異変に気づいた直後に僕は確かに見たのだ、遥か遠くからこちらを睨む二本の角が生えた赤く不気味に光る"一つの目"を持った謎の生物を・・・あくまで噂だと思っていたし悪魔の存在なんか信じていなかった。

しかしもし噂が本当だったら・・"掟"を破った事がバレた時に下される罰のことも考えると、いくら"外の世界"が魅力的だろうともう一度あの柵を越えようとは思わなかった。

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