第10話 ウインドミルの大いなる偉業

「やっぱりミソラみたいにはいかないなぁ」

 一〇投目を投げて思う。

 風を詠むことにかけて長峰弥太郎の右に出る者などいない。だから、投げるタイミングだけは美空よりも良いと言えた。

 だが、それだけ。

 紙ヒコーキの折り方、投擲法とうてきほう、その他の技術や経験が圧倒的に不足していた。

 事実、川の手前まで届くかどうかという飛距離にしかならなかった。「川の半分くらいまでしか飛ばない」などと頭の中でバカにしていた自分が恥ずかしいとすら思う。

 その時、ジーンズの中のスマホから呼び出し音が聞こえる。

 ディスプレイに表示されたのは、ここ数日間、何度も連絡を入れた相手。

 慌てて出ると、向こうからは少し息を荒げた美空の声が聞こえた。

『どこで何してるの⁉︎』

「展望台でいつも通りしてるとこだよ」

『あんないい加減な紙ヒコーキ投げて……』

「ウインドミルだよ」

 美空が言うような事を言うと、彼女は無言になった。「ちょっとからかい過ぎたか」と反省していると電話の向こうから、何かを押し殺したような声がした。

「ミソラ?」

 何事か聞こうとする前に答えはわかった。

「アハハハハ」

 清々しいくらいの爆笑だった。

 怒らせるつもりも無かったか、笑われるつもりもなかったのに。

「あんな拙い紙ヒコーキがウインドミルだなんて認めないわ」

 ひとしきり笑った後にそう言った。

 いつものようでありながら、いつもと違う。

 一昨日の夜の感情的な美空でも、それ以前の冷徹な美空でもない。

 年相応の少女がそこにはいた。

「ヤタロー、お願いがある」

「お願い?」

「私はどうしてもあの一〇年前のやり直しをしたい」



 そこからは電話をつないだままで

 美空は色々と指示を出していた。「主翼を上げろ」「投げる時に力が入り過ぎている」などなど、飛んだウインドミルの軌跡きせき辿たどるだけで当ててみせる。

「私は間違えない。私がやりたいことをやるんだ」

 伯母の言葉を思い出す。

 空を飛ぶウインドミルを見て、慌てて部屋を出ようとした時に放った言葉。

『やり直しなんて、人生の中でそうそうないよ』

 伯母はやれともやるなとも言わない。

 自分で決めろいうことなのだろう。そう言ったところまで厳しい伯母だった。

「私は対岸で成功を見届ける」

 ふと川の方を見れば、もう何投目になるかわからないウインドミルが空を飛んでいた。

 口頭だけでうまく飛ばせるのか賭けであったが、弥太郎はウインドミルの距離を伸ばし続ける。

 展望台の入り口に差し掛かる頃には、川を横断することができるようになっていた。

「やるね。ヤタロー」

 坂道を駆け上りながら、協力者の功績こうせきを讃える。

 展望台に着いてからも、対岸にいる弥太郎はちょうどウインドミルを投げようとしているとして、足を止めた。

「あれ?」

「どうしたの?」と美空が声を送れば、弥太郎は『一〇秒待って』と返事する。

 ミソラは覚えている。

 最初に強い風を詠んだ時のこと。

 期待のこもった美空の声に弥太郎は『うん』とひと言だけ返事をする。

『行くよ、ミソラ』

 そして、弥太郎が美空を見て真似たのか、付け焼き刃とも思えないスムーズなフォームで解き放つ。

 そして、それと同時に吹く一陣の風。

 それは、力強くも優しい春の風だった。

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