第二話「セカンドステージ」

 俺達は、英雄だ。少なくとも、幾度もそう謂われてきた。

 AMSという兵器に対する期待。外宇宙へと展開する、人類の最先端としての役割。しかし、母なる星から遠く離れたこの場所は。そんな重たい感傷を抱いたままでは、きっと辿り着けないところにあるのだろう。

 だからというわけではないが、僅かに寝坊した俺は朝飯代わりのレーションバーを乱暴に制服に突っ込み、仮住まいの部屋を出た。

 統合宇宙軍、火星地上基地。赤い星の中にある異物。軌道上のフォボス・コントロールと相互に補完的役割を果たす、統合宇宙軍の数少ない陸上戦力の集積所。中でもAMSハンガーは、その中核にあたる施設である。そして、その証拠……と言えるかはわからないが、外の気候や日照は兎も角、地球標準時ではまだ夜明け前の筈の時刻でも、幾人もの技官が忙しなく動き回っている。

「お早いですねぇ、大佐殿」

「まだ地球基準が抜けなくてね。修復はどうだ?」

 声をかけてきたのは、くせっ毛を頭の上で纏め上げた、小麦色の肌をしたツナギ姿の女性。ミーゼス中佐。この地上基地のAMS整備責任者だ。

 火星の一日は、地球に比べて少し長い。そのせいで時間が経つごとに生活リズムがずれていく。つまりは自然と早起きになるわけだが、ミーゼス女史のような技官の長期滞在者(ロングビジター)ともなれば、既に適応済みということらしい。

 その分、言葉の端々に火星訛が時折交じる。この星に長く留まっていること。それそのものが、彼女の優秀さの証明だ。

 ……ちなみに彼女は、火星圏における第三世代AMSの開発責任者も兼ねている。

 この手の技術畑の人間には二種類いる。ひとつの分野に秀でた「専門家」と、何でも屋。こうした外宇宙で必要とされるのは、後者だ。そして畑は違えど何でも屋同士だからか。彼女とはそれなりに気が合う。

 といっても、男女の仲とかそういう話ではない。単に、仕事上、否が応にも上手くやらないといけない関係、というだけのことだ。

「進捗プラス3%。ジャスト予定通りの範疇ですよ」

 だから、彼女が予定通りと言うからには、予定通りなのだろう。なにしろ彼女は、少なくとも半径五千万キロで第三世代AMSの扱いに関しては一番だ。しかし、

「……この有様でか?」

 眼の前には、手足を外され、胴体を上下に分割されて達磨のような状態になった愛機、『ファブニール』。あの戦闘からの整備にしては、些か大仰に過ぎるという気もするが。

「手足と腰回りに設計外の負荷がかかったログがあったので、念のため外して強度検査中です。何か無茶をやったんですか?」

「……ログは見ているだろう。ここまですることは無いと思うが」

「次の戦場は宇宙ですから、念入りにしないと。ああ、例のパワーパックの不調、大佐の読み通り吸気系でしたよ。宇宙なら問題は出ないかと」

「骨格全交換をする余裕があるのか?」

「代わりに、破損した機体の手足を移植することにしました」

 彼女が指差す先には、この前の戦闘で頭部を破壊された同型の機体。自分の試作型『ファブニール』とは多少の違いこそあるものの、殆どが共通部品だ。

 複雑な感情はあるが、地球圏外での部品供給事情を考えれば、彼女の判断は極めて的確と言えよう。

「……本当に間に合うのか?」

「ギリギリですが。本体は部下任せで問題ないんですが、『ヒルデガルド』のスケがカツカツで」

 彼女は、今度は『天井』を指差す。工廠の梁から糸(テザー)で吊られた巨大なV字型のユニットは、地球育ちの感覚では今にも崩壊しそうな程の不安を覚える程に、不安定な形状をしている。

 しかしあれは、次の作戦の要だ。

「ウェポンシステム04か。とはいえ、要するに『弾倉』、ペイロードを入れるコンテナだろう?」

 ウェポンシステム04『ヒルデガルド』は、AMSに接続する武装プラットフォームだ。つまるところ、銃のマガジンを持ち歩くのと変わらない。ただ、それが大きくなっただけだ。

 だが、その言葉に彼女は何故か不服そうだった。

「ダメです。ぜーんぜん違ァいます。アレは、『弾倉』じゃなくて『翼』なんです」

 度を越して優秀な人間というのは、時折よくわからないことを言い出すものだ。

「鳥の翼か?」

「イエス、宇宙を駆ける翼ですよ」

 ただ、翼という単語には、どうも近頃食傷気味だった。

「宇宙では翼は要るまい」

「言い換えればぁ、軌道上で自由に動くための、補助推進ユニットですよ」

「それにしても、ここまで大きい必要はないだろう」

「聞きましたよ、木星人とやり合ったって」

 彼女の話は、こうして時折唐突に飛ぶことがある。どうも本人の中では筋道だった思考があるようなのだが、外からは伺い知れない。ただ、もう慣れた。

「……使用機体については、レポートで提出した筈だ。あれは、完全にパイロット技能の賜物だった」

「興味あるのは、中身の方ですよぉ」

「………」

「どんな人でしたぁ?」

「年端も行かない少女だった」

「……まさか、本当に『話した』んですか?」

「……どうせ、整備の時に通信ログを吸い出しているだろうに」

「ええ、繰り返し聞いて、編集して、今は夜のお供と目覚ましのアラームにしてます。あ、大佐の声はカットしてますからご心配なく」

 何の夜のお供なのかは、踏み込まないでおく。物理的に場所が限られる宇宙空間では、プライバシーの線引きが肝要だ。

 が、そういえば、噂程度に聞いたことがある。長期の宇宙滞在に適性を示す人間は、潜在的な両性愛者が多いとかなんとか。もしかすると、本当なのかもしれない。

「……軍規に触れてないだろうな」

「あのパイロット、欲しくなりました」

「妙な意味じゃないだろうな」

 繰り返しになるが。度を越して優秀な人間というのは、時折わけのわからないことを言い出すものだ。

「第三世代の開発遅延は、はっきり言ってパイロットがヘボだからです」

「それを言われると、大変辛いところがあるが……」

 結局、自分も『雛』の大半を使い物にならなくしてしまった。

「大佐は例外です。でも、今日日の兵器開発は一人の力じゃどうにも動かない。優秀なテスターは多い方がいい」

「敵を、首に縄をつけて引き摺って来いと?」

「見たところ、彼女は雇われ。なら、金で動くんじゃないです?」

「……それを考えるのは、自分の仕事じゃない」

「でも、話してみるくらいには、興味をひかれたんでしょう?」

 時間稼ぎの一環とはいえ。そう謂われては、言葉の返しようが無かった。

「……ウェポンシステム04が上手く行けば、いよいよ『ジークフリート』のセカンドステージの開発が動かせます。地球の思惑はともかく、なるべく早くそこまで辿り着きたいんですよ」

 言動に多少おかしなところはあれど、彼女は、優秀で、職務熱心だ。

 それだけは信頼がおける。だが、それを以てしても。

「……セカンドステージ、か」

 第三世代AMS量産化の、『その先』。

 ……というよりも。第三世代の過剰性能(オーバースペック)は、このプランのための設計余剰という話もある。

 机上の空論だとばかり思っていた。

 いや、そうであって欲しいと願っていた。

 あれは、一言でいえば。それは、AMS


 宇宙で一番コストを食う部品は、人間だ。だが、兵器システムを完全に無人化するのは危険が過ぎる。遠隔操作も、タイムラグで望めない。

 だから、地球軍は「たった一人で動かせる戦闘艦」を作ろうとしている。よりによって、麗しのAMSを素体にだ。

 目の前の『ヒルデガルド』ですら、全備重量10t超え。果たして、それを越える代物を。自分に扱いきれるものだろうか。

「1火星日(ソル)以内には組み上げまで終わらせます。シミュレータにもフィードバック出しときますから」

「扱って見せよう」

「頼みますよ」

 そもそも、『扱えない』などという泣き言は許されまい。『英雄であれ』という期待は、やはり、この遠く離れた星でさえ、重しのようについて回る。

 だが、それを足枷と感じたのは。もしかすると、この星に初めて降り立った時ではなく。『彼女』と出会ってからだったのかもしれない。


 この呪いは。再び戦場で相まみえれば、果たして解けるものなのだろうか。俺は、そんなことを考えながら遅めの朝飯代わりにレーションバーを一口齧った。口腔の中に、干乾びたチキンソテーのような味が広がった。

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