第二話「火星軌道要撃戦(マーズ・インターセプション)」

第一話「ケース402c」

「ケース402c」

 それは、単純な数字の羅列だ。

 だが、その示すところは悪夢と同義。つまるところ、軌道阻塞ドクトリンに基づく惑星低軌道での戦闘。 

 昨今の宇宙軍に於いて、惑星低軌道上での戦いというものは、基本的にあまり想定されていない。というよりも、『やってはいけない』『可能な限り避けるべきだ』というのが戦史家の間で一致する意見だ。

 理由は単純だ。地球低軌道は今や人類社会に不可欠なインフラである、人工衛星過密地帯。地上で喩えれば住民の居る市街戦のようなものだ。現に、22世紀頭の低軌道紛争で、地球は余りに多くの犠牲を出した。

 だからこそ、月より内側の衛星軌道を現在管轄する国際軌道管理局には、有人・無人を問わず、軌道上のあらゆる物体に対する排除執行権が認められている。出来たばかりのAMS用空間戦闘マニュアルでも、惑星低軌道の頁には『其処に留まるな』『高度を上げて戦え』が基本として記されている。



 だが、地球以外の惑星ならば?

 そもそも、誰も考えたことが無い、というのが答えだろう。

 地球圏の外側では、戦争なんて起こらないと。此処は、そんな価値ある場所ではないと。今日この瞬間まで、誰もが思っていたのだから。

 そして、今日。人類は、その悪夢の一端を知ることになる。



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 状況は、思ったよりも遥かに悪かった。

「……この輸送船、『ロングブーツ号』は、火星軌道を外れ、小惑星帯へ帰還する予定だった。それまでに妨害が予想されたのは事実であるし、だからこそ護衛を依頼した。しかし……」

 EUの士官が口を開いた。ここは、輸送船のブリッジ。何故か、立ち入り禁止を言い渡されていた筈のこの場所に、ボクはいる。

 つまるところ、それが今の『状況の悪さ』のバロメータと言っていいだろう。機密保持なんて建前を振りかざしている場合じゃない、ということだ。

「このところ、フォボス・コントロールの動きが不審だ。と、いうよりも。

 フォボス基地。天然の衛星を改造した、火星圏の宇宙戦力を統括管理する地球の出島。それが、動いていない?

 確かに、新しい機体、『スプリンガルド』ので出た時も、何も反応は無かったけれど。

「……例のちょっかいが効きすぎた、とか?」

「確かに、代わりに地上基地の幾つかに動きがある。但し、例の案件の事後対応にしては、些か大袈裟なレベルでだ」

 地球は、宇宙よりも先に地上を押さえるつもりなんだろうか?しかし……

「地上でのゴタゴタなんて、放っておけばいいんじゃないの?」

 火星の大気の底は、中央政府が実効支配権を失って、代わりにあちこちの大規模な『地主』が実権を持っている。

 いくら天下の地球軍でも、何億キロ彼方で地上戦をするとなれば手間なので、地球は消極的に自治を認め、地球側が専有しているマスドライバーと打ち上げ施設に高い関税をかけて利益を上げている。

 ……確か、そんな感じの情勢だった筈だ。

 ただ、『地主』の側はそれが面白くなくて、タコとかイカとか呼ばれる武装勢力に援助して、あちこちでちょっかいをかけているとか。

「そうもいかない。火星の『地主』連合が自前のマスドライバーを建造しようとしていたのは知っているだろう」

 聞いたことがあるのは噂程度だったが、いかにも『ありそう』な話だった。

「まさか、それが地球にバレた?」

「事態はもう少し複雑だ。彼らはそのために自給できない部品を、木星から仕入れようとした。主に超電導レールとか、0Gでないと生産できない機能性構造材とか。そんなものだ」

 ……初耳だった。裏事情はそんなことになってたのか……

 ただ、そうと聞けば、実は思い当たる節はあった。

 この輸送艦は、地味に意外と大きい。時期外れの惑星間航路でペイロードを削るにしても、AMSの五機や六機程度は積めた筈。なのに、格納庫は空っぽ同然だった。

「この船のAMSが少ないのは、もしかして、そのせい?」

「ああ。物資を火星に下ろす欺瞞工作のため、地球軍の襲撃を行った。それが依頼した任務の、本来の目的の一つだ」

 どこか引っ掛かっていた諸々が腑に落ちた。

 この士官の言うことを鵜呑みにはできないけれど、粗方、ディティール以外は合っていると思っていいだろう。

 そして、輸送艦の任務は成功したものの、最終的に地球は火星軌道を封鎖することにした。

 軌道が全面封鎖されてしまえば、せっかく売り渡した商品の価値がなくなる。EUと火星の裏取引はパーになる。士官の人は言わなかったが、部品売却の裏で他にも色々と密約を交わしていることくらいは、ボクでも想像がつく。

 と、事態の推移はこんな感じだろう。

「状況はかなり悪い」

「…………」

 問題は、このタイミングで、この話をボクにする、ということは。

「新しい仕事がある」

 確実に、新たな厄介の種が待っている、ということだ。

あの機体スプリンガルドは使う?」

 それとも、また地上に降りろ、というのか。

「ああ、任務は変更だ。軌道上に展開し、地球人テラリアンどもにプレッシャーをかけろ」

「……あれ、地上戦じゃないの?」

「地球軍に地上戦の用意は無い。建造中のマスドライバーを潰すにしても、随分と手間がかかる。何しろ、この星は彼等の庭だ。抵抗も予想される。万一、死人が出れば……」

「話がこじれる、と」

 よくよく考えれば、それもそうだ。

 多分、最後にはマスドライバー使用税の値下げとかで妥協するのだろう。だから、人死には双方避けたい。

「地球人は、その前に戦力を宇宙に上げて態度を示そうとしている。意図的に地上に戦力空白を作り、蛸の誘い出しを試みている可能性もあるが……」

「えーと……話を纏めて欲しいんだけど」

「地球人の出鼻をくじけ。但し、殺すな。やってくれるか?」

「選択の余地は無いんでしょ?」

 色々と難しい話も出たが、結局、単純なのだ。ボクがここに居る意味も、やることも。

 ボクはただの雇われで、道具だ。

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